37 番外編 E.A.Valeの誕生秘話
これは物語より少し前のお話。
リリエンタール侯爵――彼は筋金入りの親バカであった。
愛娘が「絵を描くのが好き」と言い出したその日から、侯爵邸には次々と絵画の家庭教師が呼ばれた。十人近くも。
その中で娘エレオノーラの性格や作風に合う教師だけが残り、指導を続けた結果、彼女の絵はみるみる上達した。才能があったのだ。
侯爵はさらに徹底していた。いついかなる時でも、ジャケットの内ポケットには娘の描いた絵を忍ばせている。
本人も知らぬうちに、その絵のいくつかは王弟エドワードの離宮にまで飾られていたという。もし娘が知ったら卒倒するに違いない。
◇◇◇
ちょうど時代は改革のただ中。国王コンスタンティンの手腕により、産業は目覚ましく発展していた。
印刷業界も例外ではない。輪転印刷機の導入によって、挿絵入り新聞がかつてない速度と規模で大衆に広まったのである。
この潮流を逃すはずがない。リリエンタール侯爵は自ら新聞社に乗り込み、娘の絵を売り込んだ。
――いや、もはや権力の名の下に「載せさせた」と言うべきだろう。職権濫用も甚だしい。
しかし、エレオノーラの絵は偶然にも新技術に適していた。宗教画のように緻密すぎず、はっきりとした線で構成される画風は、原画から彫り師が木口木版に彫り起こすのに打ってつけだったのである。
さらに、この親バカの父は、実は公安の人間である。いくらでも取材先に顔が利いた。娘を頻繁に現場へ連れ歩き、スケッチを取らせ、挿絵に適した絵を描ける環境を存分に整えたのである。
数日後、その絵が新聞に掲載されると、人々は驚き、熱狂した。
「読む」だけでなく「見る」楽しみを紙面が与えるなど、これまでになかった経験だったからだ。
◇◇◇
こうして――ほとんど侯爵の尽力により――E.A.Valeの名は世に広まった。
当の本人はまだ親の庇護のもと、ただ好きなように筆を走らせていただけだったが。
やがて彼女は、自らの足で立ち、時代の象徴と呼ばれるようになる。
それまでには、もう少しの時間が必要だった。




