はじまり
それは入学してすぐのことだった。
入学早々から女子に騒がれ、毎日が騒がしいアルバにとって、学園の裏庭にある古びた東屋は静寂を求めるための避難所だった。
しかし、その日は違った。
そこは先客によって“戦場”と化していた。
「…違うわ。これじゃあ“狙ってる感”が強すぎる…。もっと自然に……こう、風に吹かれて偶然目が合っちゃった☆みたいなときめきが…っ!」
先客に気付き、茂みの陰に潜んだアルバの目に飛び込んできたのは一人の同級生だった。
サキュバスの末裔、リリィ。
少し派手でありながら、規則には違反しない程度の程良く露出した制服の着こなし。
長めの袖から覗くのは薄いピンクの自然な爪の色を意識したネイル。
透明感と柔らかさを意識した清楚なナチュラルメイク。
同性からみても愛らしい仕草。
そんな彼女がピンクブランドの長い髪をくるくると弄りながら、手鏡を片手に何度も何度も“振り返り様の表情”を繰り返している。
(…あの子は何をあんなに必死に?)
アルバは息を潜めた。
彼女は一歩だけ歩いては立ち止まり、スカートの揺れ方をチェックし、髪を一房だけ耳にかける動作をまるで修行のように繰り返している。
(自分の魅せ方の練習でもしている?…魅せ方一つになんというストイックさ…ここまでくるともはや感銘を受けるな)
アルバの瞳に感動の色が宿った。
…アルバのまわりにいる女性はいつも“飾った自分”を見せる。
アルバに見てほしい“最高”の姿を。
しかし、それはアルバを筆頭に一定の人間にしか見せない限定したものだということをアルバは知っていた。
それなら、ありのままを見せてくれた方が嬉しいのに。
そうは思っていても、彼女たちのことを考えればそれが難しいことも分かっていた。
人は誰しも仮面があるものだ。
…けれど、彼女はどうだろう。
誰もいない場所で、たった一人の自分と向き合い、指先の角度一つや吐息の漏らし方一つに至るまで極限まで“美”を追求している。
(…皆に突き通す嘘なら、それは彼女の“ありのまま”なのかも)
リリィが男を釣るために必死に練習しているあざといテクニックは、アルバの目には“自分を磨くための崇高な献身”に見えていた。
そんなことをつゆ知らず、リリィが満足そうに小さくガッツポーズを決める。
「…よしっ!今の角度、完璧だわ!今の私、世界一可愛い!」
その瞬間。
西日に照らされた彼女の笑顔はどんな美術品や景色よりも眩しくてーーーアルバの胸の奥を貫いた。
アルバは高鳴った自分の鼓動を確かに自覚した。
彼女は計算高いのでなく、自分の“魅力”という武器を最大限に研ぎ澄まし、誰かをーーーあるいは、運命の相手のために準備を整えているのでは、とアルバは思った。
その健気さ、その情熱。
(あんなに純粋に“可愛さ”という戦いに身を投じている人を、私は他に知らない)
リリィが鼻歌混じりに完璧なステップでその場を去っていく。
彼女は最後まで気付かなかった。
自分が放った“あざとい練習”の残光が学園一の麗人の心を完膚なきまでに焼き尽くしてしまったことに。
「…リリィ、か」
誰もいなくなった東屋でアルバは運命の出会いに感謝するように目を細めた。
こうして、あざとい系女子と天然たらし女子のあまりにも噛み合わない恋の歯車は密かに回り出したのである。




