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第27話:マリオンの愛

 南方国家群からレブナント王国に戻ってきたマリオンたちは、それぞれの自宅に帰っていった。


 夏季休暇はもう終わりを告げる。ギリギリまで海で遊んでいたので、もう明日には寄宿舎へ戻らねばならなかった。



 マリオンはヒルデガルトの書斎に居た。


「お母様、教会で噂になっているというのは本当ですか?」


 ヒルデガルトは少し困った顔をして頷いた。


「……ええそうよ。荒唐無稽な噂として扱われているみたいだけど、ごく一握りの人がそれを確認しようと動くことはあるみたい。今回はそれだったのね。まだ古き神の実在は知られていないわ。少なくとも機密が守られているレブナントに居る限りは安全よ。でも、機密が漏れたらレブナントでも庇いきれない。そこは注意して」


 マリオンは静かに頷いた。


「では、国外に行く事は危険なのでしょうか」


「機密さえ漏れていなければ、きちんと護衛を付けている限り大丈夫。教会の人間だって、神が実在するだなんて本当は信じていないの。その噂を簡単に信じる人はよっぽど頭のおかしい人ね」


 狂信者、という奴だ。宗教信仰者の中には稀にいるという。


「わかりました。以後気を付けます」



 そう言ってマリオンはヒルデガルトの前を辞去した。





 真っ暗なベッドの中で、マリオンは愛の神の気配を手繰り語りかけた。



(――愛の神様、聞こえますか?)


『あら、どうしたの? 久しぶりじゃない』


(迂闊に話しかけられない状況が続いていたものですから――それで、私の試練とやらはまだ続いているんですか?)


『少なくとも、最初に言っていた試練はもう終わってるわ。あなたは求める愛を見つけられたはずよ?』


(……そうですね。多分、みつかったんだと思います)


『それで、どちらを選ぶか決まったの?』


(……彼の力になりたい、と思うのも愛なのでしょうか)


『そうね。立派な愛だと私は思うのだけれど』


(……わかりました。ありがとうございました)



 愛の神の気配を手放した後、マリオンは考えに耽った。


 自分らしい愛の形。その姿を自分の中で追い求めた。


 マリオンはしばらく考えた後、ゆっくりと目を瞑った。





****


 翌朝、マリオンは再びヒルデガルトの書斎を訪れていた。



「あら、どうしたの? マリー」


「……実はご相談があるんですが」


「なあに? 言ってごらんなさい?」


 その一言を口にするのは、勇気が必要だった。


 口にしてしまえば、元には戻せない。


 だがそれでも、昨晩決めたことだ。自分にとっての最善――それを口に乗せる。


「……クラウディア様に、マーセル殿下との婚約を進めて頂けるようお願いして頂けますか」


 ヒルデガルトは呆気にとられた顔でマリオンに応えた。


「あら……あなた、それは本気? 王族の婚約者になる意味は分かっている?」


「はい。背負うものも、覚悟も理解しています」


 マリオンはまっすぐヒルデガルトの目を見据えた。


 ヒルデガルトはしばらくの間、マリオンの眼差しを見定めるように受け止めた後、その顔に優しい微笑みを乗せた。


「……わかったわ。今のあなたなら、なんとか務まりそうね。クラウに相談しておきます」


「ありがとうございます」



 マリオンは頭を下げてから、書斎を辞去した。





****


 ――その日の午後、王宮・王妃執務室。



 クラウディアは執務の手を止め、カップを傾けてヒルデガルトと向き合っていた。


「急に王宮に来るなんて”王宮嫌い”のあなたらしくないわね? どうしたの?」


 ヒルデガルトは苦笑を浮かべてそれに応えた。


「どうやら、あなたの勝ちみたいよ? 有言実行するところも相変わらずね」


 クラウディアの表情に儚い微笑が浮かぶ。


「私を誰だと思っているの? ……マーセルなら、きっとマリオンの心を射止められると信じた甲斐があったわ」


「立太子はどちらにさせるつもり?」


「北方国家群の実情もある程度分かってきた。その上で教会の動向にも注意を払っていかねばならない――オリヴァーには荷が重いわね」


 ヒルデガルトが笑みを浮かべながら、大きくため息を吐いた。


「それじゃあマリオンは、将来の王妃殿下ってこと? あの子に務まるかしら?」


「大丈夫よ。マリオンはあなたよりしたたかだもの。王妃ぐらい務まるわ。そのためにも私がしっかり教育してあげる」


「あら、クラウの教育? それは怖いわね」


 互いに親友と認め合う二人は、楽しそうに心からの笑みを交わし合っていた。


 これからは親友を超えた仲になれる事を、二人きりで言祝いだ。





****


 夕方、マリオンは寄宿舎に戻り、部屋着に着替えてからベッドに身を投げた。


 サンドラはまだ、部屋に戻ってきていないようだった。


 明日からは学校が始まる――いや、その前に夕食がある。そうしたら、皆と顔を合わせることになる。




(うーん、賽は投げてしまった。もう元には戻せないしなー)


 ザフィーアの皆、特にヴァルターやオリヴァー王子とは顔を合わせづらかった。



 マリオンがぼーっと考えていると、窓がノックされた。


 窓の下を見ると、マーセル王子が一人、しゃがみ込んでいる。



 マリオンは窓を開け、顔を出した――さすがに二人きりで部屋に入れるわけにはいかない。


「どうしたの?」


「帰り際に母上から、お前との婚約を進めると聞かされてな。本当かどうか確認に来た」


 その顔は、戸惑い半分、嬉しさ半分といった色が浮かんでいるようだった。


 その姿に愛しさを感じつつ、マリオンはゆっくりと、言の葉を口に乗せていく。


「……本当よ。私からお母様にお願いをしたの」


「ヴァルターじゃなくていいのか?」


「……私は与えられる愛より、与える愛の方が自分らしいと思ったの。ヴァルターの愛は一方的で身勝手な献身よ。彼に返せる愛を、私は持っていない。そしてマーセルの愛は、雄大で包み込む愛。そんなマーセルになら、私は返せる愛を持っている。お互いに与え合う愛こそが、私の求める愛よ」


「そうか、本気なんだな……それじゃあ、俺は王を目指さなきゃいけなくなるな」


 ニヤリ、と不敵に笑った顔に、マリオンも微笑で応えた。


「その通りよ? あなたがこの国を引っ張っていくの。きちんとオリヴァー殿下を超えて頂戴。あなたならできるはずよ。その為に私は、マーセルの傍に居ることに決めたのだから――さぁ、もう行って。そこは目立つわ。また後で、みんなの前で話しましょう」


「そうだな。わかった」



 マリオンはマーセル王子の後姿を見送った後、窓を閉めた。





****


 食堂のカウンターで恒例となる、十一人の斉唱が響き渡った。


 皆でテーブルを囲い着席する。



 マリオンはマーセル王子の顔を、周囲に気づかれないように盗み見た。マーセル王子はそれに気づき、マリオンの顔を見て微笑んで返した。


 それにマリオンも微笑みを返してから、ゆっくりと夕食を口に運んでいく。




「それで、勝者はマーセル殿下ってことでいいのね?」




 サンドラの突然の一言で、マリオンは飲み込みかけていた食べ物でむせた。


「げほっ――サニー?! 突然何を言い出すの?!」


 マリオンは、つかえた物を水でなんとか流し込み、尋ね返した。


 サンドラはとても悔しそうな表情でそれに応えた。


「部屋に帰ってみればずっと浮かれた顔をしているし、今だってマーセル殿下と目と目で会話して幸せそうに笑ってたし、他に何があるって言うの? 言い訳があったら少しくらいは聞くわよ?!」


 マリオンはぐうの音も出ないので、黙って水を飲んでいた。


 その顔は見事に朱に染まっている。


 レナとララは「ほー、いつの間に……」と興味津々だ。


 男子たちの視線はマーセル王子に集まっているが、マーセル王子は不遜な顔で笑みを浮かべている。


「兄上には悪いが、俺が勝者だ。近いうちに俺の婚約者にマリオンがなる。母上が直々に動くのだから、そう時間はかからないだろう」


 サイモンは深い哀愁を漂わせながら、日替わり定食をもそもそと口に運んでいた。


 ヴァルターはさして気にする様子もなく、普段通り食事に戻っていた。



「そういえばずっと二人並んで海を見てたわよね」


 レナの言葉に、マリオンは赤い顔のまま頷いた。


 ララは「また攫われた時になにかあったの?」と聞いた。


 マリオンが赤い顔のまま応える。


「何かあったというか、なにもなかったというか、なんでだろう? 自分でもよく分からないんだけど――マーセル殿下にきちんとした王様になってもらいたいって思う様になっただけよ。その為に私が求められたから、応じただけ」


「じゃあこれであなたの夢も叶うのね」


「夢? ――ああ、高貴な血筋か。すっかり忘れてたわ」


 それは、マリオンの頭から完全にスポーンと抜け落ちていた。


「あら、夢と無関係にマーセル殿下を選んだって言うの?」


「そうね。一人の男性として見て、彼の愛になら応じたいと思っただけ。でも高貴な血筋が付いてくるなら、頑張って女の子を産んでサイ兄様の子供に嫁がせないといけないわね。子供一ダースぐらい産めば、二人か三人は女の子になるでしょう」


 今度はマーセル王子がむせていた。


「おま、一ダースって本気か?!」


「本気だけど?」


 マリオンはきょとんとして聞き返した――女が生むと言っているのに男が躊躇ってどうするのだ。



 スウェードがポン、とマーセル王子の肩を叩いてしみじみと口を開く。


「……枯れるなよ」



 その場は笑いに包まれて、楽しい夕食の時間が過ぎていった。





****


 ――夜の女子寄宿舎。




「……ねぇサニー。どうしてそんなに力強く抱き着いてるの?」


 マリオンは普段の二割増しくらい力強くサンドラに抱き着かれていた。


「たとえ心が奪われようと、三年間はマリーの隣は私のものよ! おはようからおやすみまでを通り越し、おやすみ中もずっと一緒なのよ!」


「泣きながらいう事かなぁ……」


 マリオンは苦笑を浮かべ、サンドラの抱擁を受け止めながら眠りに落ちた。





----




 その後、マリオンは正式にマーセル王子の婚約者となった。


 ザフィーアの皆は、マリオンたちを祝福した――サイモンは、ずっと深い哀愁に包まれていたが。


 これからマリオンは、王家に嫁ぐものとしての教育が行われる。グランツの勉強との両立なので、大変だろう。


 だがマリオンの隣にはマーセル王子が居る。彼が傍らに居るのであれば、勉学の苦労など、マリオンにとっては些末な事だろう。



 まだ見み国難が待ち構えていると分かった今、マーセル王子には今後、この国を牽引してもらわなければならない。その為に自分の支えが必要というのであれば、全身全霊で支えて見せよう。


 それがマリオンの、愛の形なのだ。







なんとか話が着地してくれました。

他の子も活躍させたかったんですが奴に絆されたヒロインの負けです。

次はお兄ちゃんの閑話です。


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