第12話:夏季休暇企画
――ヒルデガルトの魔術講義最終日の朝。
マリオンはいつものようにザフィーアのみんなと食卓を囲んでいた。
最終日の今日は、ヒルデガルトやノルベルト、ヴォルフガングも加わっている。
これは良いタイミングかもしれない、とマリオンはヒルデガルトに宣言することにした。
「お母様、私はグランツに寄宿したいと思います」
ザフィーアの仲間たちの前で、マリオンはヒルデガルトに希望を告げた。
周囲は声を抑えて、喜色に溢れた表情を浮かべている。「そうであったらいい」と願い続けてきたことだ。
ヒルデガルトはマリオンに確認をするように問いかけた。
「……本気なの? 少しずつあなたは今の魔力を使いこなせるようになってはきたけれど、グランツのカリキュラムについて行けるかは分からないわよ?」
マリオンは頷いて応える。
「私も悩みました。でも私は自分を高めるためにグランツに通うべきだと、そう結論付けたのです。魔術の勉強に追いつく自信はありませんが、そこは熱意でなんとかしたいと思います」
ヴォルフガングが楽しそうに微笑みながら語りかける。
「マリーの熱意があれば、追いつくことは可能だろう。私は、問題ないと思うよ」
ヒルデガルトはまだ不安げな表情だ。
「お父様ったら……マリーは熱意があり過ぎるのよ。熱中してまた倒れてしまっても、寄宿では私が助けることは出来ないわ。どうして寄宿を選びたいの?」
「通学時間を勉強時間に充てられるではないですか。勉強に不安があるなら尚の事、寄宿にするべきです」
マーセル王子がマリオンの援護を口にした。
「ヒルデガルト、兄上以外は寄宿生になる。マリオンがやり過ぎないよう、俺たちが必ず止める。それに今のグランツのカリキュラムなら、それほど無理なく追いつくことができるはずだ」
ヒルデガルトはマーセル王子の目を見つめた後、小さくため息を吐いた。
「……そうね、みんなが見張ってくれるなら、なんとかなるかもしれないわね」
ヒルデガルトが許可を出しそうな空気を醸し出したところで、大慌てで腰を浮かせたノルベルトが割って入った。
「ちょっと待った! マリーに寄宿なんてさせられない! それじゃあ私は、休日しかマリーに会えないじゃないか! それに寄宿先でマリーに悪い虫が付いたらどうするんだ!」
(お父様、相変わらず私べったりね……)
ヒルデガルトが圧のある微笑でノルベルトを見つめた。
「ベルト? 娘の将来とあなたの我儘、どちらが大切だと思う?」
「私もマリーの寄宿に賛成しよう」
瞬殺、である。
即座に姿勢を正してお行儀よく紅茶を含み始めたノルベルトに、マリオンが苦笑を浮かべている。
ヒルデガルトが優しい笑みでマリオンに語りかける。
「では、来年からマリーもグランツ寄宿生ね。これからは年末のグランツ入試に備えた勉強を加えましょう。今から準備すれば、落ちる心配はないでしょう」
ザフィーアの子供たちが、遂に我慢できずに歓声を上げた。
「マリーと三年間一緒ね!」
「俺たちも二年間は一緒だ」
マリオンは仲間たちの歓声に包まれながら、ヒルデガルトに「ありがとうございます」と頭を下げた。
****
最終日の鍛錬も終え、みんなは魔術鍛錬場に整列していた。
ヒルデガルトが子供たちを見渡して口を開く。
「これでグランツ入学前の特別魔術講義は修了よ。みんなよく頑張ったわね。これからは休日に、魔術講義の日を設けます。続けて受講したい子は申し込んで頂戴。その日にここに来れば、もっとたくさんの事を教えてあげるわ。みんなはもう私の弟子なのだから、気兼ねすることはないわよ?」
オリヴァー王子が思わず口を出した。
「ヒルデガルト、さすがに基礎の魔力鍛錬を受けただけであなたの弟子を名乗るのは、プレッシャーがきつすぎますよ」
その顔は苦笑で彩られている。
なんせ”空を駆け山を消し飛ばす魔術師”の弟子だ。そう簡単に名乗りたくはない。
同じことを期待されても、人間にできることではないのだから。
ヒルデガルトは楽しそうに笑う。
「そんなに気負うことはないわ。お父様の弟子だって、基礎の魔力鍛錬を重点的に行っていたのだから、大して変わらないわよ?」
(いやー、お爺様の弟子とお母さまの弟子、背負うプレッシャーは段違いだと思うんだけどなぁ)
他の子供たちもやはり、引きつった苦笑を浮かべていた。オリヴァー王子と同じ気持ちなのだろう。
最後の賑やかな夕食も終え、マリオンたち女子は寝室に居た。
「こうやって四人で寝ることも、今日で最後かー」
「少し感慨深いわね」
レナとララが、時を惜しむように口にした。
そして二人の目がマリオンとサンドラに注がれる。
「……こうしてホールドされるマリーを見るのも見納めね」
「マリー、よくその格好で眠れるわね」
そう、マリオンは既に、サンドラに抱き着かれていた。
サンドラもこの一瞬を惜しむように、いつもより強い力で抱き着いている。
「この二か月間! 抱き着き続けたこの感触と離れ離れになるだなんて!」
「私は二か月ぶりの安眠がようやく返ってきそうで一安心してるわ……」
サンドラの抱き着きは両手両足で絡みついてくる。とても寝苦しいのだ。
慣れてしまったのでマリオンも熟睡はしているが、抱き着かれないに越したことはない。
レナがぼそりと不吉なことを呟いた。
「来年の寄宿でマリーとサニーが相部屋になったら、三年間その生活ね」
「ちょっと! それは考えないようにしていたんだから口にしないで!」
マリオンにとって、寄宿生活最大の不安は勉強より、むしろそっちだ。
相部屋相手で三年間の生活品質が左右される。
反りが合わない相手と相部屋など、地獄の三年間だろう。
それに比べればまだサンドラと相部屋の方がましかもしれないが、この悪癖はなるだけ直してほしいと、マリオンは切に願っていた。
最後の夜も過ぎ去り、朝食も終えたザフィーアの子供たちは、次々と自宅に帰っていった。
マリオンは最後の一人を見送り終わった後、久しぶりの自室のベッドに倒れ込んでいた。
「サブリナー、ミルクティーちょーだーい」
マリオンは苦笑するサブリナからカップを受け取り、甘い香りに身を委ねた。
「はー。癒されるわ……」
打ち解けた仲とはいえ、二か月間に及ぶ他人との共同生活だったのだ。
マリオンは、久々の一人の時間をゆっくりと味わった。
そして二ヶ月ぶりに手足をのびのびと伸ばせるベッドで安眠を貪ったのだった。
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――六月。
サイモンがグランツの寄宿舎に行ってしまってから二か月が経過した。
マリオンが平日にサイモンの居ない生活にも慣れ始めた頃のこと。
休日の魔術講義にザフィーアが集まったところで、オリヴァー王子が一つの提案を口にしたのが始まりだった。
「北方国家旅行に、ザフィーアで行かないか?」
それは休憩時間に発せられた一言だった。
それを聞いたマリオンは疑問を口にする。
「オリヴァー殿下、北方国家は一番近い国でも片道一週間かかります。旧帝都であるペテル共和国までなら片道二週間です。往復で一か月ですよ? そのうえ旅行であちこちを見て回るんですか? その間、グランツはどうするのです?」
サイモンが笑いながら教えてくれた。
「今年度のグランツには、夏季休暇があるんだ。それに合わせて何かイベントを行わないか、という提案だよ」
七月から九月の三か月、学院が閉じられるのだ。その間は寄宿生も自宅に帰される。
貴族子女にも余暇が必要だろう、というノルベルトの提案だ。自分たちに余暇がなかったことを鑑みて、子供にも息抜きは必要だと感じたのだ。
今年の成果を見て、今後も継続していくかを検討する事になる。今後数年間様子を見て、常設するかが決まるだろう。
今年度からのグランツのカリキュラムは、その分だけ量が減ったことになる。当然、卒業生の質を疑問視する声もある。
その分は密度を上げて調整するが、巧く行くかは今年度の生徒たちの頑張り次第だ。余暇の為にどれだけ頑張れるかが見ものである。
その期間を社交に費やすも良し、自習に費やすも良し、そしてオリヴァー王子のように他国に赴き、文化的交流を図るのもまた良し、ということだ。
特に、文化的交流を図ろうとすれば移動だけでも長期間かかってしまう。これが主眼だろう。他国を理解するには現地を見るのが一番だ。
争乱のない世になった今だからこそできる制度、といえるかもしれない。
マリオンが尋ねる。
「では、オリヴァー殿下もそういった他文化交流が目的なのですか?」
「どちらかというと、またザフィーアの皆でなにかしたい、というだけだがな」
(ただの我儘だったーっ!!)
マーセル王子が唖然とするマリオンに笑ってから口を開く。
「兄上はマリオンに会う時間をもっと増やしたいのさ。休日の魔術講義だけじゃ、物足りないんだろう」
オリヴァー王子は心情をバラされて、少し照れ臭そうにしていた。
マリオンはそれを見て、再び呆れ顔になっている。
スウェードが元気に声を上げた。
「俺たち低評価組は、早めに巻き返しを図りたいところだからな! オリヴァー殿下だってこのままじゃ、マーセル殿下にマリオンを取られかねない。なるだけポイントを稼いでおきたいところだ」
マリオンは思わず「え、オリヴァー殿下、野望は捨てられたんですか? あれがあるかぎり、ドベは変わらないと思いますよ?」と突っ込んだ。
オリヴァー王子は苦笑でそれに応える。
「完全に、とはまだ言えない。だが少しずつ執着は薄れてきていると思う。そうなるよう、努めている」
マリオンがオリヴァー王子の目を見つめる――嘘ではない、と彼女は思った。
今のままであれば、おそらく一年後か二年後か。そう遠くない時期に野望を振り切れるのではないか。彼女はそう直感したのだ。
「……二十五点ね」
マリオンの一言に、ザフィーア一同が騒然となった。
四か月もの間、五点から動かなかったオリヴァー王子の評価が動いたからだ。
もちろん、一番驚き、かつ喜んでいたのはオリヴァー王子本人だった。
「――そうか」
一言、だが噛み締めるように口にしていた。
その表情には、喜色が溢れていた。
マーセル王子も我が事のように喜んでいた。
「マリオンの直感が、兄上の野望が薄れていることを認めたんだな……良かった、本当に良かった」
一方で不満顔なのはスウェードだ。
「これで俺がドベか。その旅行とやらで巻き返せることを祈るしかないな」
スウェードは肩をすくめ、おどけていた。
「スウェード兄様に機会があれば、当然他のみんなにも機会が与えられるのよ? むしろ点差は広がるんじゃない?」
レナが厳しい一言を加えていった。
その様子に一通り笑いあった後、オリヴァー王子がまとめた。
「反対する者や不参加を表明する者は居ないな? ではこの話はこのまま進めていく。形の上では、俺が公務として北方国家視察をする、ということになっている。それに同行すると言って親を説得してきてくれ。こちらからも、お前たちに参加させるよう要請を出しておく」
マリオンが困惑した顔で尋ねる。
「公務ですか? なんだか急に堅苦しくなりましたね」
マリオンの言葉に、オリヴァー王子の眉尻が下がった。
「仮にも王族だからな。享楽で国外に行く、等とはさすがに言えん。視察先では夜会に招かれることもあるだろう。相応の準備をしてきて欲しい」
旅行に行くにしても、体裁はつくろわねばならない、ということだ。
サイモンも疑問を口にした。
「視察団なら、護衛も同行する事になるのか? 第一王子と第二王子が居るんだ。万が一があったら困るだろう? あまり旅行って感じにはなりそうもないな」
オリヴァー王子が頷いた。
「もちろん、最低限の護衛は付ける。六年前に帝国が北方国家群になってから、初の大規模な視察になる。外交上の情勢は安定しているが、実情はどうなっているのか、それはまだ分からない。だが父上が許可を出したのだ。諜報部が不穏な情報を掴んでいたら、許可は下りなかっただろう。公務にしろ享楽にしろ、王族が国外に行くのだ。ノーガード、という訳にはいかない」
アランが「それは確かにそうですね。多少物々しいのは我慢するしかないでしょう」とフォローを入れた。
王子に次ぐ立場、ファルケンシュタイン公爵家嫡男であるアランもいるのだ。最低限と言いつつも、相応の護衛は付かざるを得ない。
オリヴァー王子が話をまとめる。
「視察団は一か月後、七月の頭に出発することになる。帰国は九月下旬予定だ。他に質問はあるか?」
オリヴァー王子が一同を見渡したあと静かに頷いた。
「では、一か月後を楽しみにしておくとしよう!」




