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専モン医はじめました。〜夢見る獣医、モンスターを診る〜  作者: すぴちょ


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第一話 ドラゴンの巣で目を覚ましました

初めまして。


この作品は「モンスターのお医者さんがいたら面白いかも」という発想から生まれた、ほのぼの異世界ファンタジーです。


モンスターと人が共に暮らす世界で、獣医ならではの視点から診察や治療を描いていきます。


少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

動物は喋れない。


 だからこそ、獣医はその小さな仕草や表情から身体の異変を読み取らなければならない。


 食欲はあるか。


 歩き方はいつもと違わないか。


 呼吸は苦しくないか。


 尻尾は元気に振れているか。


 それが彼らにとっての「言葉」なのだから。


「夢野先生、診察お願いします!」


「はい、すぐ行きます!」


 白衣の裾を軽く整え、診察室へ入る。


 診察台の上には、一匹の柴犬がしょんぼりと座っていた。


 夢野 真は自然と膝をつき、柴犬と目線を合わせる。


「どうした? そんな顔して。」


 優しく頭を撫でると、柴犬は安心したように「ワフ」と小さく鳴き、尻尾を一度だけ振った。


「最近、ご飯を食べなくて……。」


 隣に立つ飼い主が心配そうに口を開く。


「吐いたりはしました?」


「昨日、一回だけです。」


「なるほど。」


 夢野は口の中を確認し、お腹をゆっくりと触診する。


 嫌がる様子はない。


 続いて聴診器を胸に当て、呼吸音と心音を確認する。


「お散歩中に何か拾い食いしたりしました?」


「あっ……木の枝を噛んで遊んでました。」


「それが原因かもしれませんね。」


 夢野は穏やかに笑う。


「大きな病気ではなさそうですが、一度レントゲンで確認しましょう。」


 飼い主はほっと息をついた。


「ありがとうございます……。」


「早めに連れて来ていただけたので、症状が軽いうちに診られそうです。」


 そう言って、もう一度柴犬の頭を優しく撫でる。


「偉かったな。」


 今度は尻尾をぶんぶんと振ってくれた。


 その姿を見て、夢野も自然と笑顔になる。


(やっぱり、この仕事好きだな。)


 言葉は通じなくても、信頼はちゃんと伝わる。


 その瞬間のために、この仕事を続けていると言ってもいい。



「夢野先生、お疲れ様でした!」


「お疲れさまです。また明日。」


 時計は午後八時を少し回っていた。


 今日も無事に一日が終わる。


 病院を出ると、昼間の暑さが嘘のように心地よい夜風が頬を撫でた。


「腹減ったなぁ。」


 近くのコンビニへ寄り、弁当とプリンを買う。


 ついでに予約していたファンタジー小説の新刊も受け取り、そのままアパートへ帰宅した。


「ただいまー。」


 返事はない。


 一人暮らしだから当然だ。


 それでも帰宅すると自然と口から出てしまう。


 風呂に入り、夕飯を済ませる。


 部屋着へ着替えた頃には、一日の疲れもすっかり和らいでいた。


「さて。」


 ここからが一番の楽しみだ。


 本棚から今日買ったばかりの新刊を取り出す。


 棚にはドラゴンやフェニックス、グリフォン、スライムのフィギュア。


 壁一面にはお気に入りのモンスター図鑑。


 子どもの頃から少しずつ集めてきた宝物だ。


「やっぱりファンタジーは最高だよなぁ。」


 ページをめくる。


 ドラゴン。


 フェニックス。


 ユニコーン。


 グリフォン。


 ページいっぱいに描かれたモンスターたちを眺めるだけで胸が高鳴る。


「ドラゴンって、どんな手触りなんだろうな。」


 あの鱗は硬いのだろうか。


 それとも体温が伝わるくらい温かいのだろうか。


「フェニックスは近くで見たら眩しかったりするのかな。」


 燃えているように見える羽。


 実際は熱いのだろうか。


「スライムは……。」


 思わず笑ってしまう。


「やっぱり、ぷるぷるなんだろうな。」


 あの丸い身体。


 抱きしめたら、どんな感触なんだろう。


 ひんやりしているのか。


 それとも意外と温かいのか。


「グリフォンも触ってみたいなぁ。」


 図鑑では分からない。


 ゲームでも伝わらない。


 本当に目の前にいたら、どんな匂いがして、どんな目をしているんだろう。


 想像は尽きなかった。


「もし、本当に会えたら。」


「もし、本当に触れたら。」


「もし、本当に診察できたら。」


 きっと。


 毎日が楽しい。


 そんなことを考えながら、夢野は小さく笑う。


「……まあ、現実にはいないから仕方ないか。」


 だから獣医になった。


 犬や猫、鳥やウサギ。


 現実に生きる動物たちを助ける仕事も、大好きだ。


 でも。


「一度でいいから、本物のモンスターを診察してみたかったな。」


 それは子どもの頃から変わらない、小さな夢だった。


 時計を見る。


「そろそろ寝るか。」


 ベッドへ潜り込み、枕元に置いてあるお気に入りを抱き寄せる。


 青くて丸いスライム型の抱き枕。


 もちもちとした感触が心地いい。


「おやすみ。」


 ぎゅっと抱きしめる。


「……いつか本物のスライムを抱き枕にして寝られたら、最高なんだけどな。」


 そんな子どもみたいな夢を呟きながら、夢野 真はゆっくりと目を閉じた。



 ――何かが冷たい。


 いつも抱いているスライム型の抱き枕とは違う、ひんやりとした硬い感触が背中に伝わってくる。


「ん……?」


 まだ眠気の残る頭で寝返りを打とうとする。


 しかし、ベッドの柔らかさはどこにもなかった。


「……硬い。」


 ぼそりと呟き、ゆっくりと目を開く。


 視界いっぱいに広がったのは、見慣れた白い天井ではなく、ごつごつとした灰色の岩肌だった。


「…………。」


 数秒。


 夢野の思考が止まる。


「……え?」


 飛び起きた。


 辺りを見回す。


 そこは洞窟だった。


 いや、洞窟というにはあまりにも広い。


 天井は高く、どこまで続いているのか分からない。


 壁には青白く光る結晶がいくつも埋め込まれ、松明などなくても薄明るい。


 足元には金貨や宝石らしきものが無造作に積み上げられていた。


「……どこだ、ここ。」


 誘拐?


 テーマパーク?


 いや、それなら説明がつかない。


 試しに頬をつねる。


「痛っ!」


 しっかり痛い。


 夢でもなさそうだ。


「……いやいや、落ち着け俺。」


 深呼吸を一つ。


 現状を整理する。


 昨日は普通に仕事を終え、家へ帰り、ご飯を食べ、お気に入りのスライム抱き枕を抱いて寝た。


 そこまでは覚えている。


 そして目を覚ましたら、この洞窟。


「……意味が分からん。」


 結論。


 本当に意味が分からない。


 もう一度周囲を見渡そうと振り返った、その時だった。


 ――ゴォォォォ……


 熱い風が首筋を撫でた。


「……?」


 洞窟の中なのに風?


 不思議に思いながら、ゆっくりと後ろを振り返る。


 そして。


「…………。」


 言葉を失った。


 そこには、一つの山があった。


 いや、違う。


 山だと思ったそれは、規則正しく上下している。


 呼吸をしているのだ。


 漆黒の鱗。


 岩の柱より太い四肢。


 身体を包む巨大な翼。


 頭には黄金色の二本角。


 口元から漏れる吐息だけで空気が震える。


「……ドラゴン。」


 思わず呟く。


 夢野が子どもの頃から本やゲームの中で見続けてきた、憧れの存在。


 そのドラゴンが、目の前で眠っていた。


「……本物?」


 信じられない。


 恐る恐る一歩だけ近付く。


 鱗が光を受けて鈍く輝いている。


「すごい……。」


 思わず見入ってしまう。


(この鱗、一枚一枚が鎧みたいだ。)


(翼膜も思ったより厚い……。)


(骨格はどうなってるんだろう。)


(体温って何度くらいあるんだろう。)


(病気とか――)


「……診てみたい。」


 ぽろっと本音が漏れた。


 直後。


「いやいやいやいや!!」


 夢野は勢いよく頭を振る。


「何考えてるんだ俺!」


「相手はドラゴンだぞ!?」


「診察する前に食べられるわ!」


 思わず一人でツッコミを入れてしまう。


 その声が、静かな洞窟へ反響した。


 ……しまった。


 そう思った時には遅かった。


 ぴくり。


 巨大な瞼が動く。


「……あ。」


 夢野の笑顔が引きつる。


 ゆっくりと黄金色の瞳が開いた。


 まるで宝石のように美しく、それでいて底知れない威圧感を放つ瞳。


 その視線が真っ直ぐ夢野を捉えた。


「…………。」


 足が動かない。


 逃げたい。


 でも身体が言うことを聞かなかった。


 ドラゴンはゆっくりと首を持ち上げる。


 その動きだけで地面がわずかに揺れた。


 そして。


 巨大な口が静かに開く。


 鋭い牙が何本も並び、奥から熱い吐息が漏れる。


(終わった。)


 夢野はぎゅっと目を閉じた。


 食べられる。


 そう覚悟した、その時。


「……ふむ。」


 洞窟全体に響くような、低く重厚な声が聞こえた。


 男とも女ともつかない、不思議な声。


 だが、不思議と敵意は感じない。


「やっと目を覚ましたか、人間。」


「……え?」


 夢野は恐る恐る目を開く。


 ドラゴンは相変わらずこちらを見下ろしていた。


「安心しろ。」


「食うつもりなら、お前が眠っている間に食っている。」


 あまりにももっともな理屈だった。


「…………。」


 夢野の思考が完全に止まる。


「しゃ……」


 口が震える。


「喋ったぁぁぁぁぁっ!!」


 洞窟いっぱいに叫び声が響き渡った。


 ドラゴンは片方の瞼を細める。


「今さらか。」


「いやいやいや! 今さらじゃないですって!」


「ドラゴンが喋るなんて聞いたことありません!」


「そうか?」


「そうですよ!」


 夢野は肩で息をしながら答える。


「俺の世界じゃ、ドラゴンは空想の生き物ですから!」


「……ほう。」


 その一言に、ドラゴンの黄金の瞳が興味深そうに細められた。


「空想、とな。」


 夢野は気付かなかった。


 ほんの少し前まで警戒していたはずのドラゴンに、もう普通に返事をしていることに。


 ドラゴンもまた、そんな夢野の反応を面白そうに眺めていた。


「まずは自己紹介をするとしよう。」


 巨大な身体をゆっくりと起こしながら、その存在は静かに告げる。


「わしはエルダ。」


「古よりこの世界を見続けてきた古竜だ。」


 夢野は思わず息を呑む。


 ――古竜。


 そんな存在が、本当に目の前にいる。


 そして。


 その古竜との出会いが、夢野 真の人生を大きく変えていくことになるのだった。



――第一話 完

【本日の診療記録】

■患者:柴犬

症状:食欲不振・嘔吐

診断:拾い食いによる胃腸の不調(疑い)

■患者:夢野 真

症状:モンスターに会いたい。

診断:モンスター不足(重症)


次回の診療予定:古竜エルダ(?)


少しでも楽しんでいただけたら、ブックマークや評価をいただけると執筆の励みになります。


次回もよろしくお願いします!


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