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「いやー、偉い目にあったす」
「それはこっちの言葉だよ! まったく! おれのお菓子! 楽しみにしてたのにぃ!」
「それは、悪かったっすよ! その分の代金は引いてもらってかまわないっす」
「いや、そういう訳にもいかないだろ。形は多少崩れても味に変わりは無いはずだろバロウ」
「いや、変わるね! きれいな砂糖細工と崩れた砂糖細工の味は、全! 然! 同じじゃないよ! まったくもう!」
「ユーリか、バロウの魔法で形を戻すわけにはいかないの?」
お茶をみんなの分入れて差し出せば、なぜかやけに感激したシュレインにまた、超美女のお茶! と叫ばれてしまったので大人しく席に着いて自分の分のお茶をすすっていたのだが、思わず口を挟んでしまった。
(ちなみにテーブルには椅子が3脚しかないので足りないと思ったら、バロウが当然のように何も無い空間に腰を下ろしていた。そ、そんなこと出来るんだ……)
「出来ないことも無いんだけどね、レイ。そうするとなぜか少し味が落ちるんだよね」
「あれ不思議っすよね。魔法で切ったり焼いたり調理はそんなこと無いのに、形を魔法で変えるのは味が悪くなるなんて」
「おそらく、素材そのものに魔法で手を加えるのはだめなんだろうな」
「あーあ、魔法で食べ物とか服とかいくらでも出せれば便利なんすけどね」
「そんなことがもしできたら、シュレインの仕事必要なくなっちゃうんじゃなーい? 失職?」
「……確かにそうっすね! うん! 今のままでいいっす! 全然問題ないっす!!」
シュレインは仕事柄か、(地球基準で)地味なその見た目に反して結構口の回る性格のようで、バロウとユーリ、ぽんぽんと言葉を交わしている。
それはいいのだが、何故かちらちらとこちらを見つめては、頬を染めている。
この反応。もしかして……。
本当に、私の事を美人だと思っているみたいではないか。
いや、バロウもユーリも言っていた。この世界の基準では真実そうなのだろうと頭ではぼんやり理解している。してはいるが、日本での、地球での扱いを思い出せばただただ落ち着かない。
ああ、すごい見てる見てる。
「あんまりレイを見るんじゃねえ、シュレイン」
そしてそんなシュレインを不快気に睨み付けるユーリ。
「良いじゃないっすか! こんな超絶美人を間近で見れるなんて眼福っす!」
「黙れ。穴が開くだろうが」
「視線ぐらいで開くわけないじゃないっすか!」
いつになく乱暴な言葉使いのユーリに驚く。
あれ、ユーリそんなキャラだったっけ?
もっとこう、無口なイメージがあったんだけど……。
とはいえ、今までのように嫌悪ではなく、好意的な視線ではあるものの美人だなんだとじっと見られて身の置き場のない気分だったのがユーリのお陰で解放された。
「ユーリ、ありがとう」
シュレインに聞こえないようにこそりと耳打ちをすれば、ユーリはシュレインに向けていた視線を和らげて薄く微笑むと、いつものように私の頭に手を置いてさらりと撫でた。
「いや。守るって言ったからな。それは何からもだ」
ユーリの言葉は、少し大げさだなあとは思うものの、常であればくすぐったくたまらなく嬉しいはずなのに、だから今も笑顔を浮かべられたのに、心に小さくしこりを作る。ユーリが守るというのは、きっとアースの客人に対する、義務感からだ。
それはたとえ、相手が私じゃなくて、他の人でも。
ああ、やっぱり欲張りになっている。普通に、普通の友達のように仲良くしてもらえるだけで十分だったはずなのに、私にとってはとてつもなく幸福なことだったはずなのに、誰かが心の隅で叫んでる。
私だけであってほしい。私だからであってほしい。
ユーリの手が頭から離れていくのを何の気なしに見送っていると、ぽかんと口を大きく開いたシュレインが目に入った。
彼はリアクションがいちいち大きすぎないだろうか。
今は何に驚いているのか良く分からないけれど。
「じ、自分、ユーリさんが笑うの初めてみたっすーー……!! あ、あんな表情、するんすね……!!」
その言葉にいち早く反応したのはバロウだ。
「そうそう! おれもユーリとレイが話すの初めてみたとき、そう思った!」
そのままけらけらと笑い出す。ユーリはさっきの表情をまたひっこめて、憮然とした顔になってしまった。
「いやー、自分ユーリさんは表情浮かべる機能とか付いてない人なのかと思ってたっす!」
「おい、人を何だと思ってたんだ」
「もう付き合い四年くらいになるっすけど、いつも無表情で淡々としてて、そういう人種なんだと……」
笑って誤魔化そうとするシュレインに、バロウの笑い声が更に大きくなった。
「ユ、ユーリは表情は出にくいけど、色んな表情するよね! ね、バロウ?」
「あははは! そんな事いうのはレイだけだよ!! お、おれ、今、ユーリにそんな事を言ってくれる人が居て感動してる! あははは!」
「笑ってんじゃねえか!」
「ユ、ユーリさんて、顔に出して怒ったりするんすね!」
「だから、シュレインは俺を何だと思ってるんだ!」
「あはははは!」
ユーリは確かに出会ったときは能面のように無表情だったけれど、今はそんな事ない。
そう思っての発言だったのだけれど、バロウのツボをいつの間にか押してたらしい。
笑いが止まらなくなっている。
「全く……。そうだ、シュレイン。次回の発注なんだが、これを」
バロウは放っとくことにしたらしいユーリが、昨日書いていた白い紙を差し出す。
受け取ったシュレインはそれを頷きながら確認していった。
「おー。今回はまた量多いっすねー」
「三人分ならそんなもんだろ」
「いやー、量もっすけど、種類も多いすねー。なんか料理屋でもはじめるんすか?」
「そんなわけないだろ」
「まあ自分としては商売繁盛ありがたいかぎりっすけど。……て! 今完全に流しそうになったっすけど、三人……て、もしかして……」
「ああ。レイも、ちょっと訳有りでここに住んでる」
「うああ! ぐうう! こんな、こんな、美女と、一つ屋根の下……! くそう、うらやましい……」
「何言ってんだ」
「もーほんと仲良し過ぎて妬けちゃうよおれー」
「ま、まさか……二人は恋人同士……すか?」
「ち、違うよ!」
口元に手をあて戦くシュレインの言葉に、こっちも慌ててしまう。
ユーリと私が恋人、なんて! この世界の基準が反転していると言われても、私にとってはユーリは美しすぎて雲の上の人だ。
すごい勢いで否定してしまい、しまったと思う。
私の中の真実がどうであれ、今の反応ではまるで美人がブスと恋仲だと誤解されたくなくて否定したみたいではないか。
いや、自分では美人とはけして思ってないしほんとそんなつもりなかったんだけどこの世界の基準では、もしかしたら。
「ユ、ユーリ……」
恐る恐るユーリを仰ぎ見れば、いつもの顔だった。無表情。
そして、皮肉げに息をもらして笑う。
「ああ。付き合ってなんかない」
……その表情に、完全に誤解させてしまった事を知る。
ああ、違うのに。
ただ、言葉通り、ユーリと私が付き合ってるなんて誤解はユーリに申し訳ないと思っただけなのに……。
思わず、顔がうつむく。
「レイ、大丈夫だ。ちゃんと知ってる」
その言葉に、反射的に顔を上げれぱ、穏やかな水色と目があった。
こないだ見たダイダラの湖面のように、凪いだ瞳に、ユーリにはちゃんと伝わっていた事を知る。
よかった。私の不用意でユーリを傷つけてしまったかと思った。
机のした、二人には見えないところで私から少しだけ触れた指先を、ユーリは嫌がらなかった。
少しだけ絡ませてそっと離す。
恋人ではないけれども、友達と呼ぶにはすこし近い。
指先に残ったその温かさが、嬉しくて、すこし切ない。
(「で、バロウさん、ほんとのとこはどーなんすか」)
(「俺の予想だと、秒読みかな」)
(「へえ、あんな女神のような人が言っちゃ悪いっすけど、ユーリさんとは」)
(「シュレイン、それ以上言ったら怒るよ」)
(「自分にとってユーリさんは上客っすから、本人に悟られるようなヘマはしないっすよ」)
(「……おれ人間の、そういうところ嫌い」)
(「すんませーーん」)
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「そういえば、自分ここに来る前にシャンティーの街に寄ってきたんすけど、すこし前に想像を絶する美人が現れたって話題になってたっす。人目を隠れるように被ってたフードを下ろしたのを服屋の店員が目撃したって」
「…………」
話が一段落した段階で、なんでもない世間話のようにもたらされた話題に、私とユーリが固まった。
私たちの反応を気にせずシュレインが何故か声を潜めながら前屈みに続ける。
私たちも自然と前のめりになり、内緒話をするようにテーブルを囲む輪が小さくなる。
「目撃情報では、身長体格声的に恐らく男女二人組らしいっす」
「なんでも、女性に促されるままに、男性のほうが目についた端から食料を購入していたらしいっすよ」
「男性のほうがあの希少な亜空間持ちだったらしくて、大胆な買い様と二人揃ってフードの怪しさからそこそこ目立ってたらしいんすけど、女性用の洋品店で女性のほうのフードが転んで取れたらしくて、その風貌は女神もかくや、輝かんばかりの美しさだったとか。もしかしたら王都の貴族のお忍びだったんじゃないかって噂になってるらしいっす」
美しい女性云々は知らないけど、それ以外のことはなんだか、まるで最近体験したようなすごく身に覚えのある話な気がする……。
「へー、美人かー」
「これはその噂を聞いた自分の考えなんすけど、亜空間持ちってことはそれなりに力持った魔法使いだとおもうんすよね。なんでも買ってたってくらいだから金持ちの貴族の魔法使いで、きっとその美人は恋人で、その恋人に骨抜きなんすよ!」
「…………」
何もいえない私とユーリを尻目に、バロウとシュレインで会話が盛り上がっていく。
ユーリを見ると居心地悪そうにもぞもぞ動いていた。
「へー、亜空間持ちってこのへんだとユーリしかいないと思ってたよ!」
「自分もユーリさんくらいかと思ってたっす!」
バロウもシュレインもまさかその渦中の人物がユーリだとは思わないのか全く気付いた様子が無い。
「そんだけの美人ってどんなんだろうね! レイとかみたいな?」
「想像を絶する美人って言ってたっすから、きっとそうっすね!!」
「へー、ユーリみたいな魔法使いと、レイみたいな美人の二人組かー!!」
「「…………あれ?」」
特徴をたどっていた二人が、その可能性に思い至ったのか、同時に首を傾げた。
数秒考え込んだ二人。
バッ! バッ!
ゆっくり私たちの方を向いた二人の疑問たっぷりの純粋な視線に耐えられず、思わず顔ごと逸らした。
多分、同時にユーリも逸らした。
「まままさかーー!!」
その顕著な反応に察したシュレインが騒ぎだす。
「なーんだやっぱりユーリとレイかー、だよねだよねー、て、二人揃って街でなにやってんねーん」
「そんなゆるいノリ突っ込みしてる場合じゃないすよバロウさーん!」
「あ、そーか確かにお土産いっぱい持って帰ってきてたね。今気付いた」
「いやいや危機感! 危機感ーー!!」
「まあまあ、そのうち噂なんて消えるよー」
「呑気すぎるっすよ!」
わーわーにぎやかになってしまった。
きまずそうに首の後ろをかくユーリに視線を合わせて、苦笑した。
普段はユーリをからかうのが大好きなバロウはシュレインがいればそちらに矛先が向きやすいらしい。
リアクションが大きいから反応が楽しいのかもしれない。
いつもバロウとユーリと、三人だけの静かで落ち着いた空間に別の人がいるというのは少し違和感があるけれど、たまにはこんなのも楽しいな。
そう思った午後だった。
確かに転んでしまったのは失敗だったけれど、バロウの言うとおり噂なんてすぐに消えるだろうし、その時の私はそれがたいしたことなんて全然、思ってなかった。
その考えが甘かったことを知ったのは、それからまた数日たってのこと。