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第二次日露戦争  作者: 畠山健一
19/25

樺太攻略作戦4

 渦巻く陰謀のはじまり


 戻ってきた陸上幕僚長は、青ざめた顔で航空幕僚長へ訴えた。

「防衛大臣も統括幕僚長も全く把握していません。逮捕命令など出ていないんです」

「落ち着いてください。逮捕に来た警務隊長は、あなたの部下でしょう?」

「それが・・・」

 その時、警務隊員が慌てたように入ってきて報告した。

「隊長の車が襲撃されました!」

「襲撃?一体何の襲撃だ!?」

 航空幕僚長は怒ったように問い返した。

「分かりませんが、空からの攻撃の可能性があります。車両は原形をとどめない程破壊され、周辺道路まで炎上しています」

「何ということだ・・・」

 航空幕僚長は呆然と座り込んでいる陸上幕僚長の前に立った。

「警務隊長は誰から命令を受けたのですか?」

「私にも分からないのです。口止めされていたようで、帰ってから報告を受けることになっていました」

「誰も逮捕命令を出していないとおっしゃいましたね?警務隊長は逮捕容疑まで述べていた・・・命令を受けていたことは確かです。誰かが嘘をついていることになります」

「まさか・・・防衛大臣か統合幕僚長が関わっているとでも?」

「防衛副大臣には尋ねましたか?」

「いいえ、そこまでは・・・」

「これは大掛かりな暗殺計画です。呉の軍師殿が言われていた、ロシアとの内通者が関与しているかもしれない・・・」


 上層部で起きていた大事件をよそに、サハリン攻略作戦は粛々と進められている。

 ユジノサハリンスクでは、陸自が統治機構を掌握しつつある。ロシア軍の主力機甲部隊の不在のうちに、治安部隊の中枢を抑える作戦だった。

 組織的な反撃を封じる為に、敵の指揮系統を麻痺させなくてはならなかった。通信網遮断の為の施設を制圧し、無線通信妨害を徹底する。まさに「クーデター」の教本通りの手順を踏んでいる。

 何よりも、市民に軍事侵攻を受けていることを意識させてはならなかった。デモや暴動が爆発的に起きればその鎮圧は容易ではなく、作戦の進行を大きく妨げる。

 レーニン広場の戦闘以降、目立った市街戦は起きていないが、第六十八軍司令部は包囲したまま膠着状態が続いていた。脅威でなければ、戦闘は避けたほうがよいとの判断だった。

 主だった戦闘が終了したため、戦車部隊は都市制圧を装甲車両に引き継ぎ、ブイコフで立往生している第六十八軍の包囲に乗り出すことにした。

 補給を終えた第71戦車連隊をはじめ、戦車部隊は続々とドリンスク方面へ向かった。


 コルサコフ港の護衛艦「しらぬい」は、揚陸作業の監視を始めて三日目になる。

「見てください、最新の10式戦車です。遅すぎる登場ですな?」

 艤装員長は双眼鏡を眺めながら言った。

「主力とはいえ、年間六両しか作っていないんだ。あれは北方へ向かう部隊だ」

 艦長は接近してくるヘリコプターに気付いた。

「こっちへくるぞ。お客が来ることを聞いているか?」

「いえ、なにも聞いていませんが」

 艤装員長が答えたとき、通信員が報告に来た。

「警務隊が乗船を求めています。緊急の調査任務と言っています」

 海自ヘリSH-60Kは「しらぬい」の後部ヘリポートへ着陸姿勢をとっている。

「まさか俺を逮捕に来たんじゃないだろうな」

 艦長の言葉を、艤装員長は冗談と受け止めていた。

「心当たりでもあるんですか?」

「お偉方とはたびたび衝突したからな。追い返して来るから後を頼む」

 艦長は足早に艦橋から降りて行った。

 海自ヘリは「しらぬい」艦尾のヘリポート上でホバリングしている。艦長が姿を現すとゆっくり降下し、着艦した。

 艦長が怪訝な顔で見守る中、中から現れたのは担架に運ばれた陸自隊員だった。続けて現れたのが海自の将官らしき人物だった。

 艦長はその人物の顔を見るなり、慌てたように敬礼した。

「あなただったとは・・・一体何事ですか?」

「陸自隊員の手当てを頼む。それから横に立っているのは陸自の警務隊長だ」

 敬礼した警務隊長も顔が煤で汚れている。

「呉の軍師」こと呉海自幕僚長は艦長に厳命した。

「我々がここに来たことは誰にも言ってはならない。私は死んだことになっている。しばらくはここで仕事をさせてもらう」

 艦長には事情はのみこめなかったが、重大なことが起きていると感じ取った。

「承知しました。ひとまずこちらへどうぞ」

 艦長室は艦長が座るデスクの他、五・六人が座れるソファーが置かれている。呉海自幕僚長、「しらぬい」艦長、そして陸自の警務隊長の三人が向かいあって座った。

「さて・・・何から話そうか」

 呉海自幕僚長は用意されたコーヒーを口にして言った。

「ひどい目に遭われたようですな?戦場で最前線の視察ですか?」

「いや、札幌で襲撃された。この警務隊長に逮捕され、車で移動中のところを攻撃ヘリのロケット弾を食らった。車は横転し、運転手の警務隊員は重傷を負った。警務隊長はかすり傷で私は全くの無傷だ。悪運のなせる業だな」

「ともかく無事で何よりです。救出したのはあなたの部下ですか?」

 艦長の質問に幕僚長は軽く頷いた。

「いつも見張られているようでうっとうしかったが、今日ほど有難かったことはない」

 幕僚長は笑っていたが、警務隊長はまだショックを引きずっているように呆然としている。艦長は真剣な顔で尋ねた。

「それで、一体誰に狙われたんです?」

「そこが大きな問題だ・・・今度は私が逆に尋問する番だな」

 幕僚長は警務隊長の顔を覗き込んだ。警務隊長は我に返ったようにはっとした。

「君は誰から私を逮捕する命令を受けた?」

「統合幕僚長です。内密にとのことで、陸上幕僚長にも話していません」

 警務隊長は初めて口を開いた。艦長は驚いたように目を丸くした。

「まさか・・・陸海空のトップが首謀者ですか?」

「そうとは限らない・・・逮捕と攻撃を命じたのが同一人物とも限らない・・・」

「逮捕とは何の容疑ですか?」

「択捉島沖の武力衝突事件だ。この船が起こしたことだ。君が一番よく知っているだろう?」

 艦長は口をつぐんで警務隊長を横目で見た。

「彼にも話している。構うことはない」

「しかしあの件は・・・」

「そう、この極秘軍事作戦には統合幕僚長も絡んでいる。最近目立ち過ぎた私を口封じのために消そうとしたのか・・・」

「択捉島沖事件なら、艦長である私も狙われるのでは?」

「君は私に命じられたと答えるしかあるまい。それが事実なのだから。そして過激な国粋主義者に仕立て上げられた私の死をもって完結するわけだ・・・しかしどうも解せないんだ」

「今のところこの戦争は優位に進み、国民の支持を得ています。今更あの事件のもみ消しに躍起になる必要があるでしょうか?」

「戦争が不利に傾けば話は別だ。それにもう一つ、私はCIAの友人からロシアのスパイが我々の上層部にいるとの情報を得ていた。そいつは戦争が不利になるよう画策するだろう。それだけは阻止しなくてはならない」

 艦長は首を振った。

「あなたは命を狙われている身です。黒幕が上層部の人間である以上、安全のためにしばらく行動を控えるべきです」

「・・・ひとつ聞いてよろしいでしょうか?」

 黙っていた警務隊長が思いついたように尋ねた。

「攻撃したのは陸自の攻撃ヘリでした。これは国内で白昼堂々と行われた暗殺未遂事件です。警察も動いているでしょうが、現場に遺体はないし、三名とも消えてしまっている訳です。一体誰がこの事件を追及するのでしょう?」

 艦長はおもむろにテレビのリモコンのスイッチを入れた。

「丁度ニュースの時間です」

 テレビ画面にいきなり現れたのは、三名の死亡した氏名のリストだった。呉地方隊幕僚長に警務隊長と、役職の説明付きである。

 自分の名を見た警務隊長は、あきれたように口を開けたままだ。幕僚長は平然とコーヒーを飲みながらテレビ画面を眺めている。

『ニュース速報です。ロシアの巡航ミサイルと思われる攻撃により、札幌市の高速道路が破壊されました。陸上自衛隊の車両が爆発に巻き込まれ、乗っていた三名が死亡しました。尚、この件は戦時における殉職扱いとなり、他の海外での自衛隊員の犠牲者と同様、自衛隊の調査機関に委ねられることになります・・・』

 画面には横転した陸自車両と、調査する自衛隊員が映り、ニュースは短くまとめられていた。今のトップニュースはサハリンへの軍事作戦に関する記事がほとんどだった。

「そういうことだ」

 呉海自幕僚長は補足するように説明した。

「二つの事実が捻じ曲げられてる。ひとつは自衛隊のヘリの攻撃ではなく、ロシアの巡航ミサイルの攻撃であること、そして行方不明となっている我々が死んだとされていることだ」

 聞いている二人の顔色はよくない。得体のしれない、巨大な力の前に、無力感が漂っている。

 二人と違い、「呉の軍師」は志をあきらめるつもりはなかった。

「このまま引き下がるわけにはいかない。このニュースを疑っている者が少なくとも二人はいる。陸上幕僚長と航空幕僚長だ。まずはこの二人と秘密裏に連絡を取るのが先決だ・・・」


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