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お見合い相手は美人なのに全然ときめかない

 


 シャルルティーユは無理やり笑顔をつくり、目の前の令嬢に向けた。



 今シャルルティーユの目の前にいるのは、見合い相手であるエミリア・リーガン公爵令嬢だ。


 エミリアはその美しい水色の瞳を潤ませ頬を染めて、シャルルティーユを見つめている。そういった女性からの反応は初めてのことではなかったため、シャルルティーユは心穏やかにその様子を見守っていた。


 断れずに会ってみたエミリアは、高位の令嬢だというのに傲慢なところなど微塵も見当たらない、美しいのにとても人の良さそうな令嬢だった。


(結局、相手側にさっさと会う日取りを決められちゃったんだよね)



 ――エミリア・リーガン公爵令嬢。


 事前にガスパールが――何故ガスパールだったのかはわからない――仕入れた情報によると、艶やかな栗色の髪に水色の瞳の麗しい、才色兼備のリーガン公爵ご自慢の令嬢らしかった。


 うっとりと頬を染めてシャルルティーユを見つめるその姿は確かに可憐で美しい。しかしシャルルティーユの心には些かも響かなかった。


(綺麗なもの、美しいものは好きなんだけどな……まあ、見ている分には眼福だけど)


「あの……シャルル様はあまり社交界へは顔をお見せになりませんが……何か理由が?」


「ああ、それは……。恥ずかしながら、私はあまり身体が強くはないのです」


「まあ……それは、大変ですわね。どうかご自愛なさって」


 本当に心配している様子のエミリアに、シャルルティーユの心は罪悪感に疼いた。


 あまり社交界に出るわけにはいかないシャルルティーユは、人から事情を聴かれた際には身体が弱いからだということにしていたのだが、しかしそれは同時にシャルルティーユ自身の価値を下げる原因にもなりえてしまう。


 病弱であるということは、下手をすれば跡取りを作る前に死なれてしまう懸念があるということでもある。そしてその病弱さが子に遺伝しないとも限らない。


 だからこそ、あまり表立って吹聴しないようには気を付けていたのだ。その嘘の事情を話すのは、相手から聴かれた時だけだった。


 先ほどのシャルルティーユは、その言葉をリーガン公爵家がシャルルティーユを諦める理由になれば良いとの打算から放った。しかしこのエミリアの様子ではそんなことにはあまり関心がないようだ。


(病弱な男に嫁いだとして、公爵家の後ろ盾があれば何とでもやっていけるしね。跡継ぎだって公爵家筋から養子を取れば、ゆるやかな乗っ取りの完了だ。いや……さすがに穿ち過ぎか)


 リーガン公爵がどう考えているかはわからないが、少なくとも目の前にいるこのご令嬢がそのようなことを考えているとは思えない。


「あの……では、今日ももしかしてご無理をさせてしまったのでは……」


 眉を下げたエミリアに、シャルルティーユは慌てて否定した。


「いいえ! 無理をしなければ、どうということはないのです。女性とお茶をするくらいなんともありません」


 そうシャルルティーユが言えば、エミリアはほっとしたように笑った。


(高位貴族にしては心根の綺麗な令嬢……ってガスパールも言っていたっけ)


 高位貴族にしては……というガスパールのその意見は多分に偏見も入っているような気がしないでもなかったが、エミリアの心根が良いということは確かなようだった。


(でも……響かないんだよな)


 シャルルティーユは美しいもの、可愛らしいものが大好きだ。けれどエミリアには何故か心を動かされなかった。


 エミリアの美しさは相当なものだ。真っすぐな栗色の髪は光を反射して輝いているし、水色の瞳は湖面のように潤み艶めいている。そして整ったその造形は、完成された美術品と称してもまだ足りないほどだ。


(本来なら……かなりの良縁なんだろうな。美しくて優しい、力のある公爵家のお嬢様)


 けれど、エミリア自身からはとても控えめな印象を受けた。


 今日着ている瞳と同じ色の薄い水色の服も、質素と言っても良いくらい簡素なデザインだったが、それがまたエミリアの清楚な美貌にはとても良く似合っている。


 装飾の控えめな、けれど可愛らしいドレスだった。


(ん? ……あれ?)


 エミリアのドレスをじっと見つめていると、何かがシャルルティーユの記憶に引っ掛かった。



 ――涙で濡れた、水色の大きな瞳。



 ――薄い水色のドレスに広がる、赤いシミ。



 その映像に導かれるように、シャルルティーユはこのドレスを見たことがあったこと、そしてエミリア自身を見たことがあったことを思い出した。


(何で……どこでだ? 私はあまり領地の外へは出ないし、リーガン公爵領へだって行ったことはない。会うとしたら……)


 そこまで考えた時、シャルルティーユの記憶が唐突に蘇ってきた。


「……もしかして」


 シャルルティーユのその言葉に、エミリアが僅かに頬を染め、何かを期待するかのように瞳を輝かせた。


 その様を見たシャルルティーユは、今度こそはっきりとエミリアに出会った時のことを思い出した。


「……エミリア嬢。あなたはもしや十五の集いで泣いていたご令嬢ですか?」


 シャルルティーユのその言葉を聞いたエミリアの瞳が一層輝く様を見て、シャルルティーユの脳裏に、庭の片隅で一人泣いていた令嬢の姿が思い浮かんで来た。



 ***



 極端に表へ出ることの少ないシャルルティーユだったが、十五の集いを欠席するわけにはいかない。欠席できないこともなかったが、それでは侯爵家の一人息子としての評判に関わることになる。


 その日も集いの二日前には、ローズに見送られたシャルルティーユは、両親とともに王都へと旅立っていた。十の集いの時とは異なり、十五の集いに参加するのは子どもたちだけだったので、両親はそのあいだ王都観光をすることになっていた。


 滅多に表舞台に出てくることのないシャルルティーユは、すぐに注目の的となった。


 大勢の視線が絡みつくように向けられ、あっという間にシャルルティーユの周囲には人だかりが出来た。目の色を変えてシャルルティーユに自分を売り込んでくる令嬢たちに、かなり辟易したことを覚えている。


 集いの開始からずっとそんな調子だったので、シャルルティーユはすぐに精神的に疲れ果ててしまったのだ。


 群がる令嬢たちをいなし、シャルルティーユは庭へとでた。もういっそ集いが終わるその時まで庭で過ごそうかと思案していると、どこからか女性の泣き声が聞こえてきたのだ。


 声を殺そうとしてそれに失敗しているような、なんとも放っておけない様子だったものだから、シャルルティーユの脚は自然とその泣き声のする方へと向いていた。


 泣き声に辿り着いたのにその姿が見えないのでおかしいと思っていると、足元の茂みからゴソリと音がした。見れば一人の令嬢が、木の茂みでかがみこむようにして泣いていたのだ。


「……君、大丈夫?」


 シャルルティーユが声をかけると、その女性は驚いたように顔を上げた。長い睫毛には涙の珠がいくつもついており、見開かれた薄い水色の瞳が、水面そのもののように揺らいでいた。


 そしてよくよく見てみれば、瞳と同色のドレスの前側に、赤紫色のシミが出来ている。


(ワインを零してしまって、泣いていたのかな? んー、でもそれだけでこんなに泣くかな? たとえ自分のドジを恥じていたとしてもさ)


 令嬢のドレスは簡素なものだったが、かなり質のよい布を使っているように思えた。身に着けている装飾品に使われている宝石も、おそらく高価なものだ。きっとそこそこ以上に良い家のご令嬢に違いない。そんなご令嬢が自らの失態でワインをドレスに零したくらいで、ここまで泣いたりはしないだろう。侍女に言えば済むことなのだから。


(もしかして……誰かにかけられた?)


 ガスパールが以前言っていたのだが、令嬢の中には自分の気に入らない令嬢に手が滑った振りをしてワインをかける不届き者がいるらしいと聞いたことがあった。


 何故ガスパールがそんなことを知っているのか疑問ではあったが、そんな思いもかけない情報を知っているのがガスパールという男なのだ。


「侍女は待合室にいる?」


「え……、は、っはい」


 いるという令嬢の答えを受けたシャルルティーユは、庭の端に待機していた衛兵を手を上げて呼び寄せた。そして泣いていた令嬢の侍女を呼びに行ってもらい、同時に帰りの馬車の用意をするように伝えた。


「君の侍女が来たら馬車まで送るよ」


「え? でも……」


「気にしないで。あと……そのドレスのことも気にしないで欲しいな。自分で零したにしても、違うにしても。結果としてはただドレスにワインがかかっただけだよ。自分でかけたのなら次から気を付ければいいし、もし違うなら君は何一つ悪くない」


「……」


 令嬢はシャルルティーユに何も言葉を返さなかったけれど、流れ続けていた涙がそれでピタリと止んだのでそれで良しとした。


 シャルルティーユはこの令嬢を馬車まで送るという名目で、自分もさっさとこの会場から去ろうという魂胆だった。


(王族への挨拶も済ませたし、もういいよね)


 やがて衛兵に連れられてやってきた侍女と令嬢ともに、シャルルティーユは十五の集いの会場をあとにした。


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