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王の従者

階段を駆け下りながら、額に浮かんだ汗を拭う。どういう事だ。『本質』を見破られた。

手を握っただけで?そんな馬鹿な。そんな力があるなんて、知らない。聞いていない。


「瀬名弥子……」


手を握った瞬間、何か大きな力がこちらを覆い尽くそうとしていた。半ば無意識に『毒』で拒絶したのかもしれない。僅かに震える右手を見つめる。信じ難いことだが、相手は俺と同等か、それ以上の力を持っているようだ。そして何よりも恐ろしいのは、震えを止められない理由は。


……俺が彼女の手をもっと握っていたいと思ってしまったことだった。




+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++





分からないことが多すぎる。私はクラスメイトに挨拶をすると、第二校舎へと向かった。

大屋鳥直光を追うことはしなかった。彼の正体が何であれ、初回の接触があんな形で終わってしまった以上、穏やかに事が進むとは到底思えなかった。足早に廊下を進んでいくうちに、強張っていた頬が、だんだんと緩んでいった。


あの子は、一体何?私の他にあんな力を持つ子が居ただなんて。

それにあの子、この私に牙をむいたわ。


私はあまりにも圧倒的で、未だかつて「敵」という存在に巡り合ったことが無かった。もちろん、嫉妬や憎悪を向けられることは少なくない。少し離れた位置から見れば、私の取り巻く環境に違和感を覚えない者はいないだろう。けれど、そんな疑いを持った者程、気が付けば私に惹かれていき、気が付けば私の『駒』になる。


私の身を脅かす人間なんて、現れたことが無かった。


ぞくぞくと肌が粟立つ感覚に震える。これは何だろう?私は喜んでいるのだろうか。今は大屋鳥直光を、もっと知りたいと思っている。


「失礼します」


目的の教室に着くと、私は一声かけてからドアを開けた。


「……おお、何だ。瀬名か。どうした?」


柔和な笑顔を浮かべ、こちらを振り向いた教師に告げる。


「荒井先生。すいません、お忙しい時間に。……聞きたいことがあるの。まずは大屋鳥直光に関して、あなたの持っている資料を全部出して」


「分かりました」


荒井仁は立ち上がると、棚のカギを開け、ファイリングを差し出した。


「いや、もう切り上げようと思ってたところだ。何の用だ?瀬名」


「ええ、ちょっと。今日の授業で分からないところがあったので。……後はそうね、あなたが彼について知っている事、全部話してちょうだい」


「そうか。…っていってもな。先生、お前が分からないんじゃ、答えられるか分からないぞ?大屋鳥直光ですが、資料にもある通り、各地を転々としています。父親の転勤の為というのが理由ですが、あまりにも回数が多い為に私自身も不審に思いました。ただ、本人は至って優秀で、念の為に転校前の何校かに確認を取りましたが、文武両道で成績優秀、

生活態度も至って真面目で、社交的で友人も多かったようで、この懸念は取り越し苦労だと判断しました」


「そう。予想はしていたけれど、あまり役に立つ情報とは言えないわね」


「申し訳ありません。……というわけだ、瀬名。分かったか?まぁ、ここはあまりにもマイナーだし、試験には出さないけどな。瀬名は本当に勉強熱心だな。学年一位なだけはある」


「いえ、先生。教えて下さってありがとうございました。いいわ。元より期待はしていなかったから。ただ、大屋鳥直光はあなた達とは根本的に違う。存在が逸脱してる。私みたいにね」


「お言葉ですが、『王』と同等の存在がこの世にいるとは到底信じられません」


「そうね、私も今日ついさっきまではそう思っていたわ。……でもそうじゃなかった。それにあの子、もしかしたら私を脅かすかもしれない」


「まさか。そんなことはありえません」


「根拠は何?」


「……それは……『王』には何人たりとも逆らえないからです。ん?何だ瀬名?まだ何かあるのか?」


そろそろ辻褄が合わなくなる頃合いだ。私は会話を切り上げることにした。


「いえ、ありがとうございました。失礼します。……そうね。でも」


こちらを見つめてくる荒井仁に、ドアを閉めながら言葉を投げかける。


「きっとね、彼も『王』なのよ」


私は荒井仁の表情を確認することはせずに、ドアを閉め切って歩き出した。




+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++




第二校舎を出ると、そのまま校庭へと向かう。目ぼしい相手を探していると、クラスメイトの飯塚直美を見つけることが出来た。部活仲間と休憩中らしい。私は静かに彼女に近寄っていった。


「飯塚さん」


「あれ、瀬名さん。どしたの?」


「ちょっと話したいことがあるのだけれど。いいかしら?」


「え?うん、全然いいけど……」


私が、少しだけ躊躇うような表情を見せると、飯塚直美は笑顔を浮かべて部活仲間の女子達に告げた。


「あ、ごめん。私瀬名さんと長話だから、悪いけど先行ってて!!!」


仲間たちの視線を受けながら、私は飯塚直美に感謝の意を伝えるために微笑んだ。飯塚直美は嬉しそうに微笑み返してくる。


「……それで?話って何だろ?」


「えっと、ここじゃちょっと。……あっちで話せないかしら?」


ついこの前、新庄亘に告白された場所を告げる。あそこならば、めったに人もよっては来ないだろう。


「いいよー。あ、でも何かこれ妖しいシチュエーションじゃない?瀬名さんみたいな美少女と体育倉庫の裏で二人きり……!」


いたずらっぽく笑う彼女に微笑んでから、私は右手を伸ばした。


「良かった。じゃあ、行きましょう?」


飯塚直美は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにまた満面の笑みを浮かべると、私の手を取った。


歩きながら、飯塚直美が話しかけてくる。


「ね、瀬名さんとはあんまり話したことなかったよね?私さぁ、実は瀬名さんと仲良くなりたいなって思ってたの。けどなかなか話しかけられなくって」


「そうなの?嬉しい」


私が微笑むと彼女は笑顔を引きつらせて、顔を赤くした。


「……成程、これは凄いわ」


「どうしたの?」


「ううん、独り言。それでね、ほら、瀬名さんに、一瀬さんに井上さんっていう、学年で三トップって言われてる美少女がさ、いつも三人でいるわけでしょ?話しかけたくても皆圧倒されちゃってさ。男子だってきっと三人が居ないとこじゃ大騒ぎなんじゃないかな」


確かに、私はあの二人と付き合うようになってからは敢えて他のクラスメイトとの接触を減らしてきた。こんな風に突然話しかけられたら、戸惑うのは当たり前だろう。私は歩調を合わせて歩いてくれている飯塚直美を見つめた。


「……って話が脱線してる?でも、ほんと凄いんだよ瀬名さん達の人気。ファンクラブまであるって噂流れてるし、私この噂は本当なんじゃないかって思ってるし。それに、瀬名さんって女の子のファンも凄いいるって知ってた?だからさ、私こんな所誰かに見られたらちょっと危ないかも!何てね!あはは!!」


快活な子だ。出会ったころの一瀬七海のよう。明るくて快活な子は好ましい。


容易く『刻める』。


「……瀬名さん?」


黙り込んでいる私の様子に、何かを感じ取ったのだろう。飯塚直美が不安そうに見つめてくる。


「……私も、あなたとお話したいなって、ずっと思っていたの。でも、私は他人を狂わせるから、それに耐えられないと判断した子には、極力話しかけないことにしているわ。必要以上に私に惹かれることの無いように」


「……瀬名さん?」


こんな会話に意味は無い。それでも、私に友達になろうと言ってくれた子は久しぶりだった。けれど、ごめんね。


飯塚さんを引き寄せて、抱きしめる。私の方が、少し背が高いので自然と包み込むような形になる。


「!?え!?え!?……ちょちょちょ、ちょっと、瀬名さ……え!?」


戸惑う彼女の顔を覗き込む。突然のことに対応しきれていないようで、顔を覗き込むと耳まで朱に染まっている。


「え?え?」


飯塚直美の瞳を覗き込む。飯塚直美が息を呑んで、硬直する。


「……飯塚さん。あなた、私に興味、あるでしょう?」


「え、な。な……」


「気が付いてたもの。あなたの視線。ずっと見ててくれていたでしょう?」


慌てふためいていた飯塚直美が瞬く間に固まって、視線を伏せる。


「……だ、だって瀬名さん美人だし、お淑やかだし、完璧で……」


「私も、ずっとあなたのことが気になってたの」


「……ま、待って。全然頭が追い付かない。何でこんなことになってるんだっけ?」


もう一押しだろうか。


「……迷惑?」


「え!?……い、やぁ……。迷惑では無い……よ」


「良かった。嬉しい」


飯塚直美の頬に両手を当てて、優しく顔を上げる。視線がぶつかる。もう飯塚直美は笑っていなかった。


「……瀬名さん……?」


「飯塚さん」


きっと、私たちもしかしたら。

友達になれたのかしら?






「飯塚さん、お願い。私を守って。私の為に戦って、生きて、そして死んでほしいの」


抱きしめていた体を離すと、彼女はそのまま緩やかに首を垂れながら跪いた。


「……そんな恰好取る必要ないのよ」


「……いいえ。私は『王』の忠実な僕です」


「……大屋鳥直光を、徹底的に監視してちょうだい。他の従者を使ってもいいわ。あなたが指揮を執りなさい」


「かしこまりました。……一瀬七海と、井上彩は従者では無いのですね?」


見下ろすと飯塚直美が顔を上げてこちらを見ていた。そこに他意は無い。


「そう。あの二人はあのままで傍に置くわ。……あなたはあの二人も服従させるべきだと思うの?」


「……いいえ」


「そう」


「出過ぎた質問でした。お許しください」


……同性の「従者」を持つのは初めてのことだ。何人か候補は居たけれど、同じクラスの人間のほうが、何かと都合がいい。……一瀬七海と井上彩にはまだ手を出したくはなかった。この子にとってはとばっちりだろう。


私の力が及ぶ為には「好意」が必要だ。それが深ければ深い程、私への忠誠心は跳ね上がる。「親愛」のような深い「好意」を得るには時間がかかる。だからこそ、異性の「恋愛の好意」を利用する方が容易いのだ。今回はやや強引に『刻んだ』形だったけれど。


ただ、常に意識が「服従」しているわけではない。辻褄が合わなくならない程度の、数分の会話で無いと、記憶に混乱が起こる。「屈服」させ完全に支配してしまえば、問題にはならない。とは言っても、飯塚直美をこれ以上支配する気にはどうしてもなれなかった。


「……いきなり呼びつけてこんなところに連れてきてごめんなさい。でも、私ずっと、飯塚さんには話しかけたいなって思ってたから。今日は勇気を出してみたの」


「そかそっかー!いや、最初は何かと思ったよー。でも嬉しい!」


「……それじゃあ、私たち、もうお友達よね?」


飯塚直美は、先程までの満面の笑みを浮かべた。


「もちろん!よろしくね、瀬名ちゃん!!」


私もありったけの笑顔を目の前の「従者」へと返した。

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