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Regalia of DESIRE ~転生魔王大戦~  作者: キリシマのミナト
異世界転移
19/434

15 暴走

 たった少し前までは活気があった街が、今や悲鳴が木霊(こだま)していた。

 石畳で舗装(ほそう)された道を、人々は我先にと逃げ走る。

 憲兵の一部が避難(ひなん)誘導(ゆうどう)を実行しているが、この状況で素直に従うほど、人は冷静でいられない。

 足を()み外し転んだ人は、後続の人々に踏み抜かれては骨が折れる事態も多々起きている。緊急時に自身の命が第一であるのだから、他人を気にしている余裕がないのだ。

 また一人、小さな子供が転んだ。(ひざ)(こす)った痛みより、背面からやって来る大人たちの波による恐怖が(まさ)っていた。

 多くの人間が自身を視界に入れているのに目が合えば、すかさず目を()らして見なかった事にする――幼い女の子には、それが(たま)らずに怖かったのだ。

 声も出せず、ただ目を(つぶ)るしかない。例え目を閉じても、(せま)る波と痛みから逃れられるはずもない。それでも彼女は小さく(つぶや)く。


「――かみさま……」


その言葉が、天や何処(どこ)かに届いたかは(さだ)かではない。ただこの地上で誰の耳にも届かなかったのだけは確かである。(あふ)れんばかりの雑踏(ざっとう)の中、人々はただ逃げるのに懸命なのだから。

 だが――、


「大丈夫かい?」


大人の男性の声がした。幼い娘は恐る恐る目を開けると、そこには王都から街に来たという憲兵の姿があった。

 人混みの真ん中で槍を携えたグレアムがその女の子の方を向き、庇うように立っていた。グレアムの背中に何人かはぶつかるが、憲兵であるのと、大人がその場に立っているという事で自然と彼らは退けて進んでいく。

 グレアムはその幼子(おさなご)へ手を伸ばす。彼女は涙を浮かべた笑顔でその手を掴んだ。


 ほぼ同時刻――。


 ベイルの指示の下、ウィルマはユッグの息子(役)である颯汰(そうた)を連れ、厩舎(きゅうしゃ)に預けた黒馬のニールを受け取りに行っている最中であった。

 この騒ぎに乗じてユッグを逃がそうと画策(かくさく)していたのだが当の本人が牢屋から出た後、『ここで海賊の暴虐(ぼうぎゃく)を見逃せば一生後悔する』と言って直ぐに武器を手に、飛び出して行ったのだ。

 街の大通りから出口へ進む人間はほぼいない。人々は市街地へと避難し始めていた。市街地への出入口には、石壁のアーチに(かし)と鉄を組み合わせた堅牢な門が存在している。

 避難誘導を開始する前から、多くの人がそこを目指して進んでいた。盗賊(とうぞく)に成り下がった傭兵(ようへい)などがいる世界で、地元民がわざわざ街を出るという選択肢を選びやしない。

 そして彼らが目指す厩舎は人々が流れ込む道を逆方向へ進まないといけない状態となっていた。


「大丈夫ですか?」


颯汰少年の手を引く眼鏡女士のウィルマは抑揚(よくよう)のない声音で話す。


「あ、はい、大丈夫、っす」


人混みアレルギーと同時に、耳長族(エルフ)の大人の女性に手を引かれている状況で何か変な緊張を感じていた。エルフは総じて顔が整っているせいもあるだろう。

 その様子に気づかないウィルマは颯汰に忠告(ちゅうこく)をした。


「あなたは厩舎についたら大人しく、ジッとしていてください。くれぐれもお父様のように――」


「――いやぁ、無理でしょ? 人助けする力もない子供ですし」


これまで父役のボルヴェルグと共にいて分かった事は幾つかあるが、その中のひとつに彼は困った人を放っておけない『正義感』が顕著(けんちょ)に表立っていた。

 天性のお人よしなのか、何かがきっかけでそうなったのか。どういった経緯(けいい)でそうなったかは予想なんてできるはずもないのだが、その性根だけは本物であるのは間違いなさそうだ。だからこの命の恩人は信用しても良さそうだと颯汰は判断していた。

 しかし、正義感は美徳(びとく)とも成り得る要素であるのだが、他者に奉仕(ほうし)するだけで見返りを求めない彼の生き方に疑問が()いた。

 何よりこの荒廃(こうはい)している世界であるからこそ。

 自然の実り自体は充分であるのだが、人々の在り方が颯汰自身が生きてきた(せま)い世界と比べるとどこは(すさ)んで映っている。――人種による差別がどうしても目につく。

 そんな世界で種族に関係なく救おうとするのは(とうと)い事であるのだが、やはり根本的に『どうして誰かのために頑張れるの?』と思ってしまっている。

 ゆえにウィルマに(くぎ)()されるまでもなく、颯汰は大人しくしているつもりだった。幾ら異世界から転移したと言っても所詮は高校生。更に今は身体がコ〇ン君よろしく身体が縮んでいる謎の状態だ。

 彼のような素晴らしい頭脳(ずのう)があれば手助けは出来るかも知れないが、颯汰自身がそんなものがないと自覚している。

 黒馬(ニール)に荷物を乗せ、いつでも脱出できるようにするのが今出来る最大限の事だと考えていた。問題は宿屋に旅の道具などを一式置いたままである事ぐらいだろうか。しかし、この人波を越えて宿屋に戻るのも無理そうであると誰の目を持ってもそう見える。


「わかっているならば、結構です。聡明(そうめい)な方で私も助かります――憲兵です、道を開けてください! 開けなければ公務(こうむ)執行(しっこう)妨害(ぼうがい)処罰(しょばつ)しますよ!」


「とんでもない事言い出しちゃったよ」


ウィルマが腰に下げている剣を抜いて前方へ掲げると、人混みが(わず)かに動き出しやがて人ひとり分の道が空いた。

 そこへ空かさずウィルマがズカズカと前進する。そこで颯汰は宿屋に立ち寄るように頼もうかと考えたが、彼女は一分一秒も惜しい状態であるのに気付いて進言しなかった。

 そうして進んでいるさ中、空いた道を利用して、小さな影が走っていた。


「あなた……! ニコラス! どうして……!」


豪華な衣装を着せられたお坊ちゃま――ニコラス少年は颯汰とウィルマを一瞥(いちべつ)したが、すぐに人混みの中へ消えていった。どこか表情に余裕がない。そして向かって行く場所を見て颯汰は気づいた。


「ウィルマさん、あの子を追いかけてください」


「え……?」


「理由は何でか知らないですが、港に向かってるかもしれません。止めてください! 壁沿(かべぞ)いで進めば時間は掛かりますが、一人で厩舎に辿り着けます!」


ウィルマは珍しく迷った顔をする。この少年はどこか子供らしさがない分、しっかりとしている。だがだからと言って置いて行くわけにもいかない。

 だが、血相を変えて走り去る危なっかしい子供を放っておくわけにもいかない。

 板挟(いたばさ)みで思考が(にぶ)る中、颯汰は繋いでいた手を振り払った。


「早く!」


「………………わかり、ました」


ウィルマは颯汰の言葉を信じる事を選んだ。この子ならば、馬鹿な真似はしないだろうと信じた。

 ウィルマは人混みの中に潜り込んだニコラスを追い、声を上げて進んで行く。しかし、彼女の言葉が逃げる人々に届かないほど悲鳴や足音が大きくなっていた。彼女自身、人混みに飲まれそうであった。

 颯汰はそれを見て、まずいな、と(こぼ)してから迅速(じんそく)を心がけ厩舎へ向かって移動を開始する。

 今自分ができることを考えながら――。



 一方、港は更に赤で濡れていた。互いの血肉で身を汚しながら、片や暴力、片や正義を掲げて武器を持って殺し合いが激化する。

 最初は海賊たちの方が士気が高かったが、現在は拮抗(きっこう)していた。理由としては、(ほとん)どの住民が避難し終えて憲兵が動きやすくなった、味方の増援がきた、謎の戦士が海賊の首領と互角の戦いを見せているなどが挙げられる。

 憲兵の中で、包帯戦士が先ほどナディム卿の子息を脅した疑いのある人物であるとわかっていた者もいたが、今はそれを気にする者はいない。

 今や、海賊たちを率いるボス――鬼人族(オーグ)の男を一人で抑え込むだけの戦力は充分以上に有難いものであるからだ。


「――ッ!! この包帯野郎がッ!!」


ボルヴェルグと海賊船長の攻防は激しさを増していく。周りの海賊の(した)()や、憲兵たちも思わず手が一瞬止まってしまうほど見入る斬撃の応酬(おうしゅう)であった。

 一見(いっけん)互角(ごかく)に見える攻防であったが、海賊の船長の顔には焦りがあらわとなる。

 最初こそ楽しい斬り合いだと感じていたのだが、違和感を覚えてから“それ”に気付き、苛立(いらだ)ちが(つの)っている。


 ――野郎……、手を抜いてるわけじゃねえ……だが……!!


剣技に手加減は感じられない。市井(しせい)の人間が血を流している中、わざと剣で遊ぶような愚か者ではない。だが、ボルヴェルグの実力が発揮できずにいる事に船長は気付き、その上で互角となっている状況に納得がいかないのだ。

 互いの剣や拳、脚もぶつかり合う。船長は落ちている物――布なども利用して隙を突こうとするが全て防がれている。


「バケモンかよ……!!」


思わず、角二本の男が包帯を巻いた男にそう零した。


 ――このまま逃げるにしても、包帯男(コイツ)をどうにかしなければ出港なんてできねえ!


船へ奪ったモノも幾つか詰め込む事に成功しているので、後は逃げれば(もう)けものであるのだが、それが中々できない状況となっている。また、逃げずに敵を殲滅できれば市街地まで襲えて儲けは増える。しかし戦闘での損失が大きいため余程兵力差が無ければ実行できない。


 ――どっちにしろ、このバケモンをどうにかしねえとマズイ……!!


実力が並ぶ男をバケモノと呼ぶ理由は単純であった。ボルヴェルグは、“目が見えていない”。

 厳密に言えば、包帯から少しだけ覗かせていた。だがこの男、戦いのさ中、早々に包帯の一部が解け、(ゆる)んで目にかかっているのだ。

 そんな状況で彼は自在に剣を操っていた。見えない時は気配を読んで、刃を置く。常人離れをした行いをやってのけていたのだ。

 船長もそれを直す隙を与えていないのだが、そんな命を懸けた勝負の中でふざけた理由のハンデを貰いつつ、致命傷となる一撃は与えられていない現状に怒りが込み上げていた。


 ――包帯を取られる前に決着をつけねぇと……!!


濃密な時間を全力で戦っているせいか焦りと疲労で、思考と剣が鈍る。


 ――“アレ”を使うか? いや、それには動きを止めねえとならねえ……。


船長は“切り札”を有しているが、簡単にそれに頼れるほど安定していないものであった。しかし、もし動きが完全に止まる状況に落とし込めさえすれば、理想を言えば、更に視線を外してさえくれれば、例え包帯男の目が塞がっていなくとも殺せる自信があるものだ。

 ともかく、一呼吸が必要だ。しかしそんな隙が互いに無い。

 そう思われたとき、転機が訪れた。

 何やら憲兵たちの方から()めているような声がした。


「ちょっと、君! 止まりなさい!! 死にたいのか!?」


兵の制止を振り切り、それは駆ける。その馬鹿げた状況に、海賊たちも思わず目を見張り、誰しも完全に手が止まった。金属音だけではなく、世界から音が完全になくなったと錯覚するほどの沈黙が流れた。

 そして、その当事者は叫んだ。


「お前らかぁあ!! オレ様の街に!! 非道(ひどう)を働く狼藉者(ろうぜきもの)は!!」


変声期を迎えていない高い声を怒りの感情で(かな)でた。

 藍色(あいいろ)の服に金の刺繍(ししゅう)、白いレースの装飾がついた貴族服の少年――ニコラスであった。

 その場に相応しくない闖入者(ちんにゅうしゃ)の登場に、海賊たちは唖然(あぜん)とし、憲兵たちは絶句(ぜっく)する。

 誰しも似た言葉を思い浮かべる。“あの馬鹿は何をしに来たのだ”と。

 子供の力でどうにでも出来る問題ではない。例え貴族であろうとそれは(くつがえ)らない現実であった。

 もし仮にこの少年が海賊の凶刃で倒れたのなら、国の貴族が海賊の根絶(ねだ)やしを(かか)げる可能性は無くもないが、あくまでも可能性の話である。そうなっても海賊たちは、ほとぼりが冷めるまで逃げるか、海の上で迎え撃つなど、どうにでも対応できる。

 しかし、彼はそんな自己犠牲を望んではいない。――ただ、感情が赴くまま、ここまでやってきたのであった。

ビルド休みなんで二話載せます。

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