第19話【日光耐性を持つ吸血鬼軍】2
ひとまずハルベムテ軍の侵攻は止まってくれたが、アルテア王国としては引き続き安心出来ない状況下にいた。
王城に帰還したエイブラハム率いる聖騎士団と他の兵団が合流し、被害状況を確認するため住人の安否や事の発端の調査などで慌ただしく動いていた。
そんな中、日光耐性を持つ吸血鬼軍の話を聞いたエイブラハムは自身の不甲斐なさに憤り、思わず床に拳を叩きつける。
「くそっ……オレがその場にさえいればっ……」
悔しそうに歯を食いしばるエイブラハムに、国王は否定するように首を振った。
「其方は出来ることを最大限してくれた。民草を守ってくれたこと、礼を言う。其方の家は郊外だったが無事であったか? 確か娘が一人いるだろう」
「それが……婚約者と一緒に避難しているから大丈夫だと報告はありました。しかし何処に避難しているかの情報が一切ないのです。ひょっとしたら何かの事件に巻き込まれている可能性もあって気が気じゃない」
エイブラハムの娘は吸血鬼を惹き寄せる悲劇の特質を持つ有名な娘だ。それが現在所在不明となると娘を溺愛している彼からすれば確かに戦どころじゃないだろう。
内心全てを放り出して娘の捜索に乗り出したい気持ちを抑え、国のために職務を優先しようとするエイブラハムに失望されるようなことはしたくない。そう思った王は手の空いている部下に娘の捜索を任せた。
クリストファーの創った例の吸血鬼軍の影響力は予想以上だった。
やはり太陽を恐れない獰猛な吸血鬼というのが思っていた以上に他国に恐怖を植え付けたらしく、戦況は一時停戦まで持ち込むことができた。これで当初の予定どおり話し合いの場を設ける交渉が出来るだろう。
その前に相手を納得させるためにもこの戦の発端の調査をしなければならない。謝罪を受け入れてくれるかどうかはそれからになる。
「しっかし……これからどうしますか? その日光耐性を持つ吸血鬼軍とやらの管理は。これじゃあ身内からも被害が出かねませんよ。理性がないなら尚更、問題を起こす前にオレが処分してもいいですが……」
腕を組みながら難しい顔でその案を聞いていた王は、絞り出すような声で現状を説明した。
「それなんだが……一度他国にこの戦力が脅威と認識されてしまった以上、戦をしないための抑止力としてそう簡単に処分が出来なくなってしまった」
戦況が落ち着くまではこれを維持しないと再び戦が始まってしまう恐れがあったので、王としては泣く泣く認めざるを得なかったのだ。
「そうは言っても奴らに理性はないのでしょう? オレら聖騎士団の管理も届かない可能性があるとなりゃあ国民が犠牲になりかねませんよ」
「その点はご安心ください、ブラックフォード聖騎士団長殿」
イライラしたようなエイブラハムの言葉とは対照的に穏やかな声がその場に響く。金髪のダンピールを筆頭に、ゾロゾロと力のある吸血鬼の貴族たちがやって来た。
「こいつぁ珍しい。本当に吸血鬼の親玉が表舞台に出てくるなんてな……」
「初めまして、ですね。ブラックフォード聖騎士団長殿。クリストファー・レヴァインと申します」
「ああ、聞いてますよ、公爵閣下。あなたもダンピールなんだって?」
「ええそうです。どうぞお見知りおきを」
エイブラハムの挑発するような物言いをものともせず必要最低限の会話に留めた彼は、今必要な話を再開した。
「既に直接確認した者も多いようですが、私の兵は私の命令に忠実です。そのため勝手に人を襲うことはありません……十分な食事をいただけるのであればの話ですが」
その意味深な含みにピクリと反応したエイブラハムは何を言いたいのかすぐに察した。
「てめぇ……これ以上血を要求するつもりか」
「ふふ……我らの食事にはどうしても必要なものですから。でも無理にとは言いません。実際王都から避難した民が多い以上血を集めるのは難しいでしょうし。しかし食事を得られなければ、タカが外れた吸血鬼たちを扱うのはさすがの私でも難しくなります。そうなった場合せっかく創った兵ですが処分しなければなりませんね……」
わざとらしく困ったように笑いながら、彼の創った兵が今や戦を避ける抑止力になっていると理解した上で脅してくる様子に青筋を立てるエイブラハム。
それを黙って聞いていた王は、ふと、ある疑問を抱く。
「レヴァイン公爵、其方の兵は……どうやって創ったのだ? 元から吸血鬼だったものを改造したのか? それとも……」
そこまで言いかけて、半年以上前にあった祭りの事件を思い出す。大道芸人だった人間が急に理性のない吸血鬼となった事件――――まさか……。
「ええ、人間です」
こともなげに言ってのけた彼は、何の悪びれもなかった。
言葉を失ってしまった王とエイブラハム、周りの大臣たち。
「以前は実験として浮浪の人間を材料としましたが、今後戦力として増やすのであれば罪人を使うのはいかがでしょうか? 処刑の一環で改良し、不要になれば今までどおり聖騎士団で殺せばいいのです。もちろん難しいようでしたら我らがお手伝いさせていただきます」
「なぜ……そんな恐ろしいことを…………」
「人間じゃなければ日光耐性がないのですよ。我が同胞たちはまだ太陽を克服できていないのです。なので仕方なく人間を使ったにすぎません。それとも罪人とはいえ永久の命を手に入れるのは許せませんか? であれば王都から去る国民を材料にするのはいかがでしょう? どうせ荒野に出れば吸血鬼たちに襲われるのですから変わらないでしょう」
「……っ!」
良いアイディアだと言わんばかりの笑顔で提案するクリストファーに我慢ならなくなったエイブラハムは怒りに顔を歪ませ瞬時に剣を向ける。しかし相手は吸血鬼を束ねる力のある高位吸血鬼。見ればクリストファーの周りの吸血鬼たちも彼を守るように目を赤く光らせている。
すぐさま王は剣を下ろすように命じた。
以前エイブラハムに初夏の祭りの事件の捜索を依頼していた際、高位吸血鬼が犯人である可能性が高いというところまで突き止めていたが、その容疑者の一人がクリストファーだった。共存協定に関わるのでこの件を追うのは一旦中止し、もう少し証拠を集めてからにしようと慎重に事を進めていた段階だったが――――。
(まさか最高権力を持つ高位吸血鬼自身が犯人だったとは……)
「陛下!!」
「ならん、エイブラハム。…………耐えてくれ」
「…………っ」
悔しそうに剣を鞘におさめるエイブラハムに申し訳ないと思いながら、王はクリストファーに許可を出した自分の判断の甘さを後悔した。
(この男は…………一体何を企んでいるのだ?)
その場にいる人間全員が、クリストファーへの恐怖に支配されていた。




