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専モン医はじめました。〜夢見る獣医、モンスターを診る〜  作者: すぴちょ


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第五話 古竜様の顔パスは国王まで

役場の扉が開き、夢野は肩を落としたまま外へ出た。


「はぁ……。」


 思わず大きなため息が漏れる。


 役場の前では、巨大な古竜エルダが静かに待っていた。


 その周囲には遠巻きに人だかりができている。


 衛兵たちは姿勢を正し、通りを歩く人々も足を止め、敬意を込めて頭を下げていた。


 肩の上ではリルが夢野に気付き、嬉しそうにぷるりと震える。


『ぷるっ♪』


「遅かったな。」


 エルダが静かに声を掛ける。


「うん……。」


 夢野は苦笑いを浮かべた。


「土地は買えたよ。」


「でも、病院は開けないって。」


 エルダは静かに夢野を見下ろす。


「理由は。」


「前例がないからだって。」


「モンスター専門病院なんて存在しないから、認可できませんってさ。」


 夢野は肩をすくめた。


「世界初だから仕方ないよ。」


「別の方法を考え──」


「そうか。」


 エルダは短く頷くと、そのまま王城の方角へ顔を向けた。


「少し待っておれ。」


「……え?」


「すぐ戻る。」


「え、エルダ?」


 夢野が呼び止めるより早く。


 ばさり。


 巨大な翼がゆっくりと広がった。


 周囲から一斉に歓声が上がる。


「古竜様だ!」


「飛ばれるぞ!」


 強い風が吹き抜ける。


 次の瞬間。


 エルダは大空へ舞い上がり、真っ直ぐ王城へ向かって飛び去っていった。


「…………。」


 夢野はぽかんと口を開けたまま、その姿を見送る。


「どこ行ったの?」


『ぷる?』


 リルも首を傾げるように身体を揺らす。


 夢野は困ったように頭を掻いた。


「『待っておれ』って言われても……。」


「何する気なんだろ。」


 その答えを知る者は、まだ誰もいなかった。



王都の中心にそびえ立つアルトリア王城。


 その上空へ、一つの巨大な影がゆっくりと近付いてくる。


「……あれは。」


 城壁の見張り兵が目を見開いた。


「こ、古竜様だ!」


 その一声が城内を駆け巡る。


「古竜様がお越しになられたぞ!」


「至急、陛下へご報告を!」


 城内は一気に慌ただしくなる。


 騎士たちは整列し、使用人たちは慌てて廊下を走る。


 やがて王城前の広場へ、エルダは静かに降り立った。


 その姿を見た騎士団長が深々と頭を下げる。


「ようこそお越しくださいました、古竜様。」


「陛下へお伝えしております。」


「少々お待ちください。」


「うむ。」


 エルダは静かに頷いた。


 間もなく、王城の大扉が開く。


 豪華な衣をまとった一人の男が姿を現した。


 アルトリア王国国王、レオニス。


 国王は玉座ではなく、自ら城門まで足を運び、恭しく頭を下げる。


「古竜様。」


「本日はどのようなご用件でしょうか。」


 エルダは回りくどい前置きなどせず、静かに告げた。


「一人の人間が、モンスター専門の病院を開こうとしておる。」


 国王は静かに耳を傾ける。


「じゃが、役場は前例がないという理由で認可せなんだ。」


「……左様でございましたか。」


「ならば。」


 エルダは国王をまっすぐ見据えた。


「我は、その病院を認める。」


 その一言だけだった。


 国王は即座に頭を下げる。


「承知いたしました。」


「直ちに役場へ通達いたします。」


「病院の開業を認可するよう命じましょう。」


「うむ。」


 エルダは満足そうに頷く。


「助かる。」


「いえ。」


 国王は穏やかに微笑んだ。


「古竜様がお認めになった方ならば、我が国としても歓迎いたします。」


「むしろ、この国にとって大きな力となりましょう。」


 エルダは短く頷くと、翼を広げた。


「では、戻る。」


「はい。」


「またいつでもお越しください。」


 再び大きな翼が羽ばたく。


 古竜は悠々と空へ舞い上がり、役場の方角へ飛び去っていった。


 その姿を見送りながら、国王は小さく笑う。


「ふふ……。」


「古竜様が自ら人の頼み事をされるとは。」


「よほど気に入られた人間なのであろう。」


 そう呟くと、国王は隣に控える宰相へ視線を向けた。


「すぐに役場へ勅命を。」


「『モンスター専門病院』の開業を認可する。」


「異論は認めぬ。」


「はっ!」


 宰相は深く頭を下げ、足早に城を後にした。



役場の前。


 夢野は石段へ腰掛け、ぼんやりと空を見上げていた。


「遅いなぁ……。」


 隣ではリルも同じように空を見上げている。


『ぷる。』


「本当に何しに行ったんだろ。」


 その時だった。


 ばさっ。


 ばさっ。


 聞き慣れた羽ばたきが空から響く。


 巨大な影がゆっくりと役場の前へ降り立った。


「戻ったぞ。」


 何事もなかったかのようにエルダが言う。


「おかえり。」


 夢野は立ち上がった。


「どこ行ってたの?」


「王城だ。」


「……え?」


「王へ話をしてきた。」


 夢野は一瞬、言葉を失う。


「え?」


「病院の件だ。」


「認可するよう頼んでおいた。」


「…………。」


 夢野の頭が止まる。


「えっと……。」


「国王に?」


「うむ。」


「会えたの?」


「会えた。」


「……話したの?」


「話した。」


「許可は?」


「出た。」


「…………。」


 夢野は頭を抱えた。


「情報量が多すぎるよ!」


 エルダは静かに首を傾げる。


「そうか?」


 その時だった。


「夢野様!」


 役場の扉が勢いよく開く。


 先ほど対応していた職員が血相を変えて飛び出してきた。


「先ほどは大変失礼いたしました!」


「王城より勅命が届きました!」


「モンスター専門病院の開業を正式に認可いたします!」


 深々と頭を下げながら認可証を差し出す。


 夢野は呆然と受け取った。


「……本当だった。」


「だから言ったであろう。」


 エルダは静かに頷く。


「話は済む、と。」


「いや、済みすぎだから!」


 夢野は思わず叫んだ。


 ◇


 その日の夕方。


 三人は購入した診療所へ戻ってきていた。


 埃の積もった待合室。


 割れた窓。


 軋む床。


 修理しなければならない場所があちこちにある。


「やることいっぱいだな。」


 夢野は室内を見回しながら笑う。


「掃除をして。」


「家具を揃えて。」


「診察台も必要だし。」


「薬を置く棚も欲しい。」


 考えれば考えるほど、やることは増えていく。


 その時、夢野はふと思い出した。


「あ。」


「どうした。」


「エルダ。」


「その姿のままだと、ちょっと困るかも。」


「困る?」


「患者さんが来ても、みんな緊張しちゃうと思う。」


「病院に古竜がいたら、安心する前に腰を抜かしそう。」


 エルダは少し考え込む。


「……それもそうだな。」


「何とかならない?」


「なる。」


「え?」


「人になればよい。」


「…………。」


 夢野は嫌な予感がした。


「今、何て?」


「人になればよい。」


「……なれるの?」


「なれる。」


「古竜じゃからな。」


「その程度は造作もない。」


 そう言うと、エルダの身体が淡い金色の光に包まれた。


 巨大な身体がみるみる縮み。


 黒い翼が光へと溶けていく。


 長い尾も姿を消し、やがて眩い光が静かに収まった。


 そこに立っていたのは、一人の女性だった。


 腰まで届く艶やかな黒髪。


 黄金色に輝く瞳。


 頭には古竜だった頃の名残を思わせる、小さく美しい二本の角。


 凛とした佇まいに、どこか神秘的な雰囲気を纏っている。


 その姿は、思わず息を呑むほど美しかった。


 しかし、その落ち着いた眼差しだけは、夢野の知るエルダそのものだった。


「これで問題あるまい。」


 いつもと変わらぬ静かな声。


 夢野は口を半開きにしたまま固まる。


「…………。」


「…………。」


「エルダ。」


「なんだ。」


「美人すぎない?」


 エルダは不思議そうに首を傾げた。


「そういうものか?」


「そういうものだよ!」


 夢野は思わずツッコミを入れる。


「古竜って人になるとこんな美人なの!?」


「我だからではないか?」


 さらりと言われ、夢野は苦笑した。


「そういうことにしておくよ。」


『ぷるっ♪』


 リルは嬉しそうに跳ねると、女性姿のエルダの肩へぴょんと飛び乗る。


 エルダは優しくリルを撫でた。


 その光景を見て、夢野は思わず笑みを浮かべる。


「うん。」


「これなら患者さんも安心して来られそうだ。」


「そうか。」


 エルダは静かに頷いた。


 異世界初のモンスター専門病院。


 その開業の日は、もうすぐそこまで迫っていた。

【本日の診療記録】

なし 開業準備中です!


次回の診療予定:ついに開業へ!

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