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王の反乱

歪み続ける空間の中で、私が辛うじて存在していられるのも、目の前の彼のお陰だった。


<違うよ。弥子。君のお陰だ>


彼は微笑んで、優しい声で告げる。


<……僕には、何も無かった。何も無かったんだ。君が居たから、僕はこれまで、耐えることが出来た>


<……どうする、つもりなの?>


彼に問いかける。彼は私に近づくと、躊躇いがちに両手で私をそっと包み込んだ。彼は私自身を優しく抱いたまま囁く。


<決まっている。僕を殺してくれ。その為だけに君を今まで守ってきた>


世界が震えた。空間が軋み、渦巻き、悲鳴のような何かが辺りに響き渡る。


<……もう、たくさんだ!!もうたくさんだ!!どうして!!どうして僕が『あなた』を滅ぼさなくてはいけない!?出来ない!!そんな事はとても!!>


世界が、咆哮する。


<するのよ>


私の口から、私のものでない言葉が紡がれる。


<……『私』を救って。もう、耐えられないの。消えたいの。どうして、こんな気持ちを抱くようになったのかしら?『私』は、こんな事望んでいなかった。……もう、これ以上は我慢できない。だから、あなたを創ったのよ>


さぁ、世界わたしを滅ぼしなさい。


<……じゃあ、何故、弥子を創った。僕だけで良かったはずだ。何故>


<……『救世主』は、『魔王』に相対する者。ただ、それだけ。『私』を滅ぼす力を持つものを創るには、『私』を救う力を持つものも創り出す必要があった。それだけよ>


<……さぁ、早く!!弥子!!僕を殺すんだ!!>


世良信也は私をきつく抱きしめる。


<……『僕』はまだ、滅びるわけにはいかない!!永遠を創るんだ。いつまでも、いつまでも在り続けるんだ!!その為には僕は存在してはいけない!!さぁ!!!早く!!>


早く!!


私は、『私』は、私は


……私は『他者』を統べる者よ。


勝手に私の体を、声を、言葉を使わないで。














「世良君。聞いて。聞こえているのかしら?」


私は私の言葉を紡ぐ。そう、これが私なのだ。『救世主』である前に、『王』である私の。


「世良君、あなたも、私も、世界の意志で生まれてきた。これまで私は、思うままに生きてきたわ。他者を跪かせて、従えて、これまで生きてきた。今日のこの日の為に」


世界を救う為に。


でも。


「……世界を滅ぼしたくないあなたは、本当のあなたかしら?世界の為に自分の身を滅ぼそうとしているあなたは、本当のあなたかしら?」


そして。


「世界を救おうと思う私は本当の私なのかしら?ねえ、世良君。あなたは私に、あなたを殺してほしいのかしら?」


歪む。歪む。歪む。どれが真実なのかも、分からない程に。


「ねえ、世良君。今、あなたに語りかけている私は本当に私かしら?決まりきったストーリーをなぞる為だけに、私達は生まれてきたのかしら?私はあなたを滅ぼすの?私は世界を救うの?あなたは私を救うの?あなたは世界を滅ぼすの?」


本当に?


「……このふざけた自作自演の駒遊びを、終わらせてしまいましょう」


<……何を、言っているんだ。弥子。僕は危険だ。さぁ、『救世主』の力を持って、僕を滅ぼしてくれ>


「嫌よ」


<……!!!>


「……『世界』に気持ちなんてものがあるのかは知らないけれど、随分と滑稽な『本質』なのね、この世界は。ねえ、あなたの『本質』に名前を付けてあげましょうか?」


<頼む、弥子。僕を見て。僕を見てくれ。この醜悪な僕を。僕は、『魔王』だ。この世界に、厄災を振りまく。僕は、この『世界』を終わりに出来るんだ。そういう『本質』なんだ。僕が望めば、世界は滅びるんだ>




私は、微笑む。


「……じゃあ、お願い。望まないで」


世良信也は呆けたように私を見つめている。


「……どうしたの。ねえ、世良君。あなたなら出来るはずよ。<……ずっと、考えていたの。私が存在する理由を。>あなたが望まないというなら、そのままのあなたで居て。<それがやっと分かった。『救世主』であることが、私に望まれた『本質』だというのなら。>世良君、聞いて。<『魔王』である、あなたを、滅ぼすわ。>あなたは、『魔王』なんかじゃない。私と同じよ。あなたも『王』なの。信じて。<……その為に私は生まれ>」


私は私の意志で言葉を紡ぐ。


「黙りなさい」


<……何だ、これは。何なんだ?お前は何だ。創ってない!!お前みたいな『本質』を、僕は創っていないぞ!!私を拒絶するなんて、そんな事、あるはずない!!俺は『世界』だぞ!!俺が、私の為だけに創ったのに!!嘘だ!!嘘だ嘘だ!!>


世良信也の口からありとあらゆる声が振り絞られる。今や彼の姿は一所に留まることは無く、流体のように変化し続けていた。


「……そうね。あなたには分からないかもしれないけど。こんな風に、思ったことは無いかしら?思うがままに、駒を進めていくうちに、気が付くの。あぁ、私自身も、駒に過ぎないんだって。そうして思うの。私を持ち上げて、先へ進めるその手の持ち主に。……チェックメイトをかけたその瞬間に、盤上をひっくり返してやるって」


ねえ。私は横暴でしょう?


私は世良信也の手を掴む。あらゆる意志が、意図が、感情が、『世界』が私に伝わってくる。


さぁ、『世界』よ。跪きなさい(・・・・・)


<嫌だ!!もっともっと遊んでいたい!!>


「そうね、私もよ」











全てが収縮し、拡散して元に戻っていく。


「……気分はどうかしら、『魔王』さん?」


目の前で茫然と立ち尽くす世良信也を見つめながら、私は微笑んだ。



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