第21話 過去と覚醒
意識が遠くなる。
ガルドは地面に倒れ、天井を見上げていた。石の天井。ぼんやりとした灯り。遠くで聞こえる戦いの音。
(…ここまでか)
体が動かない。肩の傷から血が流れ続けている。周りでは、仲間たちが必死に戦っている。リラの叫び声。ヴァルスのバゲットを叩きつける音。
(うるさいな)
彼は目を閉じた。
そこは、小さな村だった。
ガルドが子供の頃住んでいた家。粗末な小屋。母はいつも遅くまで働き、父は畑で作物を育てていた。貧しかった。でも、笑顔があった。
「父さん、明日は一緒に魚を釣りに行こう」
「そうだな。早く寝ろ」
その約束は、果たされなかった。
夜、村は襲われた。魔物の群れ。父は村を守ろうと、たった一人で立ち向かった。帰ってこなかった。
「お父さんは…?」
母は答えなかった。ただ、ガルドを強く抱きしめた。
それから、さらに貧しくなった。母は働き詰めで、やがて病気になった。治療を受ける金はなかった。
「強くなれ…お前は、強くなれ…」
それが、母の最後の言葉だった。
母を亡くしたガルドは、街へ出た。食べるために盗みを覚え、喧嘩を覚え、弱い者から金を奪った。気がつけば、彼はガキ大将になっていた。
「おい、ガルド。今日はどこを荒らす?」
「うるさい。ついてこい」
彼にはもう、失うものは何もなかった。
ある日、彼は一人の老人に手を出した。痩せた、ヨボヨボの老人。金目のものを奪おうと、後ろから近づいた。
「…何をしている」
老人は振り返りもせずに言った。ガルドの手は、いつの間にかひねり上げられていた。
「なっ…!」
「殺す気か?」
「…金を出せ」
「金か。なら、その金で何をする」
「決まってる。食う」
「ふん」
老人は手を離し、ガルドを見た。
「俺のところで働かないか?」
「は?」
「食い扶持は出す。代わりに、働け。学べ。強くなれ」
ガルドはその老人についていった。後で殺してやろうと思った。でも、その機会はなかった。
老人は、強い者だった。剣の腕はもちろん、知識も豊富で、ガルドに読み書きを教え、戦い方を教え、生きる意味を教えた。
「なぜ、俺なんかを?」
「お前には、目があった。生きるための目だ。それを、無駄に使うな」
老人の名前は、今でも覚えている。アーネスト。彼の育ての親であり、師であり――唯一、尊敬できる男だった。
「しっかりしろ!」
リラの声で、ガルドは意識を取り戻した。目の前では、ヴァルスがバゲットを構えて震えている。トロルが迫る。
(…またか)
また、誰かが自分を守ろうとしている。また、誰かが傷つく。
(もう、いい)
母が死んだ。父が死んだ。アーネストも、もういない。
(もう、誰も)
ガルドは、ゆっくりと立ち上がった。
「…ガルド?」
ヴァルスが驚いた顔で彼を見る。ガルドの目は、もう普通ではなかった。血走り、燃えるように輝いている。
「下がってろ」
彼の声は、低く、怖ろしく落ち着いていた。
トロルが拳を振りかぶる。ガルドは避けなかった。拳を受け止め、そのまま捻り上げた。鈍い音。トロルの腕が折れる。
「ぐあああ!」
トロルの叫び。ガルドは構わず、もう一方の腕も折り、頭を掴み、地面に叩きつけた。
「これで…終わりだ」
彼の拳が、トロルの頭蓋を砕いた。
周りでは、他のトロルが逃げ出している。ガルドは一歩も動かなかった。ただ、そこに立っていた。
「ガルド…お前…」
リラが声をかける。ガルドは振り返り、そのまま倒れた。
意識が戻ると、ガルドは自分の部屋に横たわっていた。肩には包帯。傷は塞がっている。
「…生きてるのか」
「生きてるよ」
声のほうを向くと、ヴァルスが椅子に座っていた。手には、見慣れないパン。
「何を食わせる気だ」
「毒じゃない。体にいいパンだ。食べるか?」
ガルドは無言で受け取り、かじった。ほんのり甘く、どこか懐かしい味がした。
「…うまい」
「そうだろう」
ヴァルスは微笑んだ。ガルドは、もう一人の姿を探す。
「リラは?」
「休んでる。あんたが暴れた後、俺が何とかした」
「そうか」
沈黙。
「なあ、ヴァルス」
「何だ?」
「…ありがとう」
ヴァルスは少し驚いた顔をしたが、すぐに笑った。
「こっちこそ。助かった」
それだけ言って、彼は部屋を出ていった。
ガルドは、天井を見上げた。
(まだ、終わりじゃない。そう思えるのは、悪くない)
目を閉じる。今日は、少しだけ早く眠れそうだ。
<システム通知>
新規実績解除:騎士の覚醒 ガルドは自身の過去を乗り越え、真の力を解放した。 報酬:ガルドの信頼、称号「仲間」 解説:「時には、過去と向き合うことが、次の一歩を踏み出す力になる。」




