野球部監督からのお願い
いくつもの私立校を全国大会まで導いてきた、そんな輝かしい実績の監督がいる。
彼が指導者として最後に選んだのは、何十年も前に通っていた地元の高校だった。
昔もそうだが、今も弱い。十分じゃない戦力に、十分じゃない設備。
それでも、年齢の離れた後輩たちに、野球の試合で勝つ喜びを味わって欲しかったのだ。
監督はこれまでの経験を活かして、野球部の生徒たちを熱心に指導していく。
その結果、ここ数年は着実に強くなってきている。まだ地区大会で優勝できるほどではないものの、ベスト十六くらいは普通に狙えるようになってきた。この学校の監督に就任した当初と比べて、野球部の生徒たちの意識もかなり変わってきている。
勝つことが増えてきたので、他の生徒たちが大挙して、野球部の試合を見に来るようになった。以前は男子の生徒ばかりだったが、今では女子の比率が増えている。さらには、試合の日だけでなく普段の練習でも、黄色い声が聞こえてくるのが当たり前になっていた。
それだけに監督は最近、大いに頭を悩ませていた。
バレンタインデーが迫っている。野球部の監督として、これは困ったイベントだった。
野球というスポーツには、目立つプレーもあれば、地味なプレーもある。
自分の経験から言わせてもらうと、地味なプレーを嫌がらないチームは強い。それぞれの選手が自分勝手に目立つプレーをしようとすれば、チームは空中分解してしまう。
しかし、目立つプレーをする選手ほど、バレンタインデーでは、チョコレートを多くもらえる傾向にあるような・・・・・・。
そのせいか、派手なプレーをしようとする選手が、ここ最近の練習では急増している。堅実な送りバントの練習を避け、ホームラン狙いの大振りをしているのが目につく。
こんなことで、チームの和を乱したくない。
そこで監督は、ある決断をする。
バレンタインデーの一週間前だ。昼休みの時間を狙って、校内放送を流した。
「女子のみなさん、今年のバレンタインデーで、野球部の人間にチョコレートをプレゼントするのは、やめてください!」
どうしてなのかという理由もきちんと説明した上で、バレンタインデーのチョコレート禁止を宣言したのである。
前代未聞の放送に、校内の生徒たちは騒がしくなった。
ところが、この放送にはさらに続きがあって、
「チョコレートなら受け取りませんが、野球のボールなら受け取ります。ただし、部のみんなで使用させていただきます」
これなら、チョコレート格差は生まれないので、派手なプレーに走る必要はなくなる。
また、ボールにかかる部費を削ることができれば、他の部分にその分を回すことができる。
「ご協力お願いします」
監督は放送を終了した。
はたして、バレンタインデーの結果はいかに・・・・・・。
次回は「決戦前夜」のお話です。




