毒矢の決意
大屋鳥直光の動きを『抑え付ける』。だが、その表情は苦痛に歪む素振りすら見せない。
成程、やはりただの人間では無いらしい。
「……へえ、やっぱ凄いな。動けない。どうやっているんだ?」
場違いに気さくな声をかけてはくるが、目は笑っていない。注意深くこちらの隙を伺っている。
やはり、この男は危険だ。野放しには出来ない。『王』に近づいた目的は不明なまま、まずは様子を見るようにと、『王』は望まれていた。
けれど、私には分かる。この男は『王』では、無い。体中から淀んだ空気を滲ませ、触れる先から全てを『腐らせ、病ませ、侵していく』この男が、『王』と同じ存在であるはずが無い。
「……あなたが一体何なのか。『王』は大変知りたがっていました。『王』のお言葉は絶対ですが……」
私はより深く大屋鳥直光を『抑え付けた』。
「……『王』をお守りすることは、更に優先されます」
みしみしと耳触りな音が響く。
潰れてしまえ。
躊躇なく大屋鳥直光に向けられた私の『本質』は、けれどついに彼に届くことは無かった。
「おいおい、正気かよ岡本。死ぬぞ」
いつの間にか保健室に入ってきた相沢勇が、へらへらと軽薄な笑みを浮かべる。
「……相沢、なぜ止める?」
私が相沢を睨みつけると、彼はへらりとまた笑い、ひょこひょこと妙なステップを刻みながらこちらに近づいてくる。
「それはこっちのセリフだっつーの!!なーんでこんなことになってんの?」
大屋鳥直光も呆気にとられているようだった。『抑え付けられていた』はずの体が、相沢の登場によって一瞬で自由になったからだろう。動ける状態のはずだが、微動だにしない。
「あのさ、『王様』言ってただろ!?まずは様子見だって!!誰が真正面から接触しろって言ったよ!!」
「……野放しにしておくには危険だと判断した」
「バッカ!!ほんとバッカ!!『王様』がわざわざ新しい『従者』作ってまで遊ぼうとしたのに、何でお前そんな空気読めないの?『王様』が危ないわけないじゃん!!あの人のお遊びの一環だよ、こいつの監視なんて!!少しずつ駒進めながら盤石の上で転がすだけ転がすお遊び!それを、しょっぱなから正体晒して。『王様』の楽しみ奪うなよなー、お前!!」
あらん限りの『重圧』で相沢を抑えつける。殺すつもりでやった。だがその力は一欠けらも届くことは無い。
「あっぶねーなバカ!!お前もいい加減『王様』に変に幻想抱くのやめたら?あの子、年相応のただの女の子だって。ただ、あり得ない力持って思い切り歪んじゃっただけでさぁ。
『従える』のも目の届く範囲の人間だし、『屈服』なんてまずさせないし。ガチで洒落にならない『裏返り』は絶対させないだろ?全てを支配する気なんて、あの子にはねーよ」
「……『王』を、侮辱するな」
「……はぁ、もういいよ。分からず屋。……まぁ、そういうことだからさ。何が目的かはしんないけど、もう『王様』にちょっかい出さないでよ。『俺ら』はまぁ、第二の人生ラッキー位に思ってひっそりやらせてもらうからさ。な、大屋鳥」
相沢の言葉は大屋鳥直光を意識して発せられた言葉のようだった。それでもあまりにも耐えがたい言葉の数々に私は思わず相沢に掴みかかっていたが、気が付けば元の位置に佇み、全身を燃やした怒りは、すでに冷めている。気に喰わない、相沢の『本質』だった。
「……くっ」
「?」
「……あはははははははははははははは!!!!!!!!!!」
笑っている。体を折り曲げ、これ以上は無いというように、大屋鳥直光は笑っていた。そこにはっきりと込められている、「可笑しくて仕方がない」という感情に、私は非常に苛立った。それは相沢も同じだったようだ。
「……あ?何だよ、何が可笑しい?」
「……ははは!!そういうことか!!」
「……何だぁ?」
ぶつぶつと何かを呟いていた大屋鳥直光は、耳障りな笑い声をピタリと止めると、
「やっと分かった。どうしてこんな回りくどい方法を取るのか。言うに事欠いてゲームとはね!!そんな彼女のゲームに俺たちは振り回されてるわけだ!!」
一瞬で膨れ上がった大屋鳥直光の存在に、私も相沢も虚を突かれ、微動だに出来なかった。
それははっきりとした憎悪だ。心の底から、大屋鳥直光が『王』に対して敵意を向けたことが分かった。だが、それは一瞬のことで、大屋鳥直光はすぐさま別の感情を抱いたようだった。
「何て言えばいいんだろう?本当に酷い話で、俺は彼女を許せそうにないけど、やっぱり、どうしようもなく憎んでしまうけれど」
俺は彼女を嫌いになれそうには無いかな。
大屋鳥直光は小さく呟いた。その表情はとても脆く、今にも泣きだしそうなものだった。
「ありがとう、相沢に岡本。俺の方針は、間違ってなかったよ」
「……方針……?」
「……お前……」
何時の間に?
私も、相沢もそれだけを考えたに違いない。
いつの間にか私と相沢の間に立っていた大屋鳥直光は、親しい友人のように私と相沢の肩を組んで微笑んでいた。
「瀬名さんに、ちょっかい出すってこと」
大屋鳥直光の手が、私と相沢の肩に触れる。
これから放たれるであろう圧倒的な悪意を前にして、ようやく私と相沢は、自らが仕出かした取り返しの付かない過ちに気付いた。




