# 閑話2 人間やめてる件
森を歩きながら、リアが横目でケイトを見上げた。
「ねえ。あんたって実際どれくらい強いの?」
「さあ?」
「さあって何よ」
「比べる相手がいなかったからな。山の上で色々な魔獣と戦ったけど名前も強さもわからなかったから、他の人がどれくらい戦えるものなのか俺自身知らないんだよな」
リアが眉を寄せた。
「自分の強さを分かってないってこと?」
「客観的に把握できていないってことになるな」
『こやつは妙なところで鈍いのじゃ』
「あんたは黙ってて」
リアがケイトの左手を睨む。ハクは楽しそうに笑った。
その時、前方の茂みが揺れる。
緑色の影が二つ、棍棒を提げて飛び出してくる。ホブゴブリンだ。リアが弓に手をかけるより早く、ケイトが踏み込んでいた。
一体目の喉を片手剣で薙ぎ、返す刃で二体目の胴を断つ。二つの体が地面に落ちた時には、剣は鞘に戻っていた。
リアが弓を下ろした。
「……まあ、これくらいは普通ね」
「普通なのか?」
「ホブゴブリンでしょ。腕のいい冒険者なら一人で狩るよ。あんたが特別速いのは認めるけど、人間の範囲」
リアの口調には余裕があった。獣人は人より身体能力に優れている。今のは見慣れた範囲の強さだった。
ケイトは黙って先へ進む。リアはまだケイトの背中を品定めするように見ていた。
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しばらく行くと、何かの気配に気づきケイトが足を止める。リアの三角の耳がぴくりと立ち次の瞬間には全身の毛が逆立った。
「待って。これ……囲まれてる」
茂みの奥から、低い唸りが幾重にも重なって聞こえてくる。木々の影が動いた。一つ、二つ——四つ。牙の長い、馬ほどもある黒い獣たちが、ゆっくりと輪を狭めてくる。
「ブラックファング……それも群れ。まずいよ、逃げ——」
リアが背中合わせに退路を探した。だが背後にも一頭が回り込んでいる。弓を構える手に汗がにじむ。群れで獲物を囲んで仕留める魔獣だ。一頭ならまだしも五頭を相手に、幻術で全部の目を欺くのは無理だ。
ケイトは動かなかった。
「ケイト、何で突っ立ってるの!? 早く——」
「俺から少し離れて自分を守ることに集中しろ」
声に焦りがない。リアが思わずケイトの横顔を見た。
ケイトが掌を前に向けた。青白い光が集まり、槍の形に伸びる。氷槍が放たれ、正面の一頭の眉間を貫いた。獣が声もなく崩れる。
「は……?」
リアの声が裏返った。
残りが一斉に距離を詰めてくる。
ケイトが地面に手をついた。土が盛り上がり、走り寄る獣たちの足元が斜めに迫り上がる。土陣。二頭が傾いだ地面に脚を取られて転び、突進の勢いが死ぬ。
「地面まで……っ」
体勢を崩した隙を縫って、一頭が低く跳んだ。ケイトの喉を狙って大口が開く。
ケイトは避けなかった。
息を吸う。口から白く灼ける炎が噴き出した。灼熱息吹が獣を頭から飲み込む。毛も肉も焼けて、断末魔の声すら上がらなかった。
「……なんで」
リアが弓を構えたまま固まっている。
「なんで口から火を吐いてるの!?」
「説明すると長い。後だ」
「人間でしょ!? あんた、人間だよね!?」
立て直して間合いを取り直した一頭に、ケイトはもう一度氷槍を撃ち込むと、魔獣は串刺しになって動かなくなる。最後の一頭が横から飛びかかってきたところを、抜き打ちの片手剣が首ごと薙ぎ払った。
森が静かになった。
五頭の魔獣が地面に転がっている。
リアは弓を構えたまま、一射もしていなかった。
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「……今の」
リアの声が掠れていた。
「氷と、土と、火。属性……いくつ使えるの?」
「六つだ」
「六つ!?」
「水……正確には氷だが。火、風、土、光、闇」
リアが口を半分開けたまま固まった。
「……正気?」
ケイトの左手から、ハクの声が割って入った。いつもの軽口ではない。少しだけ低い。
『リア。そなたは知っておろう。獣も、竜も、基本的に属性は一つと決まっておる。火を吐く者は氷を出せぬ。氷を纏う者は火を持たぬ。近い属性は訓練次第で補助的に使えるものもおるが、反する力は一つの体に同居せぬ。それが理じゃ』
「……うん。そうだよ。普通、一属性しか——」
『我ら竜ですら、生まれ持つ力は一つよ』
ハクの声に、わずかな感嘆が混じった。
『こやつは六つ持っておる。火を口から吐き、氷を掌に生む。本来なら混じり合わぬ二つの力を、一つの体に飼っておるのじゃ。……自然の埒外じゃな』
リアがケイトを見た。さっきまでの「人間の範囲」を測る目ではない。得体の知れないものを前にした目だった。
「あんた、何なの……」
「さあ?」
ケイトは剣についた血を拭いながら、また同じことを言った。
「俺にもよく分からん。多分スキルなんだろうな。魔獣と戦ったり喰ったりしてたら、こうなった」
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リアはしばらく黙って歩いていた。
時々ケイトの背中を見て、また前を向く。何か言いかけては飲み込む。三角の耳が落ち着かなげに前後に動いていた。
「……あのさ」
ようやく口を開いた。
「あたし、あんたについていくって決めたけど。今の見て思った。あたし、足手まといにしかならないんじゃないの?あんなの相手にしたら一瞬で死ぬ」
ケイトが足を止めて振り返った。
「だから稽古をつけるんだろ?」
「でも、あんたと同じくらい強くなれるわけ——」
「同じになる必要はない」
ケイトの声は静かだった。
「お前はお前の戦い方でいい。ついてこれるだけの力は身につけてもらう。それは厳しくいく。だが——」
ケイトはリアの頭に手を置いた。
「何かあったら、俺が守ってやる。一人で全部背負わなくていい」
リアの動きが止まった。
三角の耳が、ぴたりと前を向いたまま動かなくなる。それから、ゆっくりと頬に熱が上っていくのが自分でも分かった。
強い。そしてその強さで、自分を守ると言った。
獣人の血が頭で考えるより先に騒いだ。強い個体に惹かれる本能。それが今、はっきりと——
「べ、別に……っ」
リアはケイトの手を払いのけた。
「守ってなんて頼んでないし! あたしは自分で強くなるの! 勘違いしないでよね!」
「そうか。だが何かあれば俺は守るぞ?」
「だから頼んでないってば!」
顔が熱い。耳まで熱い。リアは早足で前に出た。ケイトに表情を見られたくなかった。
「そんなに俺に守られるのが嫌なのか……」
『……お主、本当に分からんのか?』
「何がだ?」
『いや、よい。お主はそのままでおれ』
ハクの声が、こらえきれずに笑っていた。
『のう、小娘。耳の先が赤いぞ』
リアの足が止まった。
振り返った顔は、見事に真っ赤だった。
「っ……、その手っ! 黙らせなさいよ!」
『ほう。図星か』
「違う! 暑いだけ! 今戦った後だから暑いの!」
『そうかそうか。暑いだけか。のう、ケイトよ』
「ああ。さっきの戦闘で緊張したんだろ?複数戦は慣れないと気を遣うからな」
『……こやつ、本気で言うておる』
ハクが盛大に笑い出した。リアは両手で耳を押さえてうずくまり、ケイトだけが一人、何が起きているのか分からないまま二人を見比べていた。
森に竜の笑い声と獣人の悲鳴が響く。
人間をやめた男だけが、きょとんと立っていた。




