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第13話:強襲!

 シュネーヴァイス山脈への旅程は順調に進んでいった。



 道中は三食、野菜のシチューで腹を満たす。毎日。三食である。


 三日目にはクラウディアが「さすがに、毎日あればっかりでは飽きるわ……」とぼやいていた。


 残念ながら、ヒルデガルトたちのレパートリーは乏しかった。


 今回は長旅ということで、魔術騎士たちも可能な限り皆の食事に加わった。彼らのコンディションが任務の成否を左右すると言っても過言ではないのだ。


 ヴォルフガングや魔術騎士、御者を含めて二十人近い人間の食事の用意だ。刻んで煮込む以外の選択肢は、彼女たちにはない。


 何が起こるかわからないのだ。余計な料理人を連れてくるわけにもいかなかった。



 皆が辟易し始める中、ヒルデガルトだけは毎回、幸せそうに食事をしていた。


(お腹一杯食べられるだけでも幸福だというのに、みんな贅沢だなぁ)。


 彼女が逞しいだけ、とも言う。





 五日後には山脈の麓に到着していた。


 小さな村落があり、そこに馬車を止め、御者が残って管理をする手筈だ。



 ここからは馬車を下り、徒歩で高山中腹に向かうことになる。


 各々が携行糧食と水を背負い、ピッケルを片手に登っていく。


 中腹までとはいえ、それなりの高さのある山に登るのだ。貴族令嬢組には辛い道程だ。


 ヒルデガルトも額に汗して、息を切らしながら登っていく。


「肉体強化術があるとはいえ、きついものはきついですわね!」


 彼女も貴族令嬢の生活を続けたことで、だいぶ体力が衰えていた。


 肉体強化術とて、常時使えるわけでもない。基本は自力で斜面を登る。



 ちなみに生徒の登山服もグランツの制服である。


 高山でも問題ない通気性と保温性、保湿性を備えている。まさに万能だ。


 地味にレブナント王国屈指の工芸品とも呼ばれている、技術の粋を集めた逸品なのだ。



 魔術騎士たちは軽鎧の上から外套を羽織っていた。


 鎧を着ていても生徒たちより余裕の表情で斜面を登っていく騎士たちは、やはり頼り甲斐があった。



 令嬢組でも、クラウディアが一番辛そうにしていた。生粋の公爵令嬢である。体格もエミリに次いで小さい彼女は、体力的には一番劣るのだろう。


「私が! 登山だなんて! 向いてないですわ!」


 と、泣き言を言いつつ、一行に付いてきた。最後尾をフランツ王子にフォローされつつ、なんとか登っている感じだ。



 魔術騎士はなるだけ手を出さないようにしているのは前回と同じ。


 主戦力なのだ。余計な消耗をさせるわけにもいかない。



 基本は生徒同士で力を合わせ、どうしても辛そうなときには魔術騎士が令嬢組をフォローしていた。


 ライナーが伸ばした手を掴まなければならない時のヒルデガルトは毎回、微笑を引くつかせていた。


 他の騎士を頼ろうとしてもライナーが割り込んでくるので、無駄な体力を使うくらいなら、と途中で諦めていた。





****


 ヒルデガルトたち一行は、なんとか予定に遅れることなく、四日目には古代遺跡とみられる構造物に近づいていた。




 森の向こうに、そびえる塔が見えている――あれが古代遺跡。これから破壊に向かう場所である。


 魔術で付近の様子を伺っているヴォルフガングに、ヒルデガルトが近づいて声をかける。


「どうですかお父様」


「うむ。予想通り、哨戒している兵が居るな。二人一組で回っているようだ」


 その言葉に、フィルとハーディが顔を見合わせた。


 ヴォルフガングに、怪訝な顔をして「兵が居るとは?」と尋ねた。


(そこそこ説明をしないとだめかー)


 ヒルデガルトは少し考えた後、言葉を選んでフィルとハーディに言葉をかけた。


「帝国兵ですわ。古代遺跡を不法占拠してらっしゃるの。調査をするのに邪魔だから、蹴散らして行きましょう」


 その言葉に、二人は驚き、戸惑った――ここまでまったく説明されていないので当然である。


 フィルがヒルデガルトたちを慮りながら口を開く。


「帝国兵だなんて……下手に手を出したら外交問題です。なにより、あなた方に怪我をさせかねない」


 これは心から出た言葉の様だ。


 普段の軽薄な態度はどこかに消え、真剣な表情で言葉を返していた。


 そのフィルの言葉にヒルデガルトは意表を突かれた顔をしていたが、すぐに淑女の微笑で言葉を返す。


「上手に手を出せばよろしいのですわ。怪我をしそうになったら、ちゃんと守ってくださいましね?」


 フィルとハーディは躊躇した。


 ”帝国兵に手を出す”と宣言されたのだ。躊躇うのも仕方がない。


 だがお互いが顔を見合わせ頷いた後、ヒルデガルトに対して「ああ、わかった」と共に頷いて応えた。


 その目は決意を湛えたものだった。そこに邪念など見られない。


(どうやら、拘束しなくてもよさそうですわね)


 二人の決意を確認し終わったヒルデガルトが、ヴォルフガングに声をかける。


「ではお父様、作戦通りに行きましょう」


 フィルとハーディ以外は、事前に打ち合わせが済んでいる。ここからはそのプランに沿って行動することになる。


 ヴォルフガングは頷いた後、森に向かって歩を進める。


 ヒルデガルトの号令が響く。


「ではみなさま、お父様の後をついていきますわよ!」


 ヒルデガルトたち一行は、迷うことなく古代遺跡に向かい、歩き出した。





****


 森の中は歩きにくい。山腹の森なら尚更だ。


 ヒルデガルトが木の根に足を取られかけ、バランスを崩す――とっさにノルベルトが手を差し伸べ、ヒルデガルトの手を取った。


「ヒルダ! ――気を付けてください。慣れないうちは、もっと慎重に」


「ええ、ありがとうベルト。気を付けるわ」


 ヒルデガルトも街育ちだ。こういった場所を歩きなれている訳ではない。


 ノルベルトたちは害獣駆除で山に行く事もあるので、まだ慣れている方だ。


 令嬢組は大人しく男子生徒の手を借りて森を踏破していく。



 ヒルデガルトにはノルベルトが。


 クラウディアにはフランツ王子が。


 ルイーゼにはアストリッドが。


 エミリにはフィルが。


 それぞれペアになり進んでいった。



 ジュリアスは意外なことに、一人で器用に歩いている。登山道中も危なげがなかった。


 フィルぶん殴り事件以来、暴走する彼女を制止するために体力を鍛える必要性を痛感し、地道に鍛えていた。もちろんヒルデガルトには内緒にしてある。


(運動は苦手、と言っていたのに、いつの間に……)


 まさか「ブチ切れたあなたを制止するのに毎回決死の覚悟をしていたら身が持ちませんから」と言える訳がない。



 ディーターもひょいひょいと身軽に歩いている。


 頼りなげにみえてもファルケンシュタイン公爵家の男子である。


 それなりにスパルタ教育で鍛えられてはいるのだ。


 山道くらいなら訳はない。



 ライナーたち魔術騎士は、ヒルデガルトたちからかなり距離を取り、散開して歩いている。


 道中で軍人である彼らが帝国兵に見つかるのが、一番ややこしい事態になる。


 生徒の護衛で納得する訳もない。無駄に警戒されるだけだろう。


 それだけは避けよう、ということだ。





「止まれ!」


 遠くから、ヒルデガルトたちを呼び止める声が響いた。


 帝国兵の哨戒に見つかったのだ。


 近寄ってくる帝国兵にヴォルフガングが前に出て話を聞きに行く。


 ヒルデガルトたちはその場で、事の成り行きを黙って伺う。


 帝国兵の服装は民間人の猟師が着るものに見える。腰に剣を帯びてる以外は無害な外見だ。


 帝国兵がヴォルフガングが接触した途端、詰問が開始される――言動まで軍人である事を隠蔽する気はないようだ。


「貴様たち、何をしに来た」


 軍人らしい、威圧する言動だ。


 だがヴォルフガングは飄々と応える。


「学生を連れて、この古代遺跡の調査に来たんだが……君らこそ、何をしてるんだ?」


 帝国兵が言葉に詰まり、少し考えてからして返事をする。


「……レブナントの者に教える事ではない!」


 かなり苦しい言い訳だ。



 彼らの操る公用語に帝国訛りがあるのはすぐにわかる。出自を偽る事はできない。


 レブナント訛りの公用語を操るヴォルフガングに言える事など、彼らにはない。


 ここは緩衝地帯――どこの領地でもない土地だが、どちらかといえば王国寄りの場所。


 こんなところで軍属の者が活動している、などとは口が裂けても言えない。


 学生の古代遺跡調査を追い払う理由を、今の彼には見つけられなかったのだ。



 こんな場所で帝国軍が活動していると露見すれば、帝国に戦争の意志ありと見做されてもおかしくはない。


 そうなれば古代遺跡の秘密も探られることになる。それを避けたいのだ。


 古代魔法を確実に手に入れるまで、その存在を隠蔽しておきたい。そういう指示が上からあるのだ。



 ヴォルフガングは「ならば私らには関係のないことだな。先に進ませてもらうぞ」と、兵を押しのけて歩を進める。


 帝国兵は慌ててヴォルフガングを取り押さえ「動くな!」と叫んだ。


 もう一人の帝国兵は、少し離れて様子見をしている。


(何かあれば、周囲に報せるつもりね)



 だが、そんな帝国兵たちが急に眠たそうな顔をしながら倒れこんだ。


「……眠り草の術式です。三日は起きませんよ」


 ジュリアスの声だ。彼は詰問が開始されると同時に、皆の背後で密かに術式を発動させていた。



 眠り草と呼ばれる、煎じて飲むと強い眠気を催すという植物を使った魔術だ。


 この植物を魔術の媒介にすると、眠りを誘うことができる。


 臨戦態勢にある者を眠りに落とせるほど強烈な術式ではないが、油断をしている相手なら、これで無力化可能だ。



 フランツ王子が「さぁ、こいつらを隠しておこう」と言うと、ハーディとノルベルトがすぐに兵たちを木陰に連れ込んでいった。



 ヒルデガルトが感心したように呟いた。


「……打ち合わせたみたいに、手際が良かったですわね」



 事前にヒルデガルトが提案したのは「哨戒兵なんて、無理矢理押し通っちゃおうぜ★」というプランだ。


 ヴォルフガングは「相手の居ることだ、その場で臨機応変に対応した方が良い」、と判断し、余計な取り決めは一切していない。


 つまり全員が、その場のアドリブで動いている。それだけの力がこの一行にはあると、ヴォルフガングは認めたのだ。


 ヴォルフガングは楽しそうに「期待通りの結果で嬉しいよ」と笑っていた。





****


 その後、二回ほど同じように対処をして、ヒルデガルトたち一行は古代遺跡の目前に辿り着いていた。


 皆で茂みに身を潜め、入り口の様子を探る。


 門番は二人。簡易の詰め所が傍にあり、中には三人ほど居るようだった。



 哨戒を黙らせた事はまだばれていない。だが時間の問題だ。


 規定の時間になっても戻らない哨戒兵が居る事に気づかれれば、場は即座に警戒態勢に移るだろう。


 そうなる前に中に入らなければならない。




 ヒルデガルトがヴォルフガングの顔を見る。


「お父様、これからどうするんですの?」


 ヴォルフガングは一度だけ頷いた。


「ここからは荒事だ。力技で押し通る。時間との勝負になるからね。相手を殺してしまっても構わないよ」


 その一言で、一行の空気に緊張感が走った。



 つまり「ここからは敵も味方も命懸け」という宣言だ。貴族子女の学生にする話にしては、かなり物騒だ。


 だが一度押し入れば、時間と共に帝国兵が押し寄せてくるのは間違いがない。脱出可能なうちに、迅速に目的を果たして離脱しなければならない。


 帝国兵は侵入者の命を気遣ってはくれない。


 そんな相手の命を気遣っている余裕は、こちらにはない。そういう判断だ。



 ヴォルフガングが皆の顔を見回す。


「人を殺す覚悟、殺される覚悟がない者はここに残りなさい。相手はこちらを殺す気で襲ってくる。手加減はないと思いなさい。ここに残るなら、隠遁の結界を張っておくから、声を上げなければ見つかることはないよ。どうするね?」


 返事はない。みんなはただ、深く頷いた。「そんな覚悟は、とうに終わっている」と言わんばかりだ。


 フィルとハーディは、ヒルデガルトが頷くのを確認してから頷いていた。


 彼女がここに残るなら、一緒に残るつもりだったのだ。



「……よろしい。覚悟はわかった。ではジュリアス、また頼むよ」


「はい、そうくるだろうと思っていました」


 ジュリアスはヴォルフガングの言葉を受けて、本日四度目の眠り草の術式を発動させ、見張りと詰所の兵士を眠らせた。


「こんな手が通じるのは此処までです。此処から先は本当に荒事になりますよ」


 ジュリアスも、気合を入れなおした顔で、忠告を口にした。




 入り口の見張り達が眠ったのと同時に魔術騎士たちが合流を開始していた。


 背中の荷物を置き、準備を終えた生徒たちに、ヴォルフガングが「準備はいいね?」と声をかけ、皆が頷く。


 魔術騎士たちを含めた皆が遺跡の入り口に顔を向ける。


 ヴォルフガングの「走るよ!」という言葉と共に、一団が遺跡内部に駆けこんでいく。


 魔術騎士、フランツ王子、ノルベルト、フィル、ハーディ、アストリッドたち前衛組の手には長剣が握られている。


 残りの後衛組は短杖を手にしていた。




 何度か此処を訪れたことのあるヴォルフガングを先導に、一団は奥に向かって駆けていく。


 途中で遭遇した帝国兵は、後衛組が牽制術式をしかけ、怯んだ隙に前衛組が瞬く間に切り捨てていった。



 前衛組の紅一点、アストリッドも巧みに長剣を操っていた。


 ヒルデガルトが驚いて声をかける。


「リッドがそんなに戦えるなんて、初めて知りましたわ!」


「これでもそれなりに剣術を修めてるからね!」


(あんなに綺麗な手で、どうやって剣術を鍛えたのかな?)



 肉体強化術の応用で皮膚を硬化させる術式が、剣術を嗜む令嬢たちに伝わっている。だがこれは、ヒルデガルトの預かり知らぬところである。



 ここまでは足止めを食らうことなく、順調に駆け抜けていくヒルデガルトたち一行。


 先頭のヴォルフガングが叫ぶ。


「ここを曲がれば遺跡最奥だ!」


 そこに古代魔法に関する記述が残されているのを、ヴォルフガングは知っていた。目的地はそこである。


 ヴォルフガングの後を追って角を曲がった一行の前には、わずかに伸びる通路とその先に続く部屋の入り口。


 入り口を塞ぐように帝国兵が五人ほど、固まって待ち構えていた。


 その姿に、ヒルデガルトたちの足が止まった。


 部屋の中はさらに多くの兵が待ち構えているのが解る。


 実戦慣れしていないヒルデガルトですら、肌で殺気を感じていた。


 待ち構えられていたのだ。不意打ちはもう望めない。



 相手は完全武装の正規兵。


 その上、簡単に押し通れる数ではない。


 だが、もたもたしている時間もない。



 しばらくの睨み合い――突如、ライナーが楽しそうに掛け声を上げた。


「パーティタイムだ!」


 その手から稲妻が盛大に迸り、入り口の帝国兵に襲い掛かる。帝国兵たちは感電し、一時的に動きを封じられた。


 その隙を突いた魔術騎士が切り込み、動きを止めた帝国兵を次々と切り捨てていく。


 魔術騎士たちが切り開いた道を、ヒルデガルトたちは駆け抜けて部屋へ突入する。


 魔術騎士たちも、帝国兵を切り捨て終わると、その後に続いて前衛に加わっていった。



 部屋の中は帝国兵だらけだった。


 その中を半ば乱戦になりつつ進んでいく。



 襲ってくる帝国兵たちの半分は魔術を使えないようで、体力強化術を使いこなす魔術騎士の相手ではない。


 フランツ王子やノルベルト、フィル、ハーディも、帝国兵相手に互角以上の戦いをしていた。


 アストリッドは素早さと技巧で戦うタイプらしく、なんとか打ち勝ってる様子だ。


 ヒルデガルトたち後衛組は火炎や風で帝国兵を牽制し、そんな前衛組を支える。


 さすがに、瞬間的に相手を無力化するほどの術式を連発するのは、特等級の魔力があっても無理がある。


 弱い魔術で相手の注意を逸らし、前衛組が切り込む隙を作ったり、帝国兵がまとめて押し寄せてこないようにサポートに徹していた。





 体力で劣るアストリッドは、魔術を使える帝国兵相手に劣勢に追い込まれていた。


「リッド!」


 ヒルデガルトの叫びに応えるように、フィルがアストリッドのフォローに走った。


 だが二人がかりでも、帝国兵と拮抗するのがやっと、という様子だ。


 もう残っている帝国兵は手練れしかいないのかもしれない。



「フン!」



 気合一閃。そんな硬直状態を、横合いから切りつけたハーディが打破した。帝国兵の姿勢が大きく崩れ、フィルとアストリッドが相手を無力化した。ハーディは即座に次の標的目掛けて切りかかっていった。


 ノルベルト以上に暴れまわり、剣術だけなら魔術騎士にも見劣りしていない。


(なるほど、見かけ通りパワフルな人なのね)


 魔術騎士も負けじと魔術を駆使して帝国兵を下していく。



 広い空間に居た帝国兵は瞬く間に数を減らしていったが、まだ十人以上が残っている。


 残った帝国兵全員が、魔術騎士の精鋭に匹敵する手練れだった。あちらも精鋭なのだろう。


 数は五分でも実質戦力ではこちらが下。今は勢いで押しているが、じきに押し返されるだろう。


(なんとか数の有利に持ち込まないと、こっちが不利だ)



 アストリッドは先ほどの戦いで脚に傷を負い、うずくまって動けないでいる。そんなアストリッドを、フィルが引き続きカバーしていた。


 クラウディア、エミリ、ルイーゼ、ディーターも、懸命に牽制を続けている。


 ヒルデガルトとジュリアス、ヴォルフガングは危ない局面でのみ牽制を仕掛け、魔力を節約していた。



 半ばの乱戦、間もなく流れが変わって押し返される。そう予感した時――


 その広場の床全体を、突如氷が覆った。


 帝国兵たちは足を取られ、一瞬動きが止まる。


 その瞬間、帝国兵二名の首が飛んだ。隙を見逃さなかったライナーとノルベルトの剣が、帝国兵の首を斬り飛ばしていた。


 この氷はジュリアスの術式だった。敵味方を識別して足止めをしていた。


 最奥への道が開かれ、ヴォルフガングと魔術騎士二名が最奥の壁に駆け寄っていく。


 そのままヴォルフガングは遺跡の解析を始めていた。


 それを守るように魔術騎士が二名付いている。この二名は近場の帝国兵をけん制するが、自ら切り込んだりはしない。


 魔術騎士は貴重な戦力だが、遺跡の解析が最優先だった。解析を担当するヴォルフガングは、死守しなければならない。


 これも事前に取り決めていた事だった。



 強襲が成功したとしても、残った帝国兵が必ず近くの応援を呼ぶ。


 増援を含めて一人残らず殲滅するだけの戦力は、こちらにはない。


 与えられたわずかな時間で、解析と破壊を実行しなければならなかった。



(できれば、最後の手段以外の破壊方法が見つかりますように……!)


 願いを込めつつ、ヒルデガルトも最後の牽制を仕掛ける――これで彼女も、牽制に使える魔力は打ち止めだ。


 ジュリアスは先ほどの氷の術式で打ち止めになっている。


 ヒルデガルトとジュリアスが、遅れてヴォルフガングの傍に辿り着いた。



 全力で走りながら術式を連発していた後衛組は、すでに魔力が尽き欠けていた。


 今は必死で前衛組の陰に隠れ、身をかわし続けている。


 もう彼女らにできることは、ああして命懸けで敵の注意を引き付ける役くらいだろう。



 特等級の三人は、遺跡破壊のための余力を残さねばならない。ヴォルフガングの傍で、皆の様子を伺いつつ、ヒルデガルトたちは解析を見守る。


 フランツ王子やノルベルト、フィルも、体力をだいぶ消耗している。勢いで押すだけの力は残っていない。


 ライナーと魔術騎士たち、ハーディも、他をフォローする余裕はないだろう。



 なんとかライナーが隙を突いて帝国兵一名を下し、残る帝国兵は八名となった。だがそこから戦力が拮抗したまま、均衡を崩せないでいた。


 既に完全な乱戦となり、切り結んでいる。前衛組はお互いをフォローしあい、乱戦に対応していく。


 後衛組の支援はもう期待できない。乱戦の中、なんとか足を引っ張らないように、傷を応急手当したアストリッドと共に動き回るのが精一杯だ。


 ヒルデガルトはジュリアスと共に、じりじりとした焦燥感に苛まれていた。


 ヒルデガルトの視線が、乱戦に居る生徒たちとヴォルフガングの間で交互に飛び交う。


(どうする……強めの術式で牽制して膠着状態を崩すか……でも遺跡破壊で魔力が不足したら元も子もない)


 逡巡して視線を動かしたヒルデガルトの目に、ヴォルフガングに斬りかかる帝国兵の姿が映しこまれていた。


 戦況が僅かに動いた際、ヴォルフガングを守る魔術騎士の隙を突いて飛び出してきていた。


 ”遺跡を解析している奴を潰す”という明確な殺意を、ヒルデガルトは感じていた。


 その振り下ろす刃はヴォルフガングの背後に迫っていたが、彼は解析に集中していて、気が付いていなかった。


 ヒルデガルトに刹那の逡巡があった。


「お父様!」


 すぐにヒルデガルトの身体が弾けるように動き、ヴォルフガングを庇っていた。


 「叔母上!」という悲痛なディーターの叫びが部屋に響いた。


 その声に反応してヒルデガルトを見る者たちが居た――その目の前で。




 帝国兵の斬撃が、ヒルデガルトの身体を切り裂いていた。


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