20 守られし静寂
空気の澄んだ秋の午後。学園の庭園にある噴水の縁に腰を下ろし、エレオノーラはスケッチブックを広げていた。
噴水に集まる小鳥たちを見つめ、さらさらと線を重ねていく。
背後から忍び寄る影。
「ちょっと押してやろうぜ」――ひそひそ声が背中に迫ったその瞬間。
ひゅ、と風を切る音。
景綱の護衛が無言でその手首を掴み、冷たい視線を落とした。
少年たちは蒼白になって逃げ去る。
遠目にいた景綱は、ほんのわずかに赤い瞳を細める。
久蔵と視線を交わし、短く頷き合った。
◇◇◇
別の日、渡り廊下を歩くエレオノーラの足元に、不意に棒が滑り込む。
転ばせようとしたのだと気づいたのは、双子の妹たちの方だった。
「お姉様ぁ!」
セレナとカミラが全力で駆け寄り、強引にエレオノーラの腕を取って令息たちから距離をとらせる。
エレオノーラは「あら、貴女たちも移動教室なの?」と微笑むだけで、状況を深く考えもしなかったが、令息たちは双子の鋭い視線に肩をすくめて退散した。
◇◇◇
さらに別の日。
教室の隅で、数人の令息がこそこそと悪口を囁き合っていた。
「傷物の令嬢が……」
「女のくせに画を……」
その背後に、ふと影が落ちる。
アルベルト王太子とエミリア公爵令嬢が並んで立っていた。
「……楽しいか?」
王太子の低い声が響く。
「ごきげんよう。お行儀が悪いですわね」
エミリアの笑顔は冷たく、令息たちは声を失った。
◇◇◇
エレオノーラはそんなことなど知らず、黙々とスケッチに打ち込んでいた。
侯国で売るための題材を探し、絵の可能性を考え続けている。
周囲の者たちは、それぞれの仕方で彼女を守っていた。
彼女自身は気づかないまま――けれど、その静かな守りこそが、彼女の創作を支える揺るぎない土台になっていた。
少し離れた場所でその姿を見つめていた景綱は、ほんのわずかに唇を緩める。
夢中で描く君は、誰よりも美しい――言葉にはせず、心の中でそう呟きながら。




