あれ? 気分転換のはずだったのに
「うん? 町に?」
「そう。町に」
珍しいローズからの誘いに、シャルルティーユは内心大喜びだった。
ローズはシャルルティーユの秘密も、趣味も知っている。
だから町へと出向いたシャルルティーユがいつもレース編みや刺繍のための糸を購入することに対しても何も言わないし、可愛らしい雑貨や宝飾品を見たがることにも文句は言わない。
もちろん、今のシャルルティーユが着けるのではないが、美しいもの、可愛らしいものは見ているだけでも気分が高揚する。実はこっそり机の引き出しの奥に蒐集していたりもした。
しかも隣にローズがいるからお店の者たちにも変な目で見られることがないので、ローズとの買い物はシャルルティーユには良いことづくめだったりする。
「もちろん、一緒に行くよ。でも珍しいね、ローズの方から誘ってくれるなんて」
シャルルティーユがそう言えば、ローズが少しだけ躊躇うように言った。
「シャル、最近元気なかったでしょ? 気分転換にどうかなと思って……」
(ああ……、私のためだったのか。やっぱりローズは優しいな)
「ありがとう、ローズ」
シャルルティーユが心からの礼を言えば、ローズが優しく微笑んだ。そしてふいに真顔になったと思ったら、思いがけないことを聞いてきた。
「……あのさ、シャル。リーガン公爵家のご令嬢との見合いのことなんだけど」
突然のローズの言葉に、シャルルティーユは慌てた。だが屋敷中の者が知っていてガスパールの耳にも届いているということは、ガスパールに師事しているローズが知らないわけはなかったのだ。
「こ、断ったよ!」
「うん。ガスパールに聞いた」
「……そっか。知ってたんだね。えっと、それじゃ……?」
結果を知りたかったのではないのなら、ローズは一体何を知りたかったのか。
「シャルがさ、お見合いするって知って、その……シャルはもう男性として生きて行くって決めたのかなと思って」
躊躇いがちに放たれたローズの言葉に、シャルルティーユはどう答えたものか迷った。
(いや……正直に言えばいいんだよね)
「まだ、決めかねているよ。……情けないことにね」
自嘲を込めてシャルルティーユがそう言えば、ローズが即座にその言葉を否定した。
「情けなくなんてない!」
「……ローズ」
「……シャルは情けなくなんてないよ。……情けないのは、私の方だ」
ローズが泣きそうに顔を歪めたことにシャルルティーユは大層驚いた。ローズのこんな悲しそうな表情を、はじめて見たからだ。
「ローズ?」
何故ローズが自分のことを情けないなどと言うのだろうか。その想いを乗せたままローズの名を呼べば、ローズが慌てたように表情を変えた。
「……ごめん、何でもないよ。とにかく、シャルは情けなくなんてない。元の身体に戻れるかどうかはっきりしないなか、頑張っていると思う」
ローズの綺麗なエメラルドの瞳で見つめられ、シャルルティーユは若干落ち込んでいた気持ちが浮上するのを感じていた。
「うん。ありがと……」
本当は侯爵家の跡取りとしてもう少し毅然としていられればいいのだろうが、シャルルティーユとしては今はローズのその言葉が嬉しく、もう少しだけ、この中途半端な状態が続いて欲しいと願ってしまった。
***
アーガスティン領は王都からそう遠くない距離に位置しているが、自然が豊かな土地柄だった。そのためなのか、領民も領地全体の雰囲気も素朴で穏やかだ。
道行く人たちは皆笑顔で、そこら中で楽し気な会話が飛び交っている。
今もシャルルティーユに気付いた領民たちが皆、笑顔で挨拶をしてくれる。シャルルティーユが町まで来ることは稀なので、すぐに人だかりが出来た。
「シャルル様! こんにちは!」
小さな子どもが頬を赤らめながらシャルルティーユに挨拶をくれる。その子どもに挨拶を返すと、大人たちも口々にシャルルティーユに話しかけて来た。
収集がつかなくなりそうになった頃護衛として付いてきたガスパールによって助けられたシャルルティーユは、ようやく目的の店に向かって歩きだすことができた。
ふと後ろを振り返れば、領民たちがまだシャルルティーユたちを見つめている。皆の顔に浮かんでいる表情は、概ね好意的なものだ。
妙な噂の流れている領主の息子に対し、領民たちの視線はいつも暖かい。
そんな領民たちを見ていると、シャルルティーユは己の未来以上に、領地の未来に想いを馳せないわけにはいかないのだ。
「ここは良い土地だね、シャル」
隣を歩くローズがまるでシャルルティーユの心を読んだかのような言葉を呟いた。
「うん。自慢の領地だよ。私はこれまでの領主たちがそうしてきたように、ちゃんとここを護って行きたい。そのためなら、私自身の願いなど些細なものと思えてくるよ」
これからシャルルティーユがどうなろうとも、それを理由に領民に迷惑をかけるわけにはいかない。
やはり、そろそろ本格的に身の振り方を考える時が来ているのだ。もう少しだけこの状態で居たいと思う気持ちは本物だったが、それはきっとシャルルティーユの甘えなのだろう。
「シャル。思い詰めないで。君の気分を晴らすために町に来たんだから」
ローズの気遣いを嬉しく思いながらも、シャルルティーユはそうやってローズに心配をかけてしまう己の不甲斐なさにもまた、忸怩たる思いを抱いていた。
「……うん。そうだね。ありがとう」
***
「うわ……綺麗な色」
何軒目かに寄った店で、シャルルティーユの目は並べられていたリボンに釘付けになった。
様々な色が揃っている中、ひと際シャルルティーユの目を引いたのは、薄い青色のリボンだった。
空の色をそのまま映し取ったようなそのリボンは、きっとローズの白金色の髪に似合うだろう。そう思ったシャルルティーユは思わずそのリボンを手に取っていた。
ローズはあまり己の身を飾らない。髪を括っている紐も、何の変哲もないただの麻紐が多い。ましてや、シャルルティーユはローズが宝飾品の類を身に着けている姿を、見たことがなかった。
シャルルティーユは少し離れた位置であまり興味なさそうに店の中を見渡してるローズを盗み見た。ガスパールと一緒に武具屋を見ている時などこれでもかというほどに瞳を輝かせているのだが、今は心なし瞳が死んでいる。ガスパールなど、扉付近に突っ立ったまま欠伸をしていた。
(ガスパールはともかく……ローズって、全然こういうのに興味ないんだよね。そりゃ剣の訓練の時には宝飾品は着けないだろうけど、普段も着けているところ見たことないし)
それに、ローズは普段から剣の稽古の時に着るような、男ものの服を着ていることが多い。たまに着るドレスはとても簡素なもので、リボンやレースの類は一つも着いていない。
シャルルティーユなどは綺麗で可愛いローズが着飾ればそれは美しいだろうと思うのだが、無理強いするのも憚られるため、もったいないとは思いつつも、結局は一度もそう言ったことをローズに対し仄めかしたことはない。
ローズは男性らしくないシャルルティーユの趣味に関して、何も言わないどころかいつも応援してくれる。だからシャルルティーユもローズには好きなことを、好きなようにして欲しいのだ。
(けど……たまにはこういうのも良いよね? 宝飾品なんて絶対受け取ってもらえないだろうけど……。このリボンはシンプルだしローズの好きな色だから、多分受け取っても困らないはず)
ローズは普段シャルルティーユが創作した小物たちを、嬉しそうに受け取ってくれるのだ、きっとこのリボンも快く受け取ってくれるだろう。
ローズの誕生日はまだ先だったがその時にはきっとこれを渡そうと、シャルルティーユはこのリボンを渡した時のローズの表情を想像し、口元をにやけさせた。
***
ほくほくとした気持ちで店を出たシャルルティーユだったが、しばらく歩いている内に、段々と浮かれていた気持ちが萎んできてしまった。
(なんか……視線を感じる?)
シャルルティーユが視線を感じることはよくあることだが、この視線はそういったものともまた違うように思えた。
なんとなくだけれど、たまにガスパールを相手に剣の稽古をしている時に感じる、鋭く、緊張を強いられるような、どちらかと言えば、シャルルティーユにとっては不快な視線だ。
そして人通りの少なくなった道に差し掛かったところで、ついにシャルルティーユは眉を顰めた。
これまでは何となくといった具合だった視線を、ここへきてはっきりと感じるようになったからだ。
(やっぱり、気のせいじゃないな……)
「……ガスパール。もしかして、私たち、ずっとつけられてた?」
「よく気が付きましたね。刺繍糸の店を出たあたりから付けられていたことには気付きました?」
「……気付かなかった」
刺繍糸の店は、ローズへの贈り物を買った店の一軒前に寄った店だ。
シャルルティーユは気付かなかったが、多分ガスパールだけではなく、ローズもつけられていることに気付いていたのだろう。
何故ならば、シャルルティーユが思わずローズの顔を見ると、まるでシャルルティーユが気付かなかったことを慰めるように、曖昧に微笑んでいたからだ。
何やら不穏な気配にシャルルティーユが額に冷や汗を滲ませていると、そんなシャルルティーユの姿を見たガスパールが、小さく息を吐きだしてから言った。
「これ以上進むとさらに人気がなくなり、道が狭くなります。仕方ありません。ここで迎え撃ちましょう」




