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第9話 最終決戦



 わずかな休息をとる。

 アーティファクトを乱用した者の末路は、胸に痛い。何度も使っているのだ、いつ”ああ”なるか分からない。

「……」

 どん、と音がした。

 瓦礫が焼かれ、道が開く。

「灰原、お前が勝ったか」

 表れた枢木はすさまじく荒んだ目をしていた。その拳は血に濡れていた。ゆえに末路は聞くまでもなく。

「ああ、そして……そちらは」

 神崎が瓦礫を背に預けた。とても、疲れているようだ。

「来栖が死んだ。この戦いに挑む前、俺とお前で同盟を組んだ。だから、言おう。烏丸のスマホにあった本当のメモには座せば死と書いてあった。タイムリミットを迎えれば全員死ぬとの託宣だ」

 血を吐くように続ける。

「この世界から脱出できる方法なんてなかったんだよ、灰原……ッ!」

「――そうか。黒崎のスマホには猟犬のことが書いてあったよ。アーティファクトの力があってもどうにもならない怪物だとさ」

 目を合わせる。

 お互い、最初に会ったときとはずいぶんと違ってしまった。半日も経っていないというのに、薄汚れてやつれて。

 ……そして、人殺しの目をしていた。

「私は、お前を殺し神崎を現実へ返す」

 枢木は型を取る。見たことのない型だった。

 彼だけはアーティファクトを持たない。代わりに人を殺すために磨き上げられた古武術を使用する。

「俺は、どうだろうな。帰ることを諦めきれないかもしれない。別に妻も子供もいない、未来ある子供を現実に返すのが最善だと思いつつも思い切れやしないんだよ」

 灰原は不格好ながらも、レスリングのタックルの真似事を。

 その破壊能力は指のどれかが当たれば相手を破壊できる。付け焼刃そのものだが、アーティファクトの特性には適合しているから不格好でも構わないと割り切っている。

「「――行くぞ!」」

 同時に叫んで、突進した。

「……『砕け』!」

 5指を開いての突進。

「……枢流・白虎」

 枢木は袖に隠したコンクリート片を射出した。

「……ぐわっ」

 足を折れたかのような激痛が襲う。崩れ落ちる――初戦は枢木が制した。終わらない、流れを引き寄せた後は何もさせないとばかりに更に踏み込んだ。

「枢流・裏朱雀」

 人体の急所、喉元狙いの一撃。だが、これは拳などではなく抜き手。最初から殺すためだけの技。それが”裏”。

「この……!」

 だが、灰原のやみくもに振るった手の軌道が重なる。

 枢木はすかさず手を引き戻し、灰原のもう片方の手で床を叩いた。

「く――この、足場では……ッ!」

 亀裂が走る。不安定な足場では武術は力を発揮できない。

 逆に、灰原の方はがむしゃらにやるだけだ。

 一度距離を離されたら、白虎でいくつも石を投げられて封殺されるだけだから。

「っおおおお! 『砕け』ェ!」

 ただ、指を触れさせれば――

「枢流・玄武」

 掌底と拳で腕を挟み、折った。真剣白刃取りの技、しかしこれを拳に使った場合は腕の骨を砕く。

「っぎゃ! ぐうう……ッ!」

 アドレナリンが出て麻痺したのか、灰原はその状態でも動く。

 血の涙を流し、奥歯を砕けるほどに噛み締めながら。

「――まだ、動いて……ッ!」

 けれど、枢木も油断はしていない。命を奪うのだから、その瞬間から目をそらしはしないという誇りがある。

「――ッ!」

「……枢流・麒麟ッ!」

 枢流は4つの表技と、それを殺人技に消化した裏の技がある。そして、奥義である麒麟。

 始まりは京都、四方を守る聖獣が青龍・白虎・玄武・朱雀。そして、その中心。

 その正体は鍛え上げられた肉体によるハートブレイクショット。

「」

 届く刹那、一瞬速く灰原の指が届いた。

 瞬きの間に肉塊にまで破壊されて、崩れ落ちた。

 それは、単に構えを取って力を籠める動作の分枢木が遅かったかもしれない。けれど、もう一つ、誰かのためであれ、殺すということにためらいを持ってしまったがゆえに一瞬にみたないわずかな時を。

 真実は永遠に闇の中だ。

 そして、現実は生きているのが三人だけだということ。冷たいスマホがその現実を再確認させる。

「……神崎」

 佇んでいる彼女はぼんやりと虚空を見つめている。

「私も殺すの?」

「抵抗しないのか?」

 わずかに時間が流れる。反応が鈍い。

「……酷く、疲れたわ。終わりにするなら、終わりにしてほしい」

 老人のような声だった。デスゲームも佳境を迎えた。

 強大な試練と、壮絶なドラマ。あるいは憧れ続けていたものなのかもしれないが、達成感などどこにもなく……ただただ失うばかりだった。

「――」

 ちょいちょい、と袖を引っ張られる。亜優の目がこちらを見つめていた。

 どうしよう、と不安に揺れている。

「……考えがある。神崎も、ついてきてくれ」

「ええ」

 二人を連れて、入口へと。

「外へ出るつもり? 猟犬と戦うの?」

 気だるげに聞いてくる。

「いいや、そのつもりはない。考えがあるんだ。……これを仕組んだ奴は悪趣味だからな。だから、きっと活路はある」

「どういうこと?」

「そいつらが一番愉快な展開を考えてみた。そういうやつらは”さっさと○○さえしてれあ助かったのに”と、人を指差して嘲笑うのが大好きだからな。だから、この悪夢の出口は――出口だ」

「……は?」

「だから、出口だよ。自動ドアだ。それを前提にして考えれば繋がるメモがあった。鍵は壊せないとの言葉。そして破壊不能オブジェクトの存在。さらには烏丸がエントランスから動けなかったのも意味深だな?」

「……」

 無言で続きを促す。

「つまり、出口だよ。鍵はアーティファクトだ。おそらく、自動ドアを開けられる位置でトリガーワードを口にすれば帰れる」

「……そう」

 失敗すれば猟犬がなだれ込みかねなかったが、神崎は疲れ果てている。今はただ言われるがままに動いているだけだ。

 そして、言われるがままなのは亜優も同じだ。

「終わりにしよう。悪夢を」

 足を引きずって歩いていく。灰原も体は満身創痍だ。今にも崩れ落ちて眠りに落ちてしまいそう。そして、ここで”そう”なったらタイムリミットで猟犬に食い殺される。

「……神崎、先に」

 そして、駄目だったら神崎を殺すだけだ。

 なにも頭から信じていないわけではない。自分一人になるまで殺し尽くせばという条件も怪しいと思っているから、これが本命だと思っている。

 だとしても、それはそれ。

 違っていたら反逆の目を絶って、改めて考えるだけだ。可能性を考えるにも、もはや別のチームと別れて一時的に強力を結んだだけの相手は信用できないから。

「ええ。……『灼け』」

 トリガーワード。けれど、火の玉は射出されず彼女は忽然と姿を消した。

「亜優」

 とりあえず、合っていたらしいと安堵する。

 もしかしたら、行先は地獄かもしれないと思いつつも、半日後には猟犬がなだれ込むことを保証されているここよりはマシだと考えて。そして、亜優には何も言わない。

 いや。

「亜優、これを」

 メールアドレスを書いた紙を持たせる。どこまでも行っても偽善であろうとも、いい人の真似事をやめられなかった。

「……?」

 彼女は文字列を見て首をかしげる。

「いいから」

 送り出した。

「はい。『爆ぜろ』」

 彼女も消えた。

「俺が最後だな。一人消えた時点で猟犬が襲ってくるかも、なんて警戒していたのが馬鹿みたいだ」

 苦笑して。

「……『砕け』」

 その世界から脱出した。



「……っは!」

 跳ね起きた。なじみのあるベッドの上で眠っていた。上を見れば見慣れた天井。日常に帰還したことを実感する。

 嫌な汗が大量に出ている。

「……痛ぅ」

 腕が痛い。まるで、折れたかのように。

 だが、袖をまくってみてもあれほど酷かった骨折による青痣は影も形もなくなっている。ただ、痛みと感覚だけが残留する。

「う……ぐ」

 痛みをこらえて、指を動かそうとする。まるでコールタールの中に手が入っているかのように、重い。手が動かない。

 それは枢木に折られた腕だった。

「ち……」

 動く方の手で枕元のスマホを引き寄せる。千堂、灰原が殺した彼女はベクターグループの社長令嬢だと言う。

 彼女について、何かが知れるかも知れないと思って検索してみた。検索入れた言葉は「ベクターグループ 社長令嬢」。

「なん……だと――」

 すぐにヒットした。13年前に眠ったきり意識不明になってしまった少女の話。名前まで出てしまっているのだ、人違いではない。

 意味が、分からない。夢の世界で邂逅したとでも言うのだろうか。

 激しい頭痛がする。

「水、を――」

 どさり、とベッドから転げ降りた。

 足が動かない。

 いや、何とか動かせる。けれど、反応が鈍い。満身創痍だった。身体に傷はないはずなのに、とても重い。

「……うぐ。ぐ……」

 這いずるようにして洗面台までたどり着いて、水を飲む。

 鏡を見る。

「あーー」

 やつれはてた、あの世界の自分の顔が映っていた。




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