そろそろ来る頃だと思ってた
「え! お見合い⁉」
母ベリータからもたらされた話は、シャルルティーユを驚愕させた。
十八のこの歳まで、終ぞ両親から見合いという言葉を聞いたことがなかったからだ。しかし十八ともなればすでに結婚をしている者もいる年齢だ。普通なら両親から見合い話が出ることは何らおかしなことではない。だが――。
「あの、それで……それって……どっちですか?」
女性と男性、どちらなのか。
シャルルティーユがそう聞いてしまうのも無理はなかった。いずれシャルルティーユを女性に戻すことを目標としている両親だ。そう考えれば女性との見合い話を持ってくることはないようにも思える。
しかしいかんせん、世間から見たシャルルティーユは立派な男性だ。周囲からシャルルティーユに見合いが持ち込まれるとするならば、相手は女性に限られる。そもそも、いつか戻ることを見越して男性と見合いをすることなど普通は出来はしない。
だがもしかしたら、という思いも否定しきれなかったのだ。
そんなシャルルティーユの疑問を正確に理解したベリータは、頬に片手をあて、大仰な溜息を零した。
「女性よ」
ベリータの答えを聞いたシャルルティーユは思いのほか衝撃を受け、衝撃を受けた自分に驚いた。
ついに両親もシャルルティーユを元に戻すことを諦めたのかと思えば、シャルルティーユはわずかな安堵と、少なくない落胆を同時に感じていた。
(……やっぱ、もう二度と戻れないとなると少し悲しいかも)
女性だった時はまだ十歳の子どもだったシャルルティーユだ。その頃の子どもなど、男性女性の身体の差異など大したものではない。
けれどやはり生まれ持った身体を永久に失うとなれば、寂しいという思いが湧き上がってくる。
だが、すぐにシャルルティーユは母がそのような意図で見合い話を持って来たのではないことに気が付いた。シャルルティーユの対面に座る母には、少々どころではない疲れが見て取れたからだ。
と言うことは、おそらくこの話は母の、そして父の本意ではないということだろうと。
(でもまあ。母様や父様の本意であろうとなかろうと、そろそろ限界かなとは思ってたんだよね)
シャルルティーユもいつかはこんな話を聞くことになるだろうことは、ある程度覚悟していた。
男性になってからのシャルルティーユが公に姿を見せたのは十五の集いの時の一度だけとはいえ、シャルルティーユの輝くような美貌はその一日だけで社交界に知れ渡ってしまった。
悪い噂も相変わらず流れていたが、それは多分にやっかみが込められたものだった。
十五の集いからしばらくは、シャルルティーユを婚約者にという文が絶えなかった。もちろん、それは令嬢自身からではなくその父親からのものだけれど、シャルルティーユが令嬢たちに人気があることは事実だった。
(まあ、外見だけはいいからな、私は)
シャルルティーユ本人にしてみれば自分ほど中途半端な存在はいないと思うのだが、内情を知らない者にとってみれば、侯爵家の跡取りで美貌のシャルルティーユは優良物件なのだ。
「お見合いを持って来た家は、どこの家?」
「リーガン公爵家よ」
「リーガン公爵家……ってリーガン公爵家⁉」
リーガン公爵家といえば、この国屈指の名門だ。そんなところからの見合い話など、実質はすでに婚約が整ったも同然である。
(母様が疲れている理由がわかったよ……)
「断ることは……」
相手が女性であっても男性であっても、結婚するとなればシャルルティーユの秘密を打ち明けないわけにはいかないし、もし打ち明けた末に相手に断られた場合、シャルルティーユの秘密が公然のものとなってしまう恐れもある。
最悪な場合こちらの話をまったくの嘘と決めつけ、誠意なし、あるいは妄想に取りつかれているなどと思われる危険性もあった。
ちなみに、シャルルティーユも両親も、シャルルティーユの結婚相手に嘘を吐き通すことは考えていない。なぜなら、もし白き魔女が見つかった際に配偶者に秘密を打ち明けていない場合、かなりややこしい事態になってしまうからだ。
(私がもう女性に戻らないと心を決めてしまえば済む話なのかも知れないけれど……もしこの呪いが期間限定だった場合が厄介なんだ)
生涯このままなのか、あるいは、いずれ勝手に元の身体に戻るのか。それすらわからないのだから、当然、取り得る選択肢も狭まって来る。
それならば最初から秘密を打ち明けて、理解ある相手と結婚した方が良い。
だが今回の見合い相手は権力のあるリーガン公爵家。
娘の夫がいつか女性に戻ってしまうかも知れぬと知った時、それを受け入れてくれるか否かは難しいところだろう。
すべてにおいてアーガスティン侯爵家よりも上のリーガン公爵家には、そこまで譲歩する理由がないからだ。
なぜアーガスティン侯爵家に見合い話が来たのかは謎だったが、本来なら同じ侯爵家だとしても、もっと力のある、それこそリーガン公爵家の派閥に属する家へ話がいっていたとしてもおかしくはないのだ。むしろそれが普通だろう。
(本当、なんでうちなんだろ……。特に旨味があるとは思えないんだけど……)
できればリーガン公爵家を敵に回すことは避けたいのだが、日和ってしまえば縁談を受けざるを得なくなり、そうなれば秘密を明らかにしなくてはならなくなる。だがその場合は、白紙に戻される確率が高い。そして――。
(嘘をついて、もしバレた時のことを考えると怖すぎる……)
もしこの見合いが締結してしまった場合、下手をしたらシャルルティーユは元に戻れる可能性を完全に手放さなければならなくなる。
そしてもし、シャルルティーユの意思とは関係なく元の身体に戻ってしまった場合、この婚姻が契約不履行とされ、多大な慰謝料を払わされる恐れもあるのだ。
(うわ……終わった。いろいろ終わった)
「……ヨルクが色々と頑張ったけれど、無理だったわ。せめて顔合わせだけでもって押し切られてしまって」
(……だよね)
アーガスティン家は侯爵家だが、貴族社会においてそこまで力を持ってはいない。反対に、王家を除けば貴族社会で一番力を持っているのがリーガン公爵家だ。
(表立って無理強いはしないだろうけど、断ったらきっと父様の立場が悪くなるな……てか断れないか)
「ごめんなさい、シャル。護ってあげられなくて――」
瞳に涙をためて謝る母を見て、シャルルティーユの心は痛んだ。そして両親はまだシャルルティーユを元に戻すことを諦めていないのだと思い、心が温かくなった。
シャルルティーユは母の方へと身体を乗り出し、その固く握られた両の拳を己の手で包み込んだ。
「……母様は悪くない。その気持ちだけで十分だよ」
――白き魔女の呪いは運命へと導く。
だからこれはどうしようもないことなのだと己に言い聞かせ、シャルルティーユは微笑んだ。
「でも……」
「良いんだよ、母様。いつか元に戻るにしても、そろそろ身の振り方を真剣に考えなければならない時期に来ていたんだ」
シャルルティーユが元の身体に戻れるにしても戻れないにしても、アーガスティンの跡取り問題は考えておかなければならないことなのだから。
「ねえ母様。一族の子の一人に跡取り教育をさせているんでしょ?」
シャルルティーユの言葉に、ベリータはハッとしたように俯けていた顔をあげたかと思えば、すぐに眉を下げシャルルティーユを見つめてきた。
「良いんだ。当たり前のことだよ。私には兄弟姉妹がいない。もしものことがあった時の代わりは、ちゃんと考えておかなくちゃ」
「シャル……」
見る間にベリータの瞳にまた涙が溢れてくる。
「ね、母様。父様と一緒に考えよう?」
これからのアーガスティン家のことを――。
微笑みとともにシャルルティーユが紡いだ言葉に、ベリータは泣きながら頷いた。
今日の投稿はこれで終了です。




