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君を護れて良かった

 


「おい! さっさと出てこい! バレてんぞ!」


 あまりにも直球なガスパールの言葉に、シャルルティーユは慌てつつも唖然とした。


「……ちょ、ガスパール! それで出てくると思ってるのか⁉」


「出てきますよ。相手も仕事を遂行しなければ、引くに引けないでしょうからね」


「え?」


 ガスパールのある程度察しがついているような言い方に、シャルルティーユは眉を顰めた。ガスパールにどういうことか聞こうと思った矢先、木々の影から数人の男たちが姿を現わした。


 全員すでに手に武器を持っている。


 それを認めた瞬間、シャルルティーユも腰に下げていた剣を引き抜いていた。


「俺が相手をしますんで、坊ちゃんにはローズ殿をお任せします」


「……わかった」


 ローズの方がシャルルティーユよりも強いとはいえ、このような場面でただローズに護られるほど、シャルルティーユも落ちぶれてはいない。そのためのガスパールの指導なのだ。


 だというのに、当のローズの放った言葉はシャルルティーユを複雑な気持ちにさせるには十分なものだった。


「シャル。私のことは気にしないで、いざとなったら逃げて」


「……逃げない」


(そりゃ、確かにローズより弱いけどさ……!)


「シャル!」


「逃げられるわけないだろ! ローズを残してなんて、絶対、無理だ!」


 しかし、ローズはそれ以上シャルルティーユを諭そうとはしなかった。そう言っている間にも、襲撃者たちの数が増えたからだ。


「……増えた。どういうことだよ、まったく」


 こんなにうちの領地は治安が悪かったのだろうかとシャルルティーユが訝しんでいると、ローズが一つ舌打ちをしてから、剣を構えた。


「シャル。人数が多い。きっとガスパールも捌ききれないだろうから、覚悟して」


「わかった!」


 勢いよく返事をしたものの、実戦経験のないシャルルティーユは、実は今にも心臓が口から飛び出しそうなほどの恐怖を味わっていた。


 けれどローズとガスパールを失うことよりは怖くない。だてにガスパールに鍛えられていないのだと、シャルルティーユは襲い掛かって来る男たちに向かい、ローズ同様剣を構えた。



***



 おそらく、襲撃者たちはただの賊ではなかった。


 ローズやガスパールは健闘どころか相手を押しているようだったが、シャルルティーユでは受け流すだけで精一杯だった。


 けれど、大丈夫だとはわかっていても、自然、シャルルティーユの意識はローズに向いてしまう。


 男がシャルルティーユの剣を避けるために一度離れた一瞬を狙って、シャルルティーユはちらとローズの姿を盗み見た。それが油断だとはわかっていても、ローズを心配する気持ちはどうしようもなかったのだ。


 だが、結局のところ、その時のシャルルティーユの行動は正解だった。なぜなら、木陰に潜んでいた襲撃者の一人が、ローズに向けてナイフを定めている姿を、見つけることが出来たからだ。


 そのことに気付いたシャルルティーユは、敵が剣を振りかざした隙を狙い、ローズの元へと走った。


「ローズ!」


 シャルルティーユの声に気付いたローズが、一瞬、シャルルティーユの方を振り返った。しかしその時にはすでにシャルルティーユはローズに覆いかぶさるようにして、ローズに向かって投げられたナイフをその背で受けていた。


「ぐう……」


 投げられたナイフはシャルルティーユの肩に突き刺さった。ローズがシャルルティーユの名を叫び視線を奪われている間に、もう一人の男がローズに襲い掛かっている。


「ローズ! 後ろ!」


 何とか敵の存在をローズに知らせれば、崩れ落ちるシャルルティーユの目に、ローズがその男を鮮やかに撃退する姿が映った。力任せに振り下ろされた男の剣を、流れを変えて受け流し、そのまま剣を男の喉元に滑らせている。


 男の首から血しぶきが上がる光景を見ても、シャルルティーユは恐ろしいとは思わなかった。今のシャルルティーユの頭を占めるのは、ローズの雄姿だ。


(やっぱ、格好いいなローズ)


 シャルルティーユでは、絶対にこうはいかない。

 

 ローズの更に奥にいるはずのガスパールを見れば、シャルルティーユの相手も含め、数人いた敵全員を地面に沈めた後だった。


「シャル!」


 ローズが地面に倒れ込むシャルルティーユの元へと駆けつけて来た。そして顔色を悪くしたガスパールも。シャルルティーユを見下ろし、驚愕を露にしている。


 その驚きようが可笑しくて、シャルルティーユは思わず笑ってしまった。


(ふふ……怖がりの坊ちゃんが、なんて思ってるのかな)


「……何を笑っているんですか」


 己がシャルルティーユに笑われたことを悟ったガスパールが、乱暴にシャルルティーユの肩に刺さっていたナイフを引き抜いた。きっと不貞腐れたのだろう。遠慮というものがまったく感じられない手つきだった。


「いっ……!」


「ガスパール!」


 ローズがガスパールに抗議してくれたが、ガスパールはどこ吹く風だ。


「大丈夫ですよ、ローズ殿。坊ちゃんだって男ですよ? これくらい我慢できます」


「だが……!」


「いや、ローズ大丈夫……。それより……剣やナイフが刺さったら抜くなって言ってなかった?」


 今ガスパールは思い切りナイフを引き抜いた。


 刺されるのも痛かったが、抜かれるのも大概に痛いものだということを、シャルルティーユは初めて知った。


「それは深く刺さっていた場合と、太い血管や内臓にまで刺さっていた場合です。このくらいの浅い傷なら血管もそれほど傷ついていませんよ。革のベストを着ていて良かったですね。……見たところ毒も塗られていないようですし」


 シャルルティーユの血に濡れてらてらとしているナイフを、ガスパールがあらゆる角度から検分している。


「……ごめん、シャル! 私が、私がもっと……もっと強かったら」


 ローズの瞳から、ポロポロと大粒の涙が零れ、シャルルティーユの顔に落ちた。


(……ローズが泣いてるの、初めて見た)


 ローズは泣かない。滅多に泣かないどころではない、シャルルティーユはこれまでローズが泣いたところを見たことがなかった。


「何言ってるの……。それは私の台詞。ローズは十分強いよ」


 ローズは強い。剣の技術も、その心も。


 それはシャルルティーユの偽らざる本心だ。


 だがシャルルティーユが言葉をかけても、ローズの涙は止まらなかった。子どものように首を横に振っている。


「……私は弱いんだ。君を護れない。一番、護りたい人なのに」


 シャルルティーユを護りたいと言って泣くローズは、先ほどの格好良く剣を振るう姿よりも、シャルルティーユの胸を打った。


 自分はローズに大切に想われている。それは疑うべくもない。


 そしてそんなローズのことを、シャルルティーユも一等大切なのだ。


(ああ……きっと私は、ずっとローズが好きなんだろうな)


 もし、これから先誰を妻に迎えたとしても、きっとローズへの想いは消えないと確信できた。もし元の性別に戻れたとして、そして夫を迎えたとしても、きっとシャルルティーユはずっとローズの事が好きなのだろう。


(どうにかして……どうにかして、ずっとローズと一緒にいられる道はないのかな)


 あるとすれば、やはりローズの本来の身分が鍵を握っていると、シャルルティーユは考えた。


 今回の件、先ほどの刺客たちはアーガスティン家の跡取りであるシャルルティーユではなく、明らかにローズを狙っていた。


 とにかく、ローズがただの平民ではないことが、これではっきりしたと、シャルルティーユはそのことに何故だか安堵した。


 もしかしたら、やっぱりローズは貴族か、あるいは貴族の庶子で身分を偽っているだけかもしれない。そして、もしかしたら貴族である家族から身を隠している。


 だからガスパールはローズを主人とし、ローズに剣を教えているのかもしれない。ローズが自分の身を自分で護れるように。


 もしローズが貴族なら、その事実が明らかになった時には、シャルルティーユがローズと結婚出来る可能性が出て来る。それはシャルルティーユが元には戻らないと決意し、もう戻ることはないと確定してからのことにはなるが、可能性はある。


 けれど同時に、貴族であるローズはシャルルティーユなどよりも、もっと素晴らしい相手に嫁ぐことが出来るということでもあるのだ。


(いつか女性に戻るかも知れない相手なんて……普通に考えれば無し(・・)だよね)


 それに、シャルルティーユは隠している本当の身分をローズに聞く気はない。シャルルティーユに話したいと、話す必要があると思ったら、きっとローズは話してくれていただろう。


 そうでないということは、ローズはその秘密をシャルルティーユに知られたくないということだ。


 それを、シャルルティーユがローズと結婚できるかもしれないからなどという勝手な理由で、ローズの秘密を無理やり聞き出すことは出来ない。


(どっちにしろ、ローズの気持ちが一番大事だけど……わずかだけど、可能性はあるんだ)


「さあ、坊ちゃん。邸に戻って手当しますよ」


 ガスパールが地面に座り込んでいるシャルルティーユの怪我をしていない方の手を引き、己の肩に回させる。


「……うん。そうだね」


 きっと怪我をした娘(息子)を見たベリータを驚かせてしまうことを、シャルルティーユは今から申し訳なく思った。


現実ならば刺さったナイフは病院に行くまで抜かない方が良いのでしょう。多分。もし刺さった場合医療関係者の指示に従ってください。

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