9話 逃げるは恥だよ
サーティーンアベニューのカラオケ店はこの日も暇で、ヒデさんと一緒になったが、いつになく険しい表情をしてなにかあったようだ。途中から店の設備を使って遊びだし機嫌を取り戻したあげく、ワイにまさかのアドバイスまで。 一体何が⁉
火曜日、ワイはサーティーンアベニューのカラオケ店にシフトで入ると、いつもとは違う殺気立ったヒデさんがいた。
「おはようございます」
「あっ、シンジくん、聞いてくれよ」
「どうしたんですか」
「ボクシングジムにすげー嫌なヤツがいてさ。本当に頭にきたから、ショーウィンドウにスプレーで落書きしてきたんだ」
「ええっ? そうなんですか」
「またスパーリング横入りされて、できなかった。これで三度目だ。仏の顔も三度までっていうけど、もう我慢できん。ふざけた野郎だぜ。もう退会だよ」
「あんなに楽しそうにされてたのに残念ですね」
「仕方がない。他を探すさ」
ワイはオープンしてまだ客はきておらず、空いている部屋でホームワークをやることにした。他のスタッフもたまにやっているらしい。
すると突然曲が流れ出した。
「あれっ、なんだこりゃ?」
漢字で”超快感”とタイトルが書かれた曲で海辺で白いTシャツと、ミニスカートの女がさわやかに踊って歌っている映像が流れた。
うーん。集中できない。ヒデさんの仕業かな
曲が終わるとヒデさんが部屋に入ってきた。
「シンジ君。どうだい? 気に入ったかい?」
「いえ。なんですかこれは?」
「どんなエロいのが流れるかと思ったが、タイトルほどでもないな。チャイニーズとジャパニーズでは漢字の意味のニュアンスが違うんだろう」
「なるほど! って、邪魔しないでください!」
「はは、わりぃ、わりぃ」
それから15分ほどでホームワークが終わった。今日は客が全然こない。
「シンジ君、今日は暇だからまだ遊んでも大丈夫だ。俺は歌ってくる」
「えっ? はい。そうですか」ヒデさんは何やら熱唱しだした。
こうなったら、さっきのお返しをしてやろう。
ワイはヒデさんが歌い終わると部屋にVCDを流した。ジャパニーズの男性歌手の曲で「エロス」という名だった。
しばらくするとヒデさんが部屋から出てきた。
「シンジ君。真面目そうな顔してなかなかやるな」
「ええ。まぁ」
「チエミさんより優秀だよ」
「そんなことないです」
そこへようやくチャイニーズの客が来て仕事が始まった。
しばらくすると客足が落ち着いてきた。
「シンジ君、これ読んだことある」
「ああ、フリーペーパーですね。知ってますよ」
「そう、でもなぜかフーゾクの紹介があるよ」
「ええっ⁉」
「行ったことある?」
「ないです」
「そう。ここなんかおすすめだよ。パークヒルズにある…」
「こんな広告載せるとはフリーペーパーとは思えないですね」
「そうかな。このお店はね、イーストアジアンの美女が多いんだよ」
「ヒデさん、行ったことあるんですか?」
「もちろん。サービスは最高だったよ。フルサービスがおすすめだ。お店は大通りに面していて、正面はクリーニング屋なんだけど、建物の裏に回って、階段を登っていくと店があるんだ」
「すごい!!」
「ただ1週間のバイト代が一瞬で吹き飛ぶがら気をつけてね」
「いやいや、ワイはいかないですよ」
「男なら一度は行ったほうがいい!」
「……….」
結局他愛のない会話をしてこの日も1日が終わった。
ワイはもやもやしながらもいつものような後味の1日となる。