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第5話:褒賞

 レブナント王国謁見の間――私は陛下の前で今回のことを報告していた。


 ジュリアスに後処理を任せ、私はユルゲン兄様と共に陛下への報告の為、一足早く帰国したのだ。



「――ということで、三国間不可侵条約を締結してまいりました。エシュヴィア公国への人材派遣も既に行っております」


 王族誘拐の件は伏せつつ、起こったことをかいつまんで口にした。陛下には後程、詳細を書類で報告することになる。


 謁見の間で一緒に報告を聞いていた並み居る文官・武官たちから驚きの声が上がっていた。


 ――それはそうだろう。アウレウス王国との不可侵条約など、今まで幾度となく試みては失敗してきたのだから。


 アウレウス王国周辺との同盟や条約は粗方締結済みである。だがアウレウス王国だけは頷かせることができないでいた。


 それを若輩の小娘が成し遂げてきたのだ。信じられなくとも無理はない。


 陛下は実に満足そうに頷いていた。


「よくぞ期待に、いや期待以上に働いてくれた。積年の悲願であったアウレウス王国との不可侵条約が成ったのであれば、東方国家群の脅威は著しく減る。東方守護軍の負担も大きく軽減されるだろう。その偉大な功績を讃え、ヒルデガルトには一等勲章ならびに侯爵位、そしてエドラウス領を与える!」


(……盛り過ぎでは?)



 一等勲章は平時に与えられる勲章の中では最上位だ。まぁこれは功績から見てもそれほど不思議ではない。


 エドラウス領は王都とグランツ領に隣接する豊かな穀倉地帯だ。その経営を任されるというのは、責任重大である。今までは王族が管理していた領地でもある。それを分け与えるというのだ。


 その上に侯爵位である。いくらなんでも盛り過ぎだ。


 既に、重要な功績を上げるという栄誉を与えられた身には、過分に過ぎる。



 私は陛下に返答する。


「陛下、それは若輩の身には余りにも過分な褒賞です。どうかご再考ください」


 私の言葉に、陛下が不満げな顔で応える。


「アウレウス王国との不可侵条約は先代、先々代の王から続く悲願だ。東方守護のレーカー侯爵も長年交渉を続けても成し遂げられなかった偉業だぞ? ――レーカー侯爵、異存はあるか?」


 東方守護の管轄だったアウレウスの問題解決、ということでこの場に呼ばれていたレーカー侯爵が陛下に応える。


「いえ、私にはまったく異存はございません。東方守護軍を代表して、ファルケンシュタイン伯爵夫人には直接、礼を述べたいぐらいです」


 陛下は謁見の間を見渡し、声を上げた。


「異存のある者は構わぬ、述べよ!」


 陛下の声が謁見の間に響いた――その声に応える者はいない。何かを言いたそうにしている人は何人かいたが、レーカー侯爵に睨まれるとスッと引き下がっていた。


(管轄である東方守護最高指揮官のレーカー侯爵が異存がないって言ってるのに、異存なんて言える空気じゃないでしょう……)


 しかし、侯爵位を貰ってしまうと、夫であるベルトより上位となってしまう。それはさすがにベルトが可哀そうだ。


 私は勇気を振り絞って声を上げた。


「陛下、せめて侯爵位だけでも辞退はできませんか」


「これだけの功績を上げた者が無爵、というわけにはいかぬ。重要なエドラウス領を任せるのだ、伯爵以上が望ましい。だが伯爵ではノルベルトなのかヒルデガルトなのか区別がつかぬ。となれば、侯爵が妥当ではないかな?」


(ぐ……別にベルトと同じ伯爵や、子爵や男爵でもいいと思うんだけど)


 陛下が更に声を上げる。


「では、この褒賞に賛成の者は拍手で応えよ!」


 その声に応え、レーカー侯爵が即座に手を打ち鳴らした。


 それに続くように東方守護軍たちが手を打ち鳴らし始める。


 今回は案件の性質上、場に居るのは半数以上が東方守護――レーカー侯爵の派閥だ。


 その空気に圧され、その他の派閥の人たちも手を打ち鳴らし始めた。


 最終的に、ほぼ満場一致、という形で陛下に賛同の意が示されていた。万雷の拍手である。



 陛下が手を上げ、それに合わせて拍手は鳴りやんだ。


「――どうかなヒルデガルト。皆も不服はないようだが。これでもまだ異存はあるかな?」


 満面の笑みの陛下に対し、私はひきつった淑女の微笑で「あ、ありがたく頂戴いたします」と言う事しかできなかった。





****


 殿下の執務室に戻ってきた私は、事の次第を殿下に報告していた。



「今回、見事に陛下に転がされ倒しましたわ……」


 出発前後からの仕込みの数々。ユルゲン兄様が同行していることも含めて、全部が陛下の仕込みである。


 殿下も書類に目を落としながら、面白そうに笑っている。


「はははは! 父上はお前に報いれていなかったことをずっと気にかけていたからな。これでようやく胸のつかえも取れたことだろう」


 ジュリアスの代わりに、殿下の隣で執務の手伝いをしていたクラウも嬉しそうに笑っていた。


「これでようやく、あなたに箔がついたわね。あなたの発言に重みができたのよ? これで仕事がやりやすくなるのではなくて?」


「だからって、ベルトより上位の爵位を貰っても家庭環境的に気まずいんですけれど?!」


「元々入り婿で譲られた爵位です。それで上回られようと、何も変わりませんよ」


 ベルトはまったく気にする様子がない。我が事のように喜んでいるようだ。


「子供が生まれた時に”お父さんよりお母さんの方が偉い”とか、情操教育的にどうなんですの?! それは!」


 切実な問題である。


 だがクラウは淡々と、真理を説くかのように私に説明した。


「あら、知らないの? 世の中の大半のご家庭は、奥さんの方が強いのよ?」


「……マジで?」


 うっかり素が漏れた。


 クラウが私を見て可笑しそうに笑い「そうよ? 旦那を尻に敷くか、おだてて巧く制御するかの違いはあるけれど、大抵はそう聞くわね。特に、子供が生まれた後は顕著だそうよ?」と言った。


(そうなのか……いや確かに、ルドルフ兄様とクリスティーナ姉様の力関係もそんな感じだったけど)


 天下のファルケンシュタイン公爵家ですら奥方であるクリスティーナ姉様優位なのだ。だんだん他のご家庭も同様のケースが多い気がしてきた。


 だが私が目指しているのは”可愛いお嫁さん”だったはず! だけど今更「やっぱいりません」ができる訳もない。


 私が一人で頭を抱えていると、殿下が私に語りかけてきた。


「ヒルデガルト。お前が本当に目指しているのは”温かい家庭”の方じゃないのか? その”温かい家庭”に爵位なんて、なんの関係もない。公私を分けて生きて行くだけの話だ。それは、決して難しいことではないだろう?」


 言われて、はたと気づく。


(……言われてみればその通りだ。私は、愛に溢れた家庭を作りたかったんだ。そこに爵位は、何の関係もない)


 私は殿下の言葉で、ようやく自分を取り戻した。


「そうですわね。確かに、公私を分けて生きて行けばいいだけですものね――取り乱して、申し訳ありませんでした」


 殿下は頷いて応える。


「解ったならそれでいい――そんなことより、お前が任されたエドラウス領は我が国の貴重な税収源であり、国民の胃袋を満たす食糧庫だ。経営でヘマをするなよ」


 そうだ。そちらの方がよっぽど責任重大だった。


「はい! お任せください! 豊穣の神の名に懸けて、必ずや栄えさせて見せますとも!」


「そうよね、あなたなら例え最悪の事態に陥っても神頼みができるのよね。凶作しらずね?」


 ぼそりと呟かれたクラウの発言に(もしかして陛下、それが本来の目的?)などと思ってしまった。





****


 クラウから陛下が私を呼んでいると聞き、昼下がり、私は陛下の執務室を訪ねていた。



「失礼します。ヒルデガルト・フォン・ファルケンシュタインです。私をお呼びだとクラウディア様からお伺いしたのですが」


 中から「ああ、入りなさい」と声が聞こえる。それに従い、歩を進めた。



 陛下は私の姿を認めると、執務の手を止め、侍従にお茶を用意するように指示していた。


 私は陛下に示されるまま、執務室の傍らにあるソファに腰かけている。


 陛下が私の向かいに腰かけ、お茶を含んでいた。


 私も陛下に倣い、紅茶で喉を潤す。



 早速、陛下が口を開く。


「先程クラウディアから”君が少し誤解しているようだ”と話を聞いてね。その誤解は解いておこうかと思ってね」


「誤解、ですか?」


 私は小首を傾げた。


「君は今回、すべて私にお膳立てしてもらった、と言ったそうだね」


 私は陛下に頷いて応える。


「ああも用意周到に仕込まれていれば、そう思って当然ではありませんか?」


 陛下は私に笑って応えた。


「はははは! 私は君を信頼して送り出した。ただそれだけだよ。君ならば、アウレウス王国とエシュヴィア公国の間にある緊張状態を必ず、解きほぐせるだろうとね。その為に必要だと思ったから全権委任状をユルゲンに託し、ジュリアスに同様の旨を伝えた。だが、それだけだ。それ以外の事は全て、君が君の実力で成し遂げたことだ」


 陛下は一度紅茶で口を湿らせ、言葉を続けた。


「特に、三国間不可侵条約を締結するなど、私は想定どころか夢にも思っていなかったことだ。そこは君が誇っていい、君の実力だ。君は君個人の力と人柄でアウレウス王とエシュヴィア公王を魅了し、納得させ、条約締結まで決意させた。これによって、東方国家群は完全な安定を手に入れた――そこは理解できているかな?」


 確かに、陛下がしたことは全権委任状をユルゲン兄様に託したことと、ジュリアスに”その様に認識するように”と言い含めただけだった。


 そしてアウレウス王国と不可侵条約を結んだことで、東方国家群で大きな力を持つ国とは全て同盟や条約を締結したことになる。


 一番力を持ち好戦的だったアウレウス王国は、我が国と不可侵条約を締結したことで、我が国と同盟関係にある国へ攻め込むことはできなくなった。


 これによって東方国家群で争乱が起こる可能性はぐっと減った。今後も我が国が折衝を続ける限り、今の東方国家群はその姿を維持するだろう。



 私は陛下の言葉に頷きつつ、疑問を呈した。


「ではなぜ、最初から全権委任を私に示されなかったのですか?」


 陛下は私の言葉に、笑いながら応えた。


「周囲の君への反発も根強かったからね。形の上では、緊張状態にある二国間の調停役、ぐらいが丁度いいと思ったのさ。だがそれだけでは、君が目覚ましい功績を立てる機会をみすみす逃しかねない。それはもったいないと思ってね。ユルゲンに”機を見て、必要ならば君に全権委任するように”と委任状を託した。成果が調停だけで終わるのであれば、使う必要がないものだ。周囲の反発を無駄に煽ることもないと思ったからね」


 陛下は再び紅茶を含んだ後、言葉を続ける。


「だが君は見事に私の期待を超える成果を持ち帰ってきた。全権委任状を託した甲斐があったというものさ。不可能と思われていた、不可侵条約をアウレウス王国に飲ませた功績を持つ君の発言は、今後無視できないものとなった。君以上の功績を持たなければ、反発しても負け犬の遠吠えくらいにしか聞こえないからね。この功績に匹敵したければ、長く国家へ功績を残し続けるか、軍事で大きな功績を収めるぐらいしかないだろう。そして君は爵位の上でも今後、侯爵となる。それはつまり、君の発言はその年齢にして、ルドルフや四方守護最高指揮官に次ぐ発言力を持ったことになるんだ」


(話がでかいな! ルドルフ兄様や最高指揮官であるクラウたちのお父様方に次ぐ発言力?!)


 私の驚きをよそに、陛下がまた言葉を続ける。


「君は国家運営おいて、とても重要なポジションを得た。それは今後、息子の補佐をする上で君や息子を大きく助けるし、それは私や、ひいては我が国の助けにもなるものだ。だから、胸を張ってこの栄誉を受け取ってほしい。理解したかな?」


 言われていることは理解してしまったので、仕方なく頷いた。


 それを見た陛下は「よかった」と満面の笑みを浮かべた。


 私は陛下に質問を投げかける。


「これで陛下は、古代遺跡破壊における私の功績に対して報えた、とお思いになられましたか?」


 これで”まだまだ足りない”とか言われたらさすがに諫言せねばなるまい。既に過分な配慮を頂いてるのだ。


 陛下は私の言葉に大きく頷き「ああ、やっとだね」と応えた。


 私は胸を撫で下ろした後、もう一つの質問を投げかけた。


「先程陛下は”アウレウス王やエシュヴィア公王を魅了した”と仰いましたが、それはどういう意味なのでしょうか?」


 私が両国にしたことは、結果的には条約締結の仲立ちに過ぎないと思っている。何故か条約に我が国まで含まれてしまったので、成果がアホみたいなことになっているが。


 私の言葉を受け、陛下が侍従に指示をし、二つの書簡を受け取った後、それを私に差し出してきた。


「君自身の目で確認するといい」


 私は言われた通り、書簡に目を通す。


「これは……両王からの、感謝状?」


 いつの間にこんなものを陛下に送り届けていたのだろうか。


 陛下が楽しそうに口を開く。


「読んでの通り、君が両国に成したことに、両王は深く感謝している。国家元首が一介の宮廷魔術師の功績にこのようなものを送り届けるなど、滅多にある事じゃないんだよ? 両王が三国間不可侵条約を結ぶ気になったのも、君の人徳の為せる業だ、ということだ。今後も東方国家群については、君に飛び回ってもらうことになる。少し、忙しくなるかもしれないね」


 陛下は私にウィンクした後、紅茶を飲み干していた。


「東方国家群について飛び回る、ですか? でもアウレウス王国が落ち着いた今、東方国家群に大きな問題など起こらないのではないのでしょうか」


 私の疑問に、陛下の笑顔が曇った。


「ペルペテュエル帝国に、不穏な気配がある。再びユルゲンに北の動向調査を命じて動いてもらっているが、帝国が東方国家群を飲み込もうとするかもしれない」


 私は驚いて声を上げた。


「そんな! 帝国にはまだ、それほどの余力はなかったはずです!」


 昨年も帝国内で小さな内乱が発生し、それを平定したばかりだ。国内掌握すらままならない状態で、東方国家群を飲み込むほどの人員を動員するのは考えにくかった。


 小国家の群れとはいえ、全体で見れば五十万人規模になる国家群だ。それらを飲み込もうとするならば、帝国全軍のうち半数は割かねば無理だろう。だが帝国の西方には西方国家群もいる。そんな隙を見せれば、背後を西方国家が黙って見ているはずもない。


 陛下は頷いた後、口を開いた。


「私もそう思っているのだがね。帝国に潜ませている密偵から上がってくる情報が、どうにもきな臭いらしい。戦争の準備を進めているのは確かなようだ。そして、攻め入るならば強力な隣国が居る西方よりも、一つ一つは小さな力しか持たない東方の小国家群が狙われる公算が高い。だから、もしそのような事態に陥るようであれば、君に東方国家群の折衝に走ってもらい、わが軍を援軍として駆け付けさせることになるかもしれない――まだ、可能性の段階だがね」


「そんな……」


 せっかく安定を手に入れた東方国家群に帝国が牙をむく――そんな事態は、断じて認めるわけにはいかない。


 私の決意を見た陛下の顔に、少し笑顔が戻る。


「そんなタイミングでの、君の今回の功績だ。決して過分な報償ではなかったと、納得してもらえただろうか」


 確かに、アウレウス王国と不可侵条約を結ばないままであれば、わが軍も全力で東方国家群を支援することはできないだろう。折衝にも時間がかかり、帝国が拡大していくのをみすみす許しかねない。援軍を送るにしても、アウレウス王国を刺激しないルートでは南方からの大きな迂回になる。それは致命的な遅れを生みかねなかった。


 今ならば、帝国との国境に対してまっすぐ進軍することも可能だ。帝国の動きに対して、迅速に対応することができるだろう。


「……納得、致しました」


「よかった。帝国の動向については、逐次フランツの方にも報告を上げさせる。それで何か気付いたことがあったら、遠慮なく進言して欲しい。――私からの話は以上だ。下がっていいよ」


 私は陛下に一度頭を下げた後、陛下の執務室を辞去した。


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