8 異国の詩
とある日の特別閲覧室。この日も、放課後は自然と集まって、何を話すわけでもなくそばにいる。
窓の外では夕陽が落ちかけ、部屋の中は柔らかな橙色に染まっていた。
アルベルトとエミリアは本に今日も夢中で、静けさが辺りを包んでいる。
そんな中、景綱が開いていた本をゆっくりと閉じ、ふいに口を開いた。
――低く、澄んだ声。
耳慣れない響きが、詩のようにゆるやかに紡がれる。
言葉の意味はわからない。だが、切なく胸を震わせる旋律のようだった。
エレオノーラは思わず鉛筆を止め、彼の横顔を見つめる。
白髪は夕陽に淡く透け、赤い瞳は真剣に詩の一節を追っている。
「……それ、どこの言葉?」
小さな声で尋ねると、景綱は少し照れたように視線を落とした。
「私の国の、詩。……“春を待つ心”」
「春を、待つ心……」
エレオノーラはその響きを反芻する。
「意味は全部わからないけれど、とても……綺麗だった」
彼の瞳がふっと和らぐ。
「綺麗、と……言ってくれる。嬉しい」
エレオノーラは胸が熱くなるのを感じながら、そっとスケッチブックの余白にその言葉を書き記した。――“春を待つ心”。
アルベルトとエミリアは顔を上げ、にやにやしながら視線を交わしている。
けれどふたりが何も言わなかったのは、きっと気を利かせてくれたからだろう。
夕陽が沈みゆく図書室に、静寂だけが残った。
――こんな日々が、淡々と続いていく。
放課後は本を開き、絵を描き、時に詩を口ずさむ。
エレオノーラの頬が赤くなるたびに、アルベルトとエミリアがにやにやと視線を交わす。
特別なことはない、けれどかけがえのない時間。




