3話 不穏な噂と今日のご飯。
そして話は冒頭に戻る。
剣士の男性はジン、弓使いのシュルツ、長衣の女性はアリアさん。
公都から来たという三人を宿───村では数少ない食堂兼酒場でたまに訪れる商人や旅人が二階を利用できる───ハクアさんのお店に案内した。
簡単に自己紹介をした程度だけど、彼等は銀ランクの冒険者。
ファンタジー定番の冒険者のランクで下から駆け出しの銅、一般冒険者の鉄、ベテランは銀、超一流の金で、最高位は白金。白金は英雄レベルで大陸でも数人くらいだそうだ。
銀なら優秀な部類。傭兵として戦に出る冒険者もいるけど、三人は探索専門なのだそうだ。
とりあえず彼等とはそこで別れ、私は買出しに。
───と言ってもすぐ隣近所だけどね。
仕留めた剣角羚羊は結局解体してないからまた後日。
《空間収納》は時間停止もあるから有り難い。普通の《収納》スキル持ちも珍しいそうだけど、時間停止は無いっぽいし入る量もそれほど多くはないみたい。家の物を片っ端から入れてみたけど、容量は0.01%未満のままだった。管理もステータス板みたいな物が出てグループ別にフォルダーみたいなものを作って入れられるから整頓しておけばいっぱい入っていても探しやすい。時間停止も物を亜空間とかに入れている訳ではなく、情報として保存されている?そのお陰なのかも。
(これだけでも十分チートだよね)
時間停止付の大容量収納なんて商人や軍隊とかには竜の巣に踏み込んででも欲しい物だろう。運び屋でもやるならだけど面倒にならないように、ちょっと大きめの《収納》スキルだと皆には言っている。
使えないのは不便だしね。
「ザックさん、こんにちは」
夕暮れ前。お客さんはいないようで店の前を掃除していた人の良さそうな初老の男性に声を掛ける。
「やあユエちゃん、今日は何が狩れたのかな?」
「今日はこれかなー」
《空間収納》から在庫になってる牙猪のお肉を出す。しばらく前に狩った物だけど鮮度は変わらないから、多めに狩れた時は出していない。
「牙猪か。鮮度も問題無さそうだ。いつも助かるよ」
「こちらこそ。あ、あと卵と……お塩と醤油お願いします」
そう言えば、この世界って割と食べ物関係は充実してるよね。田舎村でも調味料なんかはそれなりに種類もあるし、メニューも豊富だ。
元々そうなのか転生者は結構いるっぽいから誰かが広めたりしたのかな?大変有り難いです。
「ユエちゃん、レタスとトマトはどうだい?今日はたくさん入ったから安いよ」
「えー」
私の食生活を解ってるザックさんは野菜を勧めてくる。いや、別に嫌いではないんだよ?メインはお肉が良いってだけで。
(牛丼の玉葱とか、カレーに申し訳無い程度に入ったジャガイモと人参とかじゃ全然足りてないんだけどなぁ)
家で作るのは大変だからいいの!一人分だから野菜が余ったら勿体ないじゃん。ハクアさんの所で食べる定食にはサラダも付くし、十分でしょ?
(レタスとか一玉は使わなくても《空間収納》あるじゃん……)
「焼き肉はレタスで巻いて食べると美味いんだがなぁ。甘辛のタレで脂の乗った肉も幾らでも食べれるし。新鮮なトマトはそのままでも美味いが、トマト煮やトマトソースのハンバーグ。トマトの酸味が肉を更に引き立てる。ああ、いいな。今日は牙猪のトマト焼きにするか。トマトとチーズを薄切りにした肉で巻いて焼くんだ。シンプルに塩コショウも良いが……」
む。美味しそうじゃないですか。お肉料理を出されると弱いな。
(さすがザックさん、ユエの事は良く解ってる)
「ああ、もう!分かりました、それも下さい!」
「はは、毎度あり」
買った物と 卸したお肉の代金から引いてもらい残りを受け取る。
「そう言えばモルトの奴が言っていたけど、ここ数日森の方はあまり獲物がいないって本当かい?」
「そうですね……」
モルトさんは村の狩人の中では若い方だが、弓の腕前は村一番。まあ若いと言っても三十代だけど。普段は平原の方で狩りをしてる。
「今日は随分森が静かだったかな。奥の方までは行ってないから、そっちは分からないけど」
獲物になる魔物や動物が居ない訳ではない。気配を探れば引っ掛かる。ただ、息を潜めているかのように静かな気配だった。
こういう事はたまにある。天気が荒れる前なんかは巣に籠る。なのでそれほど気にはしなかったけど。
(変なフラグ立ってそう)
ハハハ、何言ってるのかなユキト君。確かに不気味に静まり返った森とか何か凶悪な魔物とかが潜んでいるパターンだけど、この辺りにはそんな魔物はいないと思う………ああ、もっと南にはヤバイのが住んでるんだけどね。
森を抜けた南は肥沃な草原が広がっている。でも人は住んでいない。竜の狩場と呼ばれ、更に南のレイゲンタットから時折竜種がやって来るからだ。
亜竜でも危険だけど中でも危険度9と言われるレイゲンタットの主である白竜王〈混沌の監視者〉は人がどうこう出来る存在ではない。一般人が落ちてくる月を素手でなんとかするくらい無理ゲーだそうだ。 何年かに一回くらい彼の竜王も姿を見せるらしいが、私はまだ見た事はない。
流石に序盤にいきなりラスボスみたいなのが来たりしないよね?しないで欲しいなぁ。見て見たくはあるけど。
「まあ、公都の方ではちょっと焦臭い噂が流れてるみたいでな。仕入れが少し心配なんだ」
「またどこかが攻めて来るんですか?」
「騎士団の買い入れが増えてるそうだ。戦の準備なんじゃないかって噂になっているらしいね。まあ、こんな南の端まで巻き込まれる事は無いとは思うがね」
戦になれば往来は途絶える。もしそれが長期化すれば食糧などの問題が出てくる。その上、森で何かあれば………。
「明日は少し奥の方まで様子を見てきます」
「悪いね。それによっては備蓄出来る物は仕入れを増やすようにしたいんだ。頼むよ」
不安そうなザックさんと別れ、私は家路についた。
この世界の戦争は、基本人の住まない国土の境などで両軍が対峙する。無闇に都市などを襲う事はない。欲しいのは農地や資源、そして人だ。町を焼けば労働力と購買者を失い、再建の費用も掛かる。領土が広がっても赤字な訳だ。勿論、例外はあるだろうけど。
前世でも戦国時代前の昔はこんな感じだったと聞いた。それでも戦いになれば犠牲者は出る。当事者同士でガ●ダムファイトでもすれば良いんだろうけど、そうもいかないんだろうね。
(ま、一個人がなんとか出来る問題じゃないよ)
そりゃそうだ。第二の人生楽しく生きるには不穏な世界だけど、私がなんとか出来るでもなし。
ゲームやアニメの主人公みたいに世界を救う力とかもないしねー。
(ゴミスキルかと思ったら実は凄かったパターンとかも無さそうだよねー。チートスキル無しと言ってたけど残念だよね)
《空間収納》は十分チートだよ。
まあ、それ以外は………《火魔法》とかの魔法スキルも《気配察知》も誰でも持っている訳じゃないけど特に珍しい物ではない。魔力も多分並み程度。
好きに生きれば良いと言われたが、うん、一般人としてなら平均よりはちょっと良いっぽいし、これくらいが私にはちょうど良いさ。
家に帰って。今日の夕ご飯。
牙猪に………レタスか。お米は炊いてある残りがあるし、炒め物かな。
先ずはフライパンでお肉を塩コショウして色が変わるくらいまで炒め、お皿に移しておく。
お肉を取り出した所に千切ったレタスを投入~。鶏ガラと鰹ダシお醤油で味付けして、蓋をして蒸す。しんなりしてきた所で取り出したお肉を混ぜて馴染ませれば完成だ。とっても簡単。
………いや、これくらいの料理なら私もね?
あとは作りおきの卵のスープでいいかな。
お茶を淹れて、いざ実食ー………と思ったら。
「遅くにすみません、いらっしゃいますか?」
コンコンとドアを叩く音。
この声は……アリアさん?