従者達の邂逅
部活の後片付けを終えると、私は体育倉庫を後にした。つい数時間前の出来事を思い出して思わずニヤニヤしてしまう。瀬名さんからいきなり声を掛けられた時は驚いたけれど、まさか、彼女から友達になって欲しいと言われるとは思わなかった。このタイミングで、どうして私に声を掛けたのだろうと不思議に思わなくもなかったけれど、瀬名さんは以前から私と話がしたかったらしい。信じられないけれど、とても嬉しい。畏れ多い位だ。彼女はこの学校ではほとんど神格化されている。彼女が歩くだけで振り返って見惚れる人もいる位美人だし、成績も学年一位、らしい。瀬名さんは運動も得意だし、瀬名さんは力を抑えてるんじゃないかと思う場面が何度もあった。全ての面であまりにも完璧すぎて、うちのクラスでは瀬名さんに声をかけることすらタブーになっている気がする。そんな彼女が話しかけてくれるなんて、思いもよらなかった。
自然と緩む頬を持ち上げながら体育館を出た瞬間に、誰かとぶつかりそうになって慌てて避ける。
「うわっ。……ご、ごめん飯塚さん」
「あ、瀬文君。ごめんね」
同じクラスの瀬文君だ。……どうしてこんなところにいるんだろう?確か瀬文君は帰宅部だったはずだけど。今日は何だか、いつもは話さない人に話しかけられる日だ。
「……飯塚。『従者』になったんだな」
「……あら?探す暇が省けたわね」
『王』は私に、近しい従者は3人いると言っていた。同じクラスにいる従者の1人が、さっそく接触してきたというわけだ。
「……飯塚?お前、随分はっきりと『裏返ってる』んだな。やっぱり女だからか?」
「そういうあなたもね。随分と自信に満ちた表情が出来るのね?いつもみたいに異性に消極的な態度は取らないの?」
皮肉をこめた私の言葉に、瀬文はニヤリと笑って見せた。
「おいおい、傷つくな。飯塚みたいに根が明るい奴からもそう思われてるんじゃ、僕はお仕舞いだな。ま、勘弁してくれよ。僕は引っ込み思案な奴だからさ」
「そうね、だから意外だったわ。あなたがまさか『従者』の一人だなんて」
瀬文はおかしそうに、本当におかしそうに高笑いをすると、私に対して微笑みかけてくる。
こうやって見れば分かることだが、人の表情は本当に内に宿る心によって変化するものなのだろう。普段の彼とは顔つきまで違うように感じられる。
「はっきりと言うなぁ。……まぁ、俺は、いや厳密には僕か。僕の『王』への妄執は並大抵のものじゃなかったからな。圧倒的な、純粋な好意の塊みたいな奴なのさ、この僕は。だからまぁ、『王』の目に留まって、めでたく俺が『従者』となったわけだ」
「そう。私はどうして『王』に選ばれたのかしら。あまり身に覚えが無いわ」
思わず零れた疑問に、瀬文は崩れた表情をまた少しだけ整えた。
「……女の従者を『王』は選んだことはなかった。異性から受ける好意と、同性から受ける好意は質が違うし、扱いは慎重にしないといけないと、『王』は仰っていた。それでもこうやって飯塚を従者にしたのには理由がある」
「……大屋鳥直光ね」
「……あいつは、危険だ。『王』に容易く近づけてはいけない。お前は女だし、異性だからこそ動きやすい場面も出てくるだろう。もちろん、俺もあいつには接触してみる。手に入れた情報は逐一お前に渡していくから、『王』への報告は頼んだぞ」
「あなたは?『王』にはあなたが、というかあなた達が、直接話した方が情報の伝達に齟齬が発生しなくて済むんじゃない?」
「勘弁してくれ。俺は大丈夫でも、僕が緊張して話せないよ」
「そう、難儀な話ね。……それで?後の二人は?」
「……あー……あいつらはなぁ。まぁそのうちお前に接触してくると思うぜ。たぶんな」
「はっきりとしないのね?」
「いや、まぁ俺はいいんだけどな。僕があいつらとキャラ違いすぎてびびって話かけられないんだよ。元々の会話が出来なきゃ『裏返る』ことすら出来ないだろ?」
私は思わず笑ってしまう。それは本当に難儀なことだ。同じ従者だというのに、会話すら出来ないだなんて。
「誰なのか位は教えてくれないのかしら?」
「ん?あぁ。相沢と岡本だ。そのうち自然と話す機会も出来るだろうし、そのタイミングじゃないか?2人がお前に接触してくるのは。まぁ、俺はこんな風に偶然を装ってお前に話しかけないと、どうにも辻褄が合わせ難い。」
「そう。……まずは大屋鳥直光に接触をしてみて。私は少し、様子を見るわ。残りの2人にはそうね、早めに接触してみる」
瀬文は私の言葉に頷くと、その場を離れようとしたが、数歩だけ歩いて立ち止まった。
「……あ、そうだ飯塚」
「何?」
「……『王』がお前を選んだ理由。俺は分かるぜ」
「……?何?」
「……お前は、いや飯塚は、『王』みたいになりたいと、内心ずっと焦がれてたからな」
「……そんなこと知ってるわ」
「あぁ。だからだろうな。お前と話してると『王』と話しているような気になるよ」
そう言うと瀬文はその場に片膝をついて跪いた。
「『王』がお前を選んだというのなら、俺はお前に従おう」
「ええ。ありがとう」
「……他の2人には注意したほうがいい。あいつらは一筋縄じゃ行かないぞ」
瀬文は意地悪そうに笑うと、表情を一遍させた。
「……あぁ、もうこんな時間だ。僕、もう行かなくちゃ。飯塚さんも気を付けて帰ってね」
瀬文君に言われて慌てて時計を見て、私も驚く。いつの間にこんなに話し込んでいたのだろう。瀬文君とこうやって話すのは初めてだったし、彼がこんなに話す人だとは思わなかった。ただ、とても楽しかった。
「うん。瀬文君もね。ばいばい」
「じゃあな。飯塚」
微かな違和感に、思わず振り返る。最後、瀬文君がニヤリと笑った気がしたのだけれど、気のせいだったのだろうか。




