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第20話【蘇る記憶】1(クライム)★

挿絵(By みてみん)

 (さかのぼ)ること数日前――。

 クライムは雪が積もる針葉樹の、山深い森の中にひっそりと(たたず)む古城にいた。

 野良吸血鬼を倒しながらなんとなくの記憶を頼りに歩き続けて辿り着いた場所だったが、その景色にはどこか懐かしさを感じた。

 

 中に入ると当たり前だが埃塗れでボロボロの城内。食堂や客室や寝室などを見て回っている内に、ふと目に留まった子供部屋があった。

 

「ここは…………」

 

 たくさんの絵本と玩具(おもちゃ)は騎士に関するものばかりで、どうやらこの部屋の持ち主は男子だったのではと予想できた。

 お姫様を助ける物語の絵本と玩具の剣を見て自分とエヴァを思い浮かべ、クライムは思わず悲しい笑みが零れた。

 

 部屋を出ようとすると、大雑把に壁に立てかけられている絵画を発見する。サイズはクライムの腰までの大きさで、汚れた布を取り払うとそこには黒髪の小さな男の子と金髪の女性、そして同じく黒い長髪の男性が描かれていた。

 

「これは……まさか…………」

 

 クライムの目が驚きに見開かれる。

 それもそのはず、男の子と男性の瞳が金色で、顔も自分にとてもよく似ていたからだ。

 絵画の裏を見ると――"アルカード六歳"と書かれている。

 

「俺…………?」

 

 この絵の子供は――自分。ということはつまりこの二人は――――。

 

「両親……なのか?」

 

 無意識に辿り着いた場所がまさか生まれ故郷だったとは。

 記憶がなくても帰巣本能があったのだろうか。そう思いながらクライムは絵の中の両親をまじまじと見つめた。母は金色の髪に恐らくオリーブの瞳の色をしている。優しそうな目元に懐かしさが込み上げた。

 人間だった母。クライムの曖昧な記憶が正しければ最期まで人間だったように思う。

 確か墓があったはずだと思い当たり、絵画を置いて再び凍える外へと出て城の裏側に回った。

 

 手入れのされなくなった広い庭は枯れ木が生い茂っており、今は一面が雪に包まれていた。その奥をかき分けて進むと、予想どおりそこには墓が一つ。

 屈んで刻まれた墓標を読むとそこには母、ミアの名前……そしてその下に父の名――――。

 

 「…………ドラグート……」

 

 ――ドクン――。

 

 瞬間、全身の血が沸騰するような激しい頭痛が襲った。

 思わず両手で頭を抱えうめき声を上げると、眠っていた全ての記憶の扉がこじ開けられる。

 

(俺……俺は――――)



 

 ――――クライム、本名はアルカード。

 

 アルカードは平和な時代しか知らなかった。吸血鬼である父が人間の母と出逢い愛を知ったことでアルカードが生まれ、しばらくの間は平和だった。それが最初の共存協定の始まりであったが、同胞たちは強制的に大人しく従わされていたため気に入らないようだった。

 子供の頃は父も母もよく構ってくれていて、愛されて育ったと思う。父に関しては人が変わったとよく母が笑っていた。

 

 やがてアルカードが大人になり一人立ちし始めた頃、二人で余生を送っていた父から母が病に倒れたと連絡があった。

 看病も叶わず人間である母は呆気なく亡くなり、母を深く愛していた父は後を追った。息子に自分の亡骸の灰を母と一緒の墓にいれてほしいと頼んで。

 

 それからアルカードが城で独り静かに暮らしていると、始祖吸血鬼の支配から解放された吸血鬼たちがやって来ては共存協定を破り再び人間を支配しようと持ち掛け始めた。

 だがアルカードは拒絶した。母と出逢う前の父のように永遠の命を孤独に過ごすより、母のように寿命の短い人間になりたいと思っていたから。だから人間を餌とする吸血鬼たちの考えには賛同出来なかった。

 そうして根気強く拒絶していたらやがて彼らは諦めて来なくなった。邪魔さえしなければいいらしく、外界では再び戦が始まっていった――――。


 孤独に何年か過ごしていたある日、吸血鬼ハンターがこの城にやってきた。

 血のように赤い髪、灰みがかった青緑色の瞳のキリっとした美しい顔立ちの女性だった。

 

『私の名はルイーザ・ブラックフォード。お前は一体、何者だ……?』

『…………半吸血鬼(ダンピール)

 

 ダンピール? と怪訝そうな顔をするので吸血鬼と人間の両親から生まれたことを伝えると、初めて聞いたと感心していた。

 

『ここ最近、(ふもと)の村や近隣の町でたくさんの人間が吸血鬼に襲われているのだけど犯人はお前か? ダンピールだって血を飲むのだろう?』


 その言葉にキョトンとする。

 

『血……ああ、食事に使う鹿肉とか兎の肉の血を少し飲むが……人の血はまだ飲んだことがないな』

『う、嘘……』

『俺の母親は人間で、今まで両親も一緒に暮らしていたんだから人間の食事と大した変わらない生活を送っていたが』

『じゃ、じゃあ城を確認させなさい!』

『別に構わない。好きに見るといい』

 

 そう言って興味をなくしたアルカードは、城のほとりにある池で再び釣りを再開する。

 それを意外そうに見ているルイーザは混乱しながらも警戒して城をくまなく探索した。やがて何も出てこないことを知り自分の調査がまた振り出しに戻ることに項垂れた。

 

『満足したか?』

 

 バケツに魚いっぱい携えたアルカードは無表情のまま問う。そんな彼をおかしく思ったルイーザは急に大きな声で笑いだした。

 

『お前、本当に半分吸血鬼(ダンピール)なの? ほとんど人間じゃないか』

『さぁ……母以外の人間と深い接点を持ったことがないからわからないな』

 

 その回答に再び笑うルイーザ。アルカードはなぜ笑われているのか分からなかったが、そんな彼女に見惚れ、生まれて初めて人間に興味を持つ瞬間だった。



 

 ルイーザはハンターの合間頻繁に城に足を運ぶようになり、彼女からアルカードが知らない人間のことをたくさん教わった。今の人々の暮らし、戦争の状況、吸血鬼たちの悪行など。

 

『私はなアルカード、弟が一人いるんだ』

『……姉弟か。羨ましいな』

『生意気だが確かに良いものだぞ、よくケンカもしたしな』

 

 そう言いながらにっと笑うルイーザにつられて笑った。

 

『私が吸血鬼ハンターを目指すのは弟を支えるためなんだ。ハンターとして地位を確立すれば、きっともっと良い身分を賜れる。そうすれば身体の弱い弟の分も、爵位を継げない私でも支えられるだろう?』

『……弟は身体が弱いのか?』

『生まれつきね。でもケンカ出来るくらい調子良い時もあるから大丈夫さ。私のように常に無茶をしなければ生きていける』

 

 その言葉に母を思い出す。病気で呆気なく亡くなってしまった母を。きっと彼女は大事な家族を失いたくなくて一人で無茶をしているのだと思った。

 だからこそ気持ちが分かるアルカードは同情から、無意識に言ってしまったのだ。

 

『では、お前のことは俺が支えよう』

『…………っ!』

 

 顔を真っ赤にして口をパクパクさせるルイーザに、自分が今言ったことがそんなにおかしかったのか分からずキョトンとする。

 

『おまっ……そういう大事なことを軽々しく言うな! 心臓に悪いだろう!』

『? …………すまん…………?』

『っっ――――稽古の相手をしろ! お前だって剣くらい扱えるんだろう? お前も今日から私と一緒に吸血鬼ハンターを目指すんだ』

『……確かに悪い吸血鬼は退治した方がいいかもな』

 

 きっかけは同情からだったが、その日から始まった二人の稽古や特訓が彼女と平和に過ごせた最後の楽しい思い出で、二人にとって絆が深まるのに十分な時間だった。

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