第4話:秘密会談
アウレウス王国の軍議室――その一室に、私たちは再びやってきた。
前回と違うのは、侍女を一人連れていること。
前回と同じく、アウレウス王のみが入室し、部屋の扉が閉められた。
アウレウス王が腰かけ、口を開く。
「それで、娘の奪還はどうなってるんだ」
私は侍女とニヤニヤと顔を見合わせる。
怪訝な顔をしたアウレウス王に対し、侍女は振り向き「お父様!」と叫んだ。
その途端、侍女の姿はアンナ王女へ戻っていった。私が王女の叫びと共に、魔法を解除したのだ。
「アンナ?!」
驚いて腰を浮かせたアウレウス王に、アンナ王女は立ち上がり飛びついていた。
二人は久しぶりの再会を喜んでいるようだった。
「アンナ……無事だったか」
「はい、レブナントの方のおかげで無事です! 怪我も直してもらいました!」
怪我、と聞いたアウレウス王の視線が、アンナ王女の痩せこけた頬や着る物に落ちる。ボロボロに薄汚れたドレス――それだけで、どんな扱いを受けていたか想像に難くなかった。
「……エシュヴィア共め」
アウレウス王が憎悪に燃えた双眸を光らせ、憎々し気に吐き捨てた。
その声に、私は冷静に応える。
「まだ裏は取れていませんが、エシュヴィア宰相、グレゴール・クニューベル伯爵の独断でほぼ間違いないと思われます。エシュヴィア公王はこのような卑劣な事に手を染めるお方ではありません。無用な血が流れない道を探っておいででした――私は陛下とお約束しましたよね? 極秘裏に、無事アンナ王女を奪還してきたのです。エシュヴィア公王との秘密会談を設けていただき、和平を結んでいただきます」
アウレウス王は怒りをなんとか腹に納め、私たちに対して頷いた。
「私も武人だ。一度交わした約束は違えぬ。君らにも、秘密会談には参加してもらう。エシュヴィア公国には、近日中に使者を送ろう。それまでは我が国で待って居て欲しい」
私は頷いて応えた。
「わかりました。よろしくお願いいたします――ではアンナ王女、お元気で」
私とユルゲン兄様は、二人を残し軍議室を辞去した。
****
王城から宿へ戻る車中――私はユルゲン兄様に尋ねていた。
「兄様、エシュヴィア公国に残した諜報部が、裏を取るのにかかる時間はどれくらいだと思いますか?」
ユルゲン兄様が少し驚いたように応える。
「あいつらは優秀だから、数日以内には証拠も確保すると思うよ――でも、よく私がそれを指示していたと気が付いたね」
私は苦笑で応える。
「アウレウス王をきちんと納得させるためにも、宰相の独断で行われた蛮行である証拠は必要でしょう? 私が先走って、証拠も揃ってないうちに王女を奪還してしまったのです。その尻拭いをさせる形になってしまいましたね。申し訳ありません」
「いや、証拠が揃うのを待って居たら、アンナ王女が命を落としていた可能性は確かにあった。今回は、君の選択が正しかったよ」
ユルゲン兄様はどこか嬉しそうに言葉を続ける。
「それにしても、本当に期待以上の働きを見せてくれたね。兄として誇らしく思うよ」
「ありがとうございます――でも、まだ和平は成っていません。最後まで気は抜けませんよ」
私の言葉に兄様は「君は心配性だね」と笑っていた。
****
それから二週間後、アウレウス王から再び呼び出され、秘密会談の日程が決まったことを通達された。
「会談の場所はエシュヴィア公国の王宮だ」
私はアウレウス王の言葉に驚き、聞き返した。
「エシュヴィアの王宮で秘密会談を行うのですか?!」
この緊張状態だ。どこか両国の中間地点で行われるのではないかと思っていた。
アウレウス王がニヤリと笑いながら応える。
「エシュヴィア公王から提案されて、私が応じた。特に問題はあるまい?」
「問題は……ありませんが」
あれだけ不信感を露にしていたアウレウス王が、エシュヴィアまで赴いて秘密会談を行う、というのが納得できなかった。
アウレウス王は楽しそうに笑いながら「まぁ君も楽しみにしているがいい」と言った。
(私が……楽しみに?)
横に居るユルゲン兄様を見る。
やはりニヤニヤと何か企んでるような笑みだ。
(そういえば「『蜃気楼』はまだ解くな」とも言われてるのよね)
そう、アンナ王女の『蜃気楼』は、未だ健在だ。感覚的にどこかに移動しているようなのだが、どこに移動したのかまではさすがに分からない。私はこの二週間、仮眠しか取れないので結構隈ができてしまっている。
古代魔法版だからできる芸当とはいえ、二十日以上の『蜃気楼』維持など初の試みだ。ちゃんと維持できているのか、不安になる。
その翌日、私たちレブナント使節団はアウレウス王と共にエシュヴィア公国へ向けて出発していた。
****
エシュヴィア公国の軍議室――そこには意外な人物が私たちを待ち受けていた。
(クニューベル伯爵?! なぜ彼がこの場に?)
秘密会談の会場には、エシュヴィア公王と共に宰相のクニューベル伯爵が居たのだ。
公王たちに向かい合う様に、アウレウス王が腰を下ろす。
私たちは、両者の間を取り持つように、中央に腰を下ろした。
エシュヴィア公王が口火を切る。
「今回、両国間で緊張状態になったその原因を、アウレウス王の口から聞きたい」
アウレウス王がそれを受けて応える。
「我が娘がエシュヴィアの者に攫われた。街の郊外に遊びに出たところで馬車が襲われたのだ。ご丁寧に、賊たちはエシュヴィア兵の格好をしていたらしい」
何人か返り討ちにできた賊の衣服から、エシュヴィアの犯行と断定したようだった。その後追跡もしたが、王女と共に賊が国境を超えるのを許してしまったと、悔しそうに唇を噛んでいた。
エシュヴィア公王の厳しい眼がクニューベル伯爵に注がれた。
「グレゴール、これはどういうことだ。私はそんな命令を出した覚えがないのだが」
クニューベル伯爵はしどろもどろになりながらそれに応える。
「あ……いや、わ、私は何も知りません! 私以外の誰か、或いは他国の策謀ではないのですか!」
エシュヴィア公王が再びクニューベル伯爵に問うた。
「お前は何も知らぬ。そう申すのだな? それは命を懸けて言えるのか?」
クニューベル伯爵は一瞬、躊躇ってから「もちろんです!」と言い切った。
エシュヴィア公王がアウレウス王を見る。
「聞いたかアウレウス王。命を懸けるそうだ」
アウレウス王はそれ受けて、酷薄な笑みを浮かべ「確かに聞いた」と応えた。
(これは……なにが起こってるんだろう? ――いや、それより、『蜃気楼』が傍に居る?!)
本来なら『蜃気楼』と感覚共有することも可能だが、今は長期間に渡る維持だけで手一杯だった。気配を感じるのがせいぜいだ。
エシュヴィア公王に促され、背後に控えていた文官が軍議室の外から誰かを連れて来た。頭からすっぽり長衣を被り、その姿は分からない。
(まさか――)
再び軍議室の扉が閉まった後、その長衣が取り払われた。
中から現れたのは、ボロボロのドレスを着たアンナ王女だった。その目は虚ろで、頬はげっそりとこけている。
驚愕するクニューベル伯爵をよそに、エシュヴィア公王がアウレウス王に語りかける。
「アウレウス王、ご息女で間違いないな?」
アウレウス王はゆっくりと頷き「我が娘だ」と応えた。
再びエシュヴィア公王の目が厳しくクニューベル伯爵に注がれる。
「――グレゴール。王女は、お前の所有する邸の地下に囚われていた。これをどう説明する?」
クニューベル伯爵の目がせわしなく動き、言い訳を探していた。その口からは、意味のない音が漏れているようだった。
そんなクニューベル伯爵を、アウレウス王は憎悪を滾らせて睨みつける。
「先ほど貴様は、”命を懸ける”と言ったな。ならばその命――今、私が切り捨てさせてもらおう。それでエシュヴィア公国との和平に応じよう」
エシュヴィア公王は深く頷き「わかった」と口にした。
「グレゴール。残念だよ。貴様がそこまで愚鈍だとは思わなかった――いや、それを見抜けなかった、私の目が節穴だったのだな」
エシュヴィア公王の顔に自嘲の笑みが浮かぶ。
クニューベル伯爵が命の危機を感じ、身を翻して軍議室の扉に手をかけた――その背中に、アウレウス王の長剣が突き刺さっていた。
****
――クニューベル伯爵の死体が片付けられた後の軍議室。
エシュヴィア公王が口を開いた。
「我が国が迷惑をかけたことを深く謝罪する。済まなかった」
そう言って、アウレウス王と私に頭を下げた。
(なぜ私にまで?!)
混乱する私に、横に座るユルゲン兄様が語り掛ける。
「もう『蜃気楼』を解いてもいいよ。おつかれさん」
「――あ、はい。よかった。さすがにそろそろきつくなってたんです」
私は言われた通り『蜃気楼』を解除した――ふわりとアンナ王女の姿が掻き消える。
それを見ていた周囲の人間は目を瞠って驚いていた。
アウレウス王とエシュヴィア公王は知っていたのか、それほど驚いてはいなかったが、「これがファルケンシュタインの『蜃気楼』か」としみじみ口にしていた。
私はユルゲン兄様に問いかける。
「もしかして、クニューベル伯爵を切り捨てる口実作りに『蜃気楼』を維持させてたんですか?」
ユルゲン兄様はふんわりとした笑みで応える。
「アウレウス王も、怒りをぶつける相手が居ないと納得できないでしょ? だから正しい相手にぶつけてもらっただけだよ」
(それはわかるけど、おかげで隈が酷いんですが……ウルリケにも怒られるし……)
私が不満げなのを見たユルゲン兄様は、「大丈夫、ちゃんとご褒美あげるから」と笑っていた。
改めてアウレウス王とエシュヴィア公王が顔を見合わせる。
お互い、どこかスッキリとした表情だ。
エシュヴィア公王が、確認を取るようにアウレウス王に問いかける。
「では、これで遺恨はなくなったな」
アウレウス王が、鷹揚に頷いた。
「ああ、問題ない」
二人が言葉を交わした後、その二対の目が私を見た。
エシュヴィア公王が口を開く。
「実はだな。今回の秘密会談で、三国間の不可侵条約を結びたい。そういう段取りになっている」
私は驚いて声を上げた。
「不可侵条約?! アウレウス王国とエシュヴィア公国がですか?!」
レブナントとエシュヴィアが同盟を結ぶまでの間、長く争乱を繰り返してきた両国だ。特にアウレウス王国がそんなものに同意するとは思えなかった。
私に見つめられたアウレウス王が口を開く。
「今回、レブナント王国には大変な恩義を受けた。これは我が娘を約束通り無事取り戻してくれた、ファルケンシュタイン伯爵夫人、君への恩返しだ」
どうやら嘘ではないらしい。だが三国間と言わなかったか。
「三国って、後一国はどこなんですか?! 今この場には二国しかいませんよ?!」
横からユルゲン兄様が「私たちが居るだろう? レブナントとアウレウス、エシュヴィアで三国だ」と口にした。
(レブナントとアウレウスが不可侵条約?! 長い間争っていた二国間で?!)
それこそ信じられなかった。最近でこそ小康状態が続いていたが、アウレウス王国はレブナント王国の土地を求め、何代にもわたり侵攻を繰り返してきた国だ。
「ちょっと待ってください! そんな大事なことを決められる人がレブナント側にいませんよ! 私は調停を任されただけですよ?! 不可侵条約だなんて、ルドルフ様とか陛下とか、権限のある人を連れてこないと判断が――」
今回、私に与えられた任務はアウレウスとエシュヴィア、両国の緊張状態を解消することだ。
不可侵条約は結んだ国の間で軍事行動を起こさない事を、国際的に約束するものだ。破れば国家の信用問題になる。
それを決定するのは、いくら王太子の側近とはいえ、若輩者には越権行為だろう。
三国間で結ばれる不可侵条約なら尚更だ。レブナントから妥当な人間を連れてきて、日を改めて会談するべきだ。
そんな混乱している私に、ユルゲン兄様が一通の手紙を渡してきた。
「ほい、これ。君に」
「――え? あ、はい」
受け取った手紙の差出人を見る――無記名。だが、封蝋はレブナント王家のものだ。
(まさか……陛下から?)
ユルゲン兄様がご丁寧にペーパーナイフまで手渡してくれたので、震える手で開封し、中の書状に目を通す。
――今、私の手には「全権委任状」と書かれ、王の署名が施された書類があった。
書類の内容は、要するに「この三国間の交渉についてはヒルデガルトに丸投げするから、あとはよろしく」だ。
(……全権? 全部任せると? この若輩者に?)
書類を見て呆けている私に、ユルゲン兄様が笑いかけた。
「三国間の全権委任――つまり、君の判断で三国間の不可侵条約を締結して構わないんだよ」
いつのまにこんな書類を……
アウレウス王国王城からレブナント王国王宮まで、片道十日はかかる。
アンナ王女を取り戻してから用意するにしても、往復してる時間はなかったはずだ。
私はユルゲン兄様に恐る恐る聞いてみた。
「兄様、この手紙はどうやって手に入れたのですか?」
ユルゲン兄様はとてもいい笑顔で私に応えた。
「出発の時に陛下から渡されたんだよ。君に必要な時に、私の判断で渡してやってくれって」
(なにがどうなったらこんな書類をつかう事態になると予想できるの?!)
どうやら、レブナント国王からの信頼がカンストしてるようだ。
(何故だ。私が何をした。陛下には神託を一度見せただけだぞ?)
私が首をひねって悩んでいると、私の両サイドから笑い声が上がってきた。
アウレウス王からは「おや? レブナント王国は三国間の不可侵条約に不満でもあるのかな?」と言われ、エシュヴィア公王からは「まさかまさか、こんな絶好の機会を逃す程、愚かではありますまい」と言われる。
(陛下たち、私で遊んでないか?)
私は観念し、大きくため息を吐いて、口を開く。
「――分かりました。三国間の不可侵条約のお話、お受けしましょう」
ユルゲン兄様から「勿論、署名は君の名でやるんだよ?」と突っ込まれ、私は更に頭を抱えていた。
****
条約内容を両王と私とで確認し、不満がないことに同意した後、私たちは三国間不可侵条約を締結した。
自分の名前を記すときには緊張で指が震えるのを必死に我慢した。気合と根性で。
エシュヴィア公王が楽しそうに口を開く。
「三国間の交渉が一任されているのなら、君が提案した人材派遣の件も、君の判断で処理していいことになるね。勿論、受けてくれるんだよね?」
「うえええええ?! ――失礼、えーとそれは、断るつもりは勿論ありませんが、しばらく時間がかかります。これから帰国して人選を――」
「人選なら済ませておきましたよ。もう間もなく、後発の人材がエシュヴィア公国に到着すると思います」
聞きなれたその声に振り返る。いつの間にかこの軍議室に、ジュリアスの姿があった。
「ジュリアス?! なんでここに?!」
そこに居るのは紛れもなくジュリアスだ。だが彼はレブナント王国に居るはず……
「さっきあなたが緊張して署名してるときに入室したんですけど、本当に気付いてなかったんですね」
はぁ、と深いため息を吐かれてしまった。
「それはしょうがないじゃない! あんな重要な書類に署名しろだなんて、緊張するなって方が無理よ?! ――で、なぜジュリアスがここに?」
ジュリアスはいつもの落ち着いた表情で口を開く。
「あなたがエシュヴィア公国に人材派遣の提案をした、という話を聞きましてね。手早く人選を済ませてすぐにレブナントを発ったんですよ。どうやらしばらく宰相の座が空席になるみたいなので、しばらくは俺がエシュヴィア公国で宰相代理をやりましょう。新しい宰相が決まり次第、その補佐に後続の人材が着くことになると思います」
エシュヴィア公王が頷いて応える。
「ああ、そうしてくれ。優秀な補佐が付けば、内政を何とか回すことはできるだろう。国内の人材育成が終わるまでの間、よろしく頼む」
私はユルゲン兄様を見た。
「……いつの間に手はずを整えていたんですの?」
ユルゲン兄様はニヤニヤとした笑みで応えた。
「君の周りに部下を一名、こっそり付けさせていたんだ。君が人材派遣を提案した、その日のうちに部下が報せを走らせた。ジュリアスの到着が今日に重なったのは、ただの偶然だね」
(見張られてたの?! まったく気づかなかった。兄様の部下、優秀過ぎない?)
「ん? ということは、人材派遣の件は陛下もご存じなのですか?」
ジュリアスがそれに応える。
「いえ、陛下は何も知りませんよ。俺は報せを受けて直ぐに人選だけ済ませて、そのまま出国してますから。報告も上げていません。ですから、あなたが人材派遣を断る、というなら俺たちはそのまま帰国するだけです」
「なんで?! そんな大事なこと、普通陛下に判断を仰ぐでしょう?!」
ジュリアスは平然とした顔で私に応える。
「あなたが出発した後、陛下から”アウレウスとエシュヴィアの問題はヒルデガルトに一任してあるから、お前たちもそのつもりで動いてくれ”と言われてますので。つまり、一任されたあなたが提案したなら、陛下が提案したのと同じことになるんですよ」
(なんか……陛下に巧い事踊らされてないか私?!)
ユルゲン兄様が楽しそうに笑いながら私に語りかけた。
「陛下はね、君に大きな借りがあるんだ。君の命懸けの功績に、今まで一切報いることができなかった。その借りを返したかったんだよ」
(そうか、古代遺跡破壊の件か……あの件は緘口令が敷かれてるから、表立って私に褒賞を与える事ができないもんなぁ)
とはいえ、私はそんなものを望んだ覚えもない。それに――
「私は若輩の身でありながら殿下の側近に引き立ててもらってます。それで充分なのでは?」
「それは殿下の我儘を陛下が許した、というだけだ。それだけじゃ、陛下の気が済まなかったんだろうね」
アウレウス王とエシュヴィア公王の楽し気な笑いが室内に響く。
「はははは! どうやら君は、レブナント国王にも大層気に入られているみたいだね。今後とも、よろしく頼むよ」
私は乾いた笑いを浮かべつつ「よ、よろしくお願いいたします」と応えることしかできなかった。
こうして、私の功績第一号として「レブナント王国、アウレウス王国、エシュヴィア公国による三国間不可侵条約締結」が記されることになったのだった。




