第3話:学院見学(3)
「ねぇヒルダ、あなたは何故、寄宿を選択しなかったの?」
サンドイッチを食べ終わり、幾分機嫌を直しつつあるクラウディアが、どこか責めるような口調で問いかけた。
ヒルデガルトは紅茶を口にしつつ、苦笑を浮かべて応える。
「わたくしも、通学時間がもったいないので寄宿しようかと思っていたのですけれど、お父様がどうしても頷かれなくて……」
片道一時間、往復二時間。塵も積もれば山となる。
勉強の時間がそれだけ減る、ということだ。
できればヒルデガルトも、寄宿を選択したかったのが本音だった。
「ヒルダが寄宿してきたら、相部屋は間違いなくクラウになってたでしょうね」
ルイーゼがどこか楽しそうに言い出した。
寄宿舎は基本、二人一部屋が割り当てられる。
誰をどこに割り当てるかは、原則として学院に一任されている。
つまり、生徒間で融通することは通常、許されていない。
(間違いなくとは? どういうことかしら)
「部屋割りは、自由に決められるものなんですの? そういったものは、学院が決めることではないのですか?」
「多少の融通は利くのだけれど、基本はそうね。でも今のクラウなら、公爵家の権力を全力で振りかざしてでも相部屋を勝ち取ってたと思うわよ?」
(まっさかー……)
ヒルデガルトは横目でクラウディアを見た。
クラウディアは「当たり前じゃない?」とでも言いたげな表情で腕を組んでいた。
(あ、これは確実にそうなってたな)
ヒルデガルトは確信を持った。
クラウディアは有言実行を信条としている。やるといったらやる。
(でも、クラウと相部屋かー……)
ヒルデガルトの脳裏に、クラウディアと共に寝起きする生活が展開された。
朝起きても、夜寝る前も、この妖精のようなザ・お姫様が一緒なのだ。
それはそれは素敵な生活に思えた。
「クラウと相部屋生活だなんて、素敵ね」
「それが、そうでもないのよね……」
現在クラウディアと相部屋になっているルイーゼが苦笑を浮かべていた。
「この子ったら朝に滅法弱いものだから、起こすのに凄い時間がかかるのよ? 起きて直ぐは物凄い不機嫌だし」
どうやらルイーゼが毎朝世話を焼いて起床を手伝っているらしい。
エミリが横から補足した。
「時々、ルイズだけじゃ手に負えなくて、私たち三人がかりになることもあるよねー」
(想像つかないな……)
当のクラウディアは、澄ました顔で紅茶を飲み干していた。
****
全員が食事を食べ終わり、ティーカップも空になった。
ヒルデガルトが時計を確認する――時刻は一時。充分だろうと判断した。
「――じゃあディーター、あなたはここまでよ?」
「ええ?! そんな! もう少し一緒に居られませんか?!」
ディーターが不満げな顔で食い下がった。
さすがに女子の会話に割り込み続けるのは難しいらしく、それほど多く話はできていなかった。
「クラウに無理を言って昼食の席に同伴したのだから、ここは大人しく引き下がりなさい? それに、お話をしたいだけなら伯爵邸に遊びにくればいいじゃないの」
(お父様の孫なのだから、来られない理由はないと思うのだけれど)
「……お爺様が”休日は魔術講義を行うから、来てはいけない”と仰るんです。よほどの理由がなければお許しにはならないでしょう」
しょんぼりと俯いてディーターが応えた。
レブナント王国の休日は二日ある。
どちらの休日も、午前中はヴォルフガングからヒルデガルトがマンツーマンで『蜃気楼』や他の魔術を教わっていた。
一日目の休日の午後はフランツ王子やノルベルト、ジュリアスがやってくる魔術講義がある。
二日目の休日の午後はクラウディアたちがやってきて、お茶会が開かれている。今後夜会に繰り出すのも、この時間になるだろう。
平日は学院があるので、伯爵邸に来るのは難しい。
つまり、現状ディーターが割り込める隙間はない。
「それならばしょうがないわ。いつかまたお話をする機会を楽しみにして頂戴な。ともかく今日はここまで、よ?」
ディーターは渋々「……わかりました」と引き下がっていった。
****
「あーもう! あの軟弱貴公子、あいかわらずね!」
(軟弱貴公子……そんなあだ名がついちゃう子なのね)
クラウディアがぷりぷりしながら吐き捨てた。よっぽど嫌いなのだろう。
ヒルデガルトとディーターが会話をしてる間、「はやく帰れ」とオーラで圧迫していた。
不思議に思ったヒルデガルトがクラウディアに尋ねた。
「クラウがそこまで言うだなんて。なにかあったの?」
「私は、恵まれた環境に身を置きながら努力を忘れるような無能が嫌いです」
一刀両断である。その目は氷のように冷たく冷え切っていた。
(……そういえば「努力できる人が好き」と、前から公言していたわね)
大魔術師と名高いヴォルフガングの居る公爵家に生まれ、勉強の機会は十二分に与えられていたはずだ。
魔力も一等級ならば、きちんと努力すれば頭角を現していても不思議ではない、というより必然だろう。
そんな環境でまったく結果を残せていないディーターに対する評価は、どん底のようだった。
「それだけじゃないだろー? ヒルダとの時間を邪魔されたから拗ねてるんだよ、クラウは」
アストリッドの揶揄うような言葉に、クラウディアは頬を染めてぷいっとそっぽを向いてしまった。
(あら、かわいい)
ヒルデガルトは苦笑しながら「それじゃあ、次はどこを案内してくれるのかしら?」と提案した。
「そうだなー、植物園とか行ってみるかい?」
アストリッドの提案した先は、想定外のものだった。
「植物園? 学院にそんなものがありますの?」
「ああ。魔術で使う植物を栽培したり、授業で植物を操る実習をする場所があるんだよ」
(なるほど、確かに魔術の触媒に植物を使うのはポピュラーよね)
「では、そこを拝見にいきましょうか」
****
植物園の中は季節感がどこかへいってしまったように、四季折々の植物が咲き乱れていた。
ヒルデガルトが感動したように周囲を眺めている。彼女の精霊眼には、植物園に付与されている術式も見えているのだ。
「これは……魔術で気温や湿度を制御してあるのね。土壌にも術式が施されてる……本格的ですわね」
区画分けされており、管理も行き届いているようだ。おそらく、術式自体が植物の手入れを行う形式なのだろう。
さすがに希少な植物までは網羅していないようで、ごく一般的なものばかりが配置されている。
「ここは半年に一回、教師が術式の調整をしにくる以外、あんまり人が来ないんだ。植物が覆い茂ってるから、外から見られることもない――つまり、どういう場所になると思う?」
アストリッドがニタリとした笑みを浮かべてヒルデガルトに尋ねた。
「どういう場所になるんですの?」
想像がつかないヒルデガルトは、小首を傾げて尋ね返した。それにアストリッドがニタリとしたまま応える。
「密会の場に使われやすいんだ。例えば、男女の逢引きだね」
「え゛、貴族子女でそれは、問題が多いのではなくて?」
ヒルデガルトの顔が引きつった。それに対してアストリッドは楽しそうに笑い返す。
「ははは! 手さえ出さなければ、そう大きな問題にはならないさ」
(……まぁ、ささやかな愛の語らいの場、くらいであれば可愛いものでしょうか)
寄宿舎には男子生徒もいる。建物は男女別になっているが、夜に密会しようと思えば、できなくはないだろう。
「そういう場所なので、男子からここに誘われたら警戒した方がよろしいですわよ? ここに男女で来ているだけで、あらぬ噂がたつもの。一人きりで中に入るのも、やめておいた方が賢明ね」
ルイーゼが心配そうにヒルデガルトに忠告をした。
貴族令嬢にとって、そういった噂はそれだけでかなりの痛手だ。致命傷にすらつながりかねない。
避けておくに越したことはない。
ヒルデガルトは素直にルイーゼにお礼を述べた。
「心しておきますわ。ありがとう」
貴族子女の通う場であれば、そこはもう社交場の延長みたいなもの。それを忘れないように、ヒルデガルトは心に刻みつけた。
ぐるっと植物園も五人で見て回り、入り口に戻ってきた。
ヒルデガルトがまた号令をかける。
「さて、それでは次の場所に行きましょうか!」
****
また五人で、あてもなくあちこちをじゃれあいながら回っていく――そうして、時計の針が三時を差した。
ヒルデガルトが時計を見て告げる。
「お時間ですわね」
ヒルデガルトも名残惜しいが、既に待機しているであろうウルリケを待たせるわけにもいかない。
踵を返して正面玄関に向かおうとしたヒルデガルトの服を、クラウディアが後ろから引っ張った。
「……クラウ? どうしたの?」
俯き気味のクラウディアが、しょんぼりとした顔でヒルデガルトの制服を摘まんでいた。
「……もう少し、一緒に居たいわ」
(うーんかわいい)
このお姫様にこんなことをされて、ヒルデガルトの後ろ髪も引かれている。
だが頭を振って煩悩を振り切り、ヒルデガルトはクラウディアを優しく、諭すように言い含める。
「あらあら。わたくしが編入するまで、ほんの数日の我慢よ? そうしたらわたくしたち、毎日一緒にいられるじゃない? 焦る事なんてないのよ?」
それでも指を放さないクラウディアの肩を、アストリッドとルイーゼが両脇から抱きかかえた。
「そうよ? 今日が楽しすぎて寂しくなってしまったのはわかるけど、ヒルダを困らせてはいけないわ」
ルイーゼからも諭されて、ようやくクラウディアの指がヒルデガルトの制服を手放した。
****
正面玄関には既に、ウルリケが馬車を待機させて控えていた。
学院が始まれば、これから毎日、こんな日々になるのだろう。
「それじゃあ、またね! みんな!」
そう言ってヒルデガルトは馬車に乗り込む。
クラウディアの眉尻は下がったまま。まるで迷子の子犬だ。
その様子に、ヒルデガルトは笑いながらため息を吐く。
「ルイズ、エマ、リッド! クラウをお願いね!」
「ええ、任せておいて」
「待ってるよ!」
「またねー!」
四人に見送られ、馬車は学院を後にした。
****
窓の外は、赤くなり始めた太陽が空を染めていた。
ヒルデガルトは今日一日を思い出しながら、笑みを零す。
「クラウったら、いつのまにあんな寂しがり屋さんになったのかしら……」
襲撃事件までは、ここまで懐かれるような感じではなかった。
あの時の何かが、彼女の中の何かを変えたのだろう。
ウルリケがクスリと笑った。
「邸でも、”寂しがり屋さん”がお嬢様のお帰りを待ちわびておりますよ」
(……え?)
驚いたヒルデガルトがウルリケに振り向いた。
「午前中は耐えておられましたが、午後になってからは書斎と玄関を何度も往復してらっしゃいました」
(お父様?!)
「最終的には、『蜃気楼』で作ったお嬢様を書斎に座らせることで、落ち着いて頂きました」
またしてもヒルデガルトに無断で『蜃気楼』を作られていた。
以前、そのようなことは極力控えて欲しいと、ヒルデガルトはヴォルフガングに願い出たのだが、今回はウルリケも納得しての使用の様だった。
つまり、今回は使わざるを得なかったのだろうと、ヒルデガルトは己を納得させ、諦めた。
だが下手すると、ヒルデガルトがグランツに通ってる時間は、彼女の『蜃気楼』が常に書斎に座っていることになるのかもしれない。
ヒルデガルトが深いため息を吐いた。
「……複雑な気分ですが、それで落ち着いて頂けるなら仕方ありませんわね」
(しょうのないお父様ですこと)
だがその態度や心に思い浮かべた言葉とは裏腹に、ヒルデガルトの顔は優しく微笑んでいた。
ヴォルフガングの行動は、ヒルデガルトの愛への渇望を確かに癒してくれる。そんなものだった。
自分をそんなにも思ってくれる人がいる。その事実が、ただ嬉しかったのだ。




