14 海賊の鬼人
およそ半刻程前まで遡る。カルマンの港――船着き場にて。
「おぉ、やっと戻ってきたか」
遠くにヴェルミの国旗と同じ――世界樹の頂に立つと言われる白い巨鳥フレスヴェルグの片翼が、赤い帆布に描かれていた。交易帰りの木造船があった。
北の『アルゲンエウス大陸』の港町から交易を行い、海岸の陸地をなぞる様に進んできたのだ。
陸路でも行けないことはないのだが、連なる山を越えて一面に広がる雪道の中、膨大な荷物を運ぶ必要がある。大して整備されていない道と気候の悪さも相まって、手間と費用と時間も大いに掛かるのだ。
それなら船舶を使った方が遥かに安上がりで適している。
ちなみにヴェルミからは鉄や銅などの鉱石、家畜の肉や農作物、日用品などを輸出していて、毛皮や水産物などを輸入している。
ヴェルミはヴァーミリアル大陸内で自然豊かな部類であるが、森と共に生きるエルフゆえか、国内に自生している既存の木を減らす事は出来るだけ避けているため最近は他国から木材の輸入も増やしていた。植林も盛んに行っているが、再生にはそれなりに年月が掛かってしまう。
「予定では昼前には戻る筈だったが、……まぁいいか。戻ってきたなら安心だ」
いかにも船乗りだという風貌の人族の男は顎と口の繋がっている髭をさすりながら言って、戻ってきた船を迎え入れた。
船は碇を下ろし、縄で桟橋と船を固定して停泊すると縄で造られた梯子から人族の若者が降りてきた。その手には赤い判が押され、文字が書かれた紙が握られている。他国と交易を行う許可証だ。これを持つものだけが交易が行えて、更には自国の船であるという証明書も兼ねている。
「はい、許可証です」
「そんなもん見なくたってヴェルミの船だって見りゃわかるわい」
「ははっ、一応規則ですし」
そう言ってにこやかに若者は書類を広げて船夫に渡す。
ほぼ形式だけの確認をしているさ中で、陸地で待機していた人族たちが船内の荷物を下ろすのに取り掛かろうと駆け出した。
「やっぱり間違いねえな。それよか、船旅はどうだったい? 若いの」
「よく確かめて読んでくださいよ。……えぇ、少し波が強くて大変でしたが、何とか辿り着きましたよ」
「遅れたのはそれが理由か? まぁ後で船長に聞くとしよ――あ? なんだこれ?」
若者が黙って指し示した場所に何かが付着していた。赤褐色の染みだ。最初は判のインク汚れかと思ったが色の明るさが異なっていた。葡萄酒の染みだとしても、もっと鮮やかになるはずだ。
いずれも大事な書状を汚すことは罰則は定義されていないものの、知れば領主たるナディム子爵の機嫌が悪くなるだろう。あとで船長に文句を言わなければならない。それより先に、どうしてこうなったかを問いただす必要があると考えた船夫であったが、――もう考える必要はなくなった。
「――あぁ?」
腹部に違和感を覚え持っている許可証を退かすと、そこには何かが刺さっていた。
若者の手がそれを引っ張ると銀の刀身に朱色がこびりついていたのが見え、そこでナイフで刺されたのだと知ったが、既に遅い。引っ張る速度は素早く捻り抜く様にしていた。白刃の軌跡を追うように紅が舞う。
服の上にジワリと広がる赤い波紋が服を染め上げた。
「なん、だぁ……?」
「その血染みですか? 我々が襲った際についたものですよ。たぶん船長さんのものじゃないかな」
船乗りが吐血する前に、素早く書状を回収した若者は前方に倒れた男の衣服でナイフについた血を拭き取った。
外から船の荷物を下ろそうとした人族たちが茫然としている中、威勢のいい声と共に船内から悪意が飛び出した。気が付けば荷物を持っていた手が斬りつけられ、顔面に拳が突き刺さり、桟橋に仰向けで倒れ込む。
船舶から飛び出す男たちは人族や魔族、耳長族と種族がバラけていたが共通点があった。白地に青いボーダー入りのシャツ、頭に巻いた頭巾は青色という点と、手には曲刀や斧などの得物を持っている点だ。
十七人の荒くれ者が降りてくる。いや、人数は更にいるようであった。そうして女性の悲鳴がひとつ上がってから、人々は事態を認知した。
「か、海賊だぁあああ!!」
戦う術を持たない人々は恐怖に駆られ、逃げ始める。
そうしたときに、船首に片足を置いた比較的派手な恰好をした大男が大声で叫んだ。
「野郎ども!! 溜まってた分、奪って壊して犯しちまえ! 盛大にな! まだ火は点けんなよ! それは最後のシメだ!!」
今、暴れはじめた海賊たちを束ねる船長であった。左目を額から頬にかけて大きな傷痕があるせいでより人相が悪く、背丈もあって迫力がある。
黒のコートに赤いスカーフが風に靡く。髑髏の絵が描かれた三角帽子の下にある赤髪も目立つが、その額にあるものに余計目が引いた。
「オ、鬼人族……!?」
逃げ惑う人々の中で、大声に振り向いた者が船長を見て言った。鬼人族の男性は身長は最長で三ムート(約三メートル)にも達すると言われる怪力の持ち主だ。彼自身はそこまでではないが確実に二ムート(約二メートル)以上はあるだろう。
鬼人族の最大の特徴はその額にある角だろう。角の数は一本や二本と異なるがそれによる“差”というものは存在しない。角が怪力の源であり誇りでもあるのだ。
牙のように白く、天に向かって伸びる二本角を有した男の号令に呼応し、海賊たちは手にした武器を掲げた。
海賊たちは市民の抵抗の有無に関係なく傷付けては、不要だと感じた物は壊し始める。店の金品などを手にとっては懐に収め、出店に並んだ肉や魚などを喰らいながら、また人を斬る。
背を向けて走る人々、中には転ぶ者をもいた。それを人々は逃げるのに必死で気づかずに踏んでいく。やっとのことで起き上がった時には海賊の凶刃で再び地に伏すはめとなった。
蹴飛ばして木箱を壊し、怒声で女を脅しては腰が抜けて動けなくなったところを縄で縛り始めた。抵抗を始めた女性の顔を問答無用で思い切り殴って黙らせては無理矢理起こして縄を引いて連れて、近くまで運ぶと蹴飛ばして船元にいる仲間へと引き渡す。奴隷として売るつもりか、慰み者とするつもりかは分からない。
戦斧で男を斬り砕き、その場で女を押し倒し、強引に脱がせる海賊も現れ出した。他の海賊も女子供を捕まえ始める。
工芸品を無意味に散乱させて破壊し、下品な笑みを浮かべる。学のない彼らに
は芸術的価値など理解する気もないが、ただ鬱憤晴らしに破壊することで己の中の小さな欲を満たしていく。
まさに法と秩序が消え去った無法地帯と成りつつあった。
――船は遅れたのではない、乗っ取られていたのだ。
用意周到に、船乗りの若者を間者として潜入させて、交易の帰りに外と中から奇襲を行い船を奪った。船夫を刺殺した彼は最初から海賊の一味だったのだ。
ナイフをしまい、書状を持って船へと戻っていく。彼は荒事は得意ではないと自己申告して理性なき行いは他者に任せると決めていた。回収した書状は次に他国を同じ手段で襲う際に再び利用するため大事に保管する必要がある。
大勢の人々の喜びの感情で賑わっていた街は、今や真逆の感情で騒がしくなっていく。
略奪し、暴力を行使し、食い散らかすのを是とする海賊たち。そこへ槍を持った憲兵たちが現れた。
「ハン! 思ったよりは、早えじゃぁねえか」
海賊の船長らしき鬼人族が鼻を鳴らす。視線の先には赤い服に槍か剣を携えた最低限の出で立ちの兵たちが並んでいた。
街と港を繋ぐ大通りを逆走して、逃げる市民の手助けをしながら憲兵たちは現れたのだ。しかし、その数は海賊たちよりやや少ない。全戦力ではないが、間に合ったのと市民の避難の誘導している者もいて手が回らない状態だ。鎧や鎖かたびら、大盾などを用意する時間的余裕がなかった。武装した援軍が到着するのを待ちつつ、人々をいち早く守るためには、これで応戦するしかなかった。
憲兵に白刃を振るう海賊たちを、槍で迎撃する。
恐れを幼い日にでも置いて来たのか、海賊たちはリーチが長い槍を相手に、迷わず突進してくる。その姿を見て、憲兵は冷や汗を流す。互いに命懸けなのに彼らは笑っているという事実に、憲兵は動揺を隠しきれない。
槍で臓腑ごと肉体を討ち抜かれた者が現れる中、その刺突を掻い潜り、曲刀で首を斬りつけ喉元から溢れんばかりの血をこぼさせた者もいた。港は更に血で汚れていく。今は怒声と剣戟の音だけがこの地を支配していた。
捕まえた女や部下が強奪した品々にも見飽きて、船上で攻防戦を眺めていた海賊船長であったが、退屈からかそろそろ自身も混ざろうかと武器を手にした。金色の装飾が施された鞘に収まった直剣だ。下っ端の海賊たちが持つ粗野な武器とは違う作りとなっていて豪勢であるのだが、しかしながら成金臭い下品さは感じられない。
そっと鞘から剣を抜き、煌く白刃が陽光を反射するのを見て満足そうに笑ってから鞘に収めて甲板を歩き出すと、逆方向へ一気に走った。助走を着けて船首から跳躍した。
「さて、コイツに血を吸わせるに相応しい奴はいるもんかね!」
宙を舞いながら一回転する。コートの裾は荒ぶっていたが、海賊の船長帽だけは外れないように右手で押さえながら着地した。
そして、着地したところで強者が現れたのを本能で感じ取ると不敵な笑みを浮かべた。
視線の先には、全身の肌を包帯で隠した男が立っていた。服装はどこかからやってきた旅人の風で、片手には黒い柄に、赤い玉飾りが施された長剣が握られていた。
逃げる市民の中で何人かは子爵の息子を恫喝した男であると気づいたが、それで足を止めるわけにもいかず走り抜けていった。
船長は己に相応しい敵を前にして舌舐めずりした後、抜剣する。
「言葉なんて要らねえ……よな!!」
鞘から抜き放った剣を構えたまま突進する。剣の間合いに入った瞬間、鬼人族の渾身の一振りを包帯男に向かって叩きつけるように両手で振るう。
包帯男は柄を両手で握り、振り下ろされた斬撃を剣で受け止めた。
――重い……!
まるで戦斧や戦鎚を受け止めたような衝撃をボルヴェルグは感じ取る。
「やっぱ受け止めれたか! コイツはいい!! 最高だ!!」
強敵と相見えたのだから言葉は不要――、と言いつつも感動で口が勝手に動いていた。
ボルヴェルグは海賊の剣を弾き、間合いを取らずに反撃を選ぶ。
甲高い金属同士がぶつかり合う音が響くと、そこから生じた風圧が辺りへ撒き散らされる。
更に反響、刃と刃が命を取り合う。激突した場所を中心に、剣戟が鳴らす音色は激しさを増していく。
――チッ! 巧いなこの包帯野郎……!!
鬼人族の膂力を活かした剣技を、ボルヴェルグは巧みな剣術で封じている。剣を知るものならば取らざる負えない行動――回避、受け流しを選ばされているのだ。
下手に違う動きで反撃しようとすれば、切先が肌を掠めるどころでは済まないだろう。
攻勢に転じても、攻めきれずにいる。敵が格下ならばイラつくところだが、好敵手が相手の今、命のやり取りを最高の娯楽として感じていた。
そんな中、部下である海賊が、ボルヴェルグの死角から忍び寄る。船長が敵の動きを止めた時、背後から一突きするつもりだったのだが――。
「邪魔するんじゃねえタコ!!」
剣舞の合間に、部下の顔面に肘鉄を入れた。鼻の骨が潰れる音がした後、部下は「は、はぃぃいい!!」、と返事をすると鼻血を垂らしながら、顔面を押さえて船内へと逃げ込んで行った。
興ざめする行為に舌打ちを一つしてから、船長は詫びを入れる。
「悪ぃな、再開と行くか」
「…………」
その言葉に、ボルヴェルグは答えない代わりに、剣を中心に構えた。
それを見て船長はニヤリと笑うと大振りをした時と同じ剣を上段にした構えを取った。
互いに剣を構えて睨み合う。同じタイミングで石畳を踏みつけて前進し始めた――。
31日はさすがに投稿おやすみするかもしれません。
(おかしいな、年内には魔王が登場する予定だったのに……)
2018/0513
カクヨム、エブリスタへの投稿にあわせて修正。




