デパート・アナウンス
まだ携帯電話が普及していなかった、そんな時代のお話。
大きなデパートで家族や友人と、はぐれてしまった! そういう時は、館内放送で呼び出してもらうのが、珍しいことではなかった。
「北区からお越しの、山本さま。お連れさまがお待ちです。一階の案内所までどうぞ」
と、こんな感じ。これがデパート全体に流れることになる。
中には、「自分の本名ではなく、有名人の名前を使う」なんて人もいたりした。
たとえば、次のような感じ。
「『ネバーランドからお越しのフック』さま。『時計を呑み込んだワニ』さまがお待ちです。一階の案内所までどうぞ」
はぐれた時にはこうしようと、事前に相手と打ち合わせをしておけば、自分の本名を使わなくても問題ない。
こういった方法が、どんどんと口コミで広まっていく。
自分だったら、この有名人の名前を使おう。そう考えて、マネする人たちが続出した。
その結果、有名人の呼び出しアナウンスが、このデパートの「名物」になっている。名前をたくさん放送されるのは、それだけ人気があるということ。
そして、デパートの正面入り口横には毎月、ランキングが掲示されている。
今月は「プロ野球選手」だ。このデパートで過去一年間、最もアナウンスされた「プロ野球選手」は、誰なのか。
そのランキングを今、一人の男が眺めている。
男はプロ野球選手だ。
このデパートに来るのは二回目。しかし、自分の名前が一位に載っている。
(すでに俺、二〇回もアナウンスされているのか)
男は苦笑する。
(さすがに、はぐれすぎでしょ。このデパートは、巨大迷路かよ)
心の中でツッコミを入れる。
とはいえ、それだけ自分の人気があるということだから、腹は立たなかった。
その時ちょうど、館内放送が聞こえてくる。
男は耳を疑った。アナウンスが告げているのは、自分の名前だ。今日はここに一人で来たのに、お連れさまがお待ちらしい。
これは多分、ファンの仕業だろう。
(せっかくだし、ちょいとファンサービスしてくるのも、悪くないか)
男は一階の案内所へと歩き出す。
いきなり本人が現れたら、偽者は驚くに違いない。
次回は「ラスト一球」のお話です。




