お弁当の罠
それは晴れ渡った昼休み。
私は意気揚々と誰もいない屋上のベンチに腰を下ろした。
その膝の上には一時間早く起きて仕上げたピンク色の二段弁当。
「ふふ…完璧!彩り良し!栄養バランスよし!そして何より…ハート型の玉子焼き!」
私は最終チェックを終えて意気揚々としていた。
しかし、念には念を。
「…ひとつくらい味見でもしておこうかしら?」
ぱくっとひとつミートボールを食べて味まで確認していると、そこへこつこつと小気味よい足音が近づいてくる。
アルバだ。
「やあ、待たせたかな?…おや、それはリリィの手作り?」
風にさらりと髪をなびかせ、アルバが隣に座る。
それだけできらきらとエフェクトが輝き出した気がした。
(だ、だめよ!気圧されちゃ!今回も仕掛けるのは私なんだから!)
「アルバ!うん、ちょっと作りすぎちゃって…もし良かったら、食べてくれない?」
私は練習通りに小首を傾げ、少しだけ潤んだ瞳で彼女を見上げた。
ここで、決める!
「…だめ?」
「まさか。君の手料理をいただけるなんて光栄だよ」
あざといポーズにあざとい台詞、そしてあざとい表情で完璧に決めた私にアルバは優雅に微笑む。
(ま、まあ、及第点な反応よ。食いついてるんだからっ!むしろ、ここからが本番なんだからねっ!)
私は震える手で箸を取り、ハート型の玉子焼きをそっと持ち上げた。
しなを作って、言葉を発するリップで色付く唇を意識させるように。
「…はい。あーん、して?」
これよ!
これなら、アルバだってえっ?こんなところで?って赤面して、照れながら口を開けるはず。
その時に私はあら、アルバにも可愛いところあるのねって追い打ちをかけるの!
私が上級者だったってこと、思い知らせてあげるんだからねっ!
そう、これは完璧なシナリオ!
……だったはずなのに。
「ありがとう。嬉しいな」
アルバは全く躊躇しない。
それどころか私の持つ箸を自分の手でそっと支え、至近距離まで顔を寄せてきたのだ。
ぱくん。
(……えっ?)
アルバは私の箸から玉子焼きを口に含んだ。
そして、彼女の長い睫毛が伏せられ、咀嚼する。
何故だろう。
心臓が嫌な予感を察知して跳ねた。
「…ん。すごく美味しいな…君の愛情が中までしっかり溶け出してるみたい」
「あ、あああああた愛情!?…だなんて、大袈裟よ…っ?」
自分の声が裏返ったような。
いや、そんなことない。
ど、動揺だなんてしてないんだからっ!
焦る私を余所に彼女の親指の腹が私の唇の端をスッと撫でる。
「おっと、唇にソースがついてるよ。もったいない。君の作ったものは一滴だって無駄にしたくないのに」
アルバはそう言って、指についたソースを…あろうことか、自分の舌先でぺろりと舐めとった。
「〜〜〜っ!?!?!?」
彼女のその艶めかしい所作に真っ赤を通り越して、私の顔面は沸騰した。
「な、ななな、何してるのよっ!?」
思わず叫ぶが、アルバのターンはまだ終わらなかった。
「お礼に私のサンドイッチも食べてほしいな…はい、あーん?」
今度はアルバの手からサンドイッチが差し出される。
距離がずいっと詰められ、逃げ場がない。
仕方なく私はぱくんとサンドイッチに齧りついた。
「…どうかな?君みたいに甘めのジャムを選んだんだ」
微笑んだアルバの顔が近付く。
太陽の匂いと彼女の匂いと甘い台詞、そして、口に広がる甘い香りと味が混ざり合って、脳が溶けそうになる。
そんな私を見て、アルバはどこまでも甘く微笑んだ。
「…ふふ、真っ赤になって。ジャムよりずっと今の君の方が甘そうだね」
その瞬間、私の頭の中で何かがパチンと弾けた。
(……もう無理っ!!!なんなの!?胃袋掴むどころか、私の心をつかんでるじゃない…っ!!?)
結局、お弁当を食べ終わる頃には私は借りてきた猫のように大人しくなり、アルバに美味しいか尋ねられるたびに情けない返事をするだけのマシーンと化していた。
「ごちそうさまでした。今度は君を味見してみたいなぁ…なんてね?」
いたずらっぽく笑う彼女の背中を見送りながら、私は屋上の床に崩れ落ちた。
私の完敗よ…。
…明日のお弁当、もっとハート増やそうかな、なんて考えてる時点で私はもう完全にオーバーキルされていた。




