選択肢B2 後悔はしていない。だって君が隣にいてくれるから
その若者は煌めく金糸の如き髪と紺碧の瞳を持ち、類まれなる美貌を持っていた。
そして若者の隣に立つのは、白金色の髪と鮮やかな翠の瞳を持つ、これまた美しい女性。若者がその女性を見つめる眼差しは優しく、瞳は熱く蕩けていた。
「ローズ……すごく綺麗だ」
「……シャル。前を見て」
珍しくも着飾ったローズに見蕩れていたシャルルティーユは、小さく零されたローズの言葉で今が王と王妃との謁見中であることを思い出し、一瞬にして赤らめていた顔色を蒼褪めさせた。
「ほっ、ほっ、ほっ。まあ、わたくしのアンブローズは美しいもの、仕方ないわねえ? あなた」
王妃がそう言えば、隣に座っていた王も満足げに「そうよな、そうよな」と頷いている。その二人の様子を見たローズの目が即座に据わる様を、シャルルティーユは焦りと驚きを持って見つめていた。
(なんか……両陛下が思っていた感じと違う……。あとローズのお二人に対する態度も……)
十の集いの時も、十五の集いの時も。両陛下はもっと厳格な様子だったとシャルルティーユは記憶していた。これが臣下に見せる態度と家族に見せる態度の違いなのだろうか。
「……母上。息子に対してその言い方はいかがでしょうか」
「あら、息子? 娘の間違いでしょ? 貴女が女性になってからもう八年よ? いい加減諦めなさいな。初恋の相手とも結ばれたんだし、いいじゃない。本当、奇跡よね。シャルルさんに感謝なさいな」
いいじゃない、と言われたローズが一瞬怒気を放ったことに気付き慌てたシャルルティーユだったが、その後何故かすぐに顔色を悪くしたローズを見て、今度は眉を顰めた。
(ローズ……?)
僅かに下向いたローズの表情が、暗く陰ったような気がしたのだ。
結局、その後はずっとローズがどこか上の空だったこともあり、両陛下への謁見はすぐに終了することになった。
***
謁見を終えたあと、シャルルティーユとローズは二人のために用意された客間へと戻っていた。
アーガスティン侯爵邸よりも各段に質のよいソファに座り、シャルルティーユは用意されていたお茶に手を伸ばす。
「なんか……意外にローズの呪いのこと気にしていないんだね、お二人とも。勝手にもっと悲壮な感じかと思っていたんだけど……」
少なくとも、シャルルティーユの両親はシャルルティーユにかけられた呪いについて、もっと深刻に受け止めていた。
(いや、両陛下の態度が駄目ってわけじゃないけど……。何か思っていたのと違う)
シャルルティーユが両陛下に対する複雑な想いを口にすれば、同じようにシャルルティーユの正面に座ってお茶を飲んでいたローズが「そうだね」と相槌を打った。
「母上は父上の従妹で、王家の呪いについても慣れているんだ。それに……母上の父――私の祖父が、私の前に呪いが発現した方だからね」
「え、そうなの⁉ 思っていたよりも呪いが発現する頻度が高いね⁉」
数代毎とは言っていたが、それでいくと今度は今の王太子、ローズの兄の孫の代にはまた呪いが発現する者が出ることになる。
「それじゃ、白き魔女も結構大変だったんじゃない? 身内のしりぬぐいだとしても……」
毎回呪いが発現した者の運命の相手を調べて呪いをかけるのでは、効率が悪すぎる。しかも相手に断られることもあるというのだから、なおさらだ。
「……それに、呪いが発現するのは、己の性を意識した時って言っていたよね。もし呪いにかけられた人の初恋がもっと遅かったら……ううん、恋じゃなくても己の性を自覚するのがもっと遅かったら、それはかなりの衝撃になっただろうね」
「……そうだね。私だって、身体がもっと成長してからだったら、いくらシャルを愛していたとしても、今の結果を受け入れられていたかわからない。そしてたとえそうでもどうしようもないのだろうね。それが呪いなんだから」
そこまで話したローズが、急に両陛下への謁見の時のように表情を曇らせてしまった。そんなローズに、シャルルティーユは問いかけた。
「……ローズ。もしかして、やっぱり私じゃ不満だった? それとも、女性に戻った方が良かった?」
シャルルティーユの言葉を聞いた直後、ローズが勢いをつけて否定した。
「そんなこと……! あるわけない! なんでそんなこと……⁉」
「うん……。なんだか、悩んでいるようだったから……」
ローズが一瞬だけ目を見開いたと思ったら、またすぐに消沈した様子を見せた。
そして弱弱しい声で話し出した。
「シャル……私はきっと自信がないんだ。君に元の性別を捨てさせた自分が、心のどこかで許せていない。母上に、初恋の相手と結ばれて奇跡的だと、シャルに感謝しろと言われた時、思ってしまったんだ。もしかして、シャルは私に同情して男性として生きることを選んでくれたんじゃないかって……」
(……そんなこと思っていたのか。ローズの優しさと立場からしたら仕方ないにしても……)
涙ぐんでいるローズを見たシャルルティーユの心が締め付けられたが、しかし心とは裏腹に、シャルルティーユの口からは小さな笑いが零れた。
最近のローズは以前のローズよりも感情が不安定だ。まるで以前の自分を見ている気分になる時がある。
(最近ではローズの方が、泣き虫だ)
笑いを零したシャルルティーユに、ローズが怪訝そうに眉を顰める。
「シャル?」
「ねえ、ローズ。あれだけ君に盛大な告白をした私に対して、そういうこと言うの? それを言うなら、私だって……。私はローズと結婚したかったから男性でいることを選んだけど、もしかたらローズは結婚できなくても私が女性に戻ることを望んでいたんじゃないかって、いや、そもそも私との結婚自体、ローズは別に望んでいたわけではないのかもしれないって、そう思ってしまうよ」
シャルルティーユの告白に、ローズが大きく目を見開いた。
「違う! そんな……そんなこと……私だってシャルとずっと一緒にいたかったんだ!」
ローズのその必死な様子に、シャルルティーユの頬が緩んだ。
「うん、ありがとう。それにさ、そもそも性別ってそんなに重要かな? もちろん、ないがしろにしていいものじゃないし、どうしても男性でいたい、女性でいたいという気持ちがあるなら、それを否定したりはしないよ。でも私は違った。私はそうじゃなかった。私は今のこの身体に満足しているよ。私のこの身体は健康で、女性より太い指だけど、今だって大好きな刺繍をすることが出来る。それに――」
シャルルティーユは嫋やかなローズの手を取った。
「ローズのこの白く、美しい手。この手でも剣は握れるし、私よりよほど強い。まあ、お互い逆の性別の方が、生きて行く上では上手くいったのかもしれないけど……それでも、私は自分の選択に後悔なんて少しもしていないよ。だって君がこうして隣にいてくれるんだから」
本当に、生まれ持った身体を失った寂しさはあるけれど、後悔だけは微塵も感じないのだ。
「……シャル」
「ローズ。私は今、とても幸せだよ。君が隣にいてくれるなら、これから先もずっと幸せだ。だから、この話はこれでもうお終い。いいよね?」
シャルルティーユはが少し強めに言ってみれば、ローズが気まずそうに視線を逸らした。しかしよくよく見ればその頬は少し赤くなっている。
「……シャルは変わった」
「それ、良い意味だよね? だとしたらローズのお陰だね。私はローズの真似してるだけだから」
シャルルティーユの中では、一番可愛い人も、一番格好いい人もローズなのだ。
シャルルティーユの言葉を受けて、ローズの頬がますます赤くなる。
その様子を見たシャルルティーユは、目の前にある幸福に心から感謝した。
Fin.




