第一話 無能は要らない
この世界では、冒険者という存在が人々の生活を支えている。
魔物がはびこる広大な大地を舞台に、冒険者たちは王国や村々からの依頼を受け、命を懸けて戦う日々を送っている。しかし、その生存競争は苛烈で、パーティーの中で足を引っ張る者がいれば、全員が命を落としかねない。弱者は切り捨てられ、生き残った者だけが次の一歩を踏み出せる。それが冒険者の世界だ。
そして今、レイン・エヴァンズ率いる5人組のパーティーもまた、過酷な選択を迫られていた。
―――。
「これ以上足を引っ張るなら、お前は追放だ。」
このパーティーのリーダーのレイン・エヴァンズは鋭い声で告げた。その場に立つ5人のパーティーの空気が、一瞬で凍りつく。風の音すら聞こえない静寂の中で、タンクのガイル・ベネットの顔は真っ青だった。
「ちょ、ちょっと待てよ、レイン。俺は一生懸命やってるんだ!」
「結果が伴わなければ意味がない。」
レインは冷ややかな目でガイルを見下ろす。
「お前の盾は仲間を守るためのものだろう? それがどうだ、さっきの戦闘でお前が庇ったのは、自分自身だったじゃないか。」
「そ、それは……!」
ガイルの声が震える。たった今終えた魔獣との戦闘は厳しいものだった。
だが、それはこれが初めてではなかった。過去にも彼の判断ミスは数え切れないほどあった。
敵の注意を引くべき場面で盾を構えずに逃げ出し、ヒーラーのリーナが危うく負傷したことがある。あるいは、魔法使いののセリナを背後から守るべき時に、魔獣に背を向けて倒れたこともあった。
「それに、あなたのその視線、正直気持ち悪いのよ。」
リーナが冷たく言い放つ。
「戦いの時以外にも、じっと私たちを見てくるでしょ? 特に私やセリナに。何を考えているか分からないけど、正直吐き気がする。」
「そ、そんなことない! 俺はただ——」
「いい加減にして。」
セリナが鋭い声で遮った。
「レインの言う通り、ガイル。あんたはもう要らない。このパーティーにいるだけで足手まといどころか、危険なのよ。」
「危険……」
ガイルの言葉は震え、視線は宙をさまよう。彼は何かを言い返そうとしたが、口から出るのは弱々しい言葉ばかりだった。
弓使いのミカは、そんなやり取りに一切興味がないようだった。
彼女は少し離れた場所に立ち、森の向こうをぼんやりと見つめている。普段から無頓着な彼女は、ガイルの必死な訴えや他のメンバーの非難に耳を貸す様子もなく、ただ風に揺れる木々を眺めていた。
「俺たちはお遊びで冒険をしてるわけじゃない。」
レインはさらに続ける。
「生きるか死ぬかの戦いで、お前のような中途半端な実力者を庇う余裕なんてないんだよ。」
「中途半端……」
ガイルの拳が震えた。その目には、絶望と怒りが入り混じる。
「ふざけるな!」
ガイルは突如叫び、レインに殴りかかった。しかし、その拳はあまりにも遅く、力も感じられなかった。レインは簡単にそれを受け止め、逆にガイルの腹に拳を叩き込む。
「お前が何をしようと無駄だ。」
ガイルは倒れ込みながらも立ち上がろうとするが、レインはその顔を殴りつけ、さらに蹴りを加える。
その一撃一撃は容赦がなく、ガイルの体力が徐々に奪われていくのが明らかだった。彼の唯一の取り柄である防御力も、この場面では意味をなさなかった。
「う……やめて……!」
ガイルが弱々しく呟いた。
「やめる理由がない。」
レインは無感情に言い放ち、さらに拳を振り下ろした。
それは小一時間ほど続いた。ガイルの体はすでに動かなくなり、気絶していた。リーナとセリナはそんな光景を冷ややかな目で見つめていた。
「終わったわね。」
セリナが淡々と言った。
「これでいい。」
レインは立ち上がり、手についた血を軽く払った。
「ここに放置していく。魔獣が多いこの森で、あいつが生き残れるわけがない。」
「殉職ってことにするのよね。」
リーナが軽く肩をすくめた。
「まあ、それが一番楽だし。」
ミカはまだ遠くを見つめたままだった。
「早く帰ろう。時間がもったいない。」
それだけ言い、先に歩き出す。
4人は、気絶したガイルをその場に残し、森を後にした。彼が目を覚ますことがあっても、助けを求める声が届くことはないだろう。彼らは振り返ることなく、ただ街へと帰る道を歩き続けた。
「これでパーティーが軽くなる。」
レインは静かに呟いた。
その言葉には、どこか冷たい満足感が滲んでいた。
―――。
冷たい地面に横たわっていたガイル・ベネットは、体中に鈍い痛みを感じながらゆっくりと目を開けた。頭がぼんやりとしており、目の前の景色がなかなか焦点を結ばない。しかし、徐々に自分が森の中に取り残されている現実が理解できた。
「くそっ……。」
彼は何とか体を起こし、辺りを見回す。夜の森は不気味で、闇の中で不確かな影が動いているように見えた。遠くからは魔獣の咆哮が響き渡り、その音がガイルの心臓を締め付ける。
「俺が……俺が今まであいつらを守ってきたから……。」
ガイルは震える声で呟いた。しかし、すぐにレインの冷たい言葉が脳裏に蘇る。
『結果が伴わなければ意味がない。』
「違う……違う!」
ガイルは拳を固め、自分に言い聞かせるように叫んだ。
「あいつらが今まで生きてこられたのは、俺が魔獣の攻撃を引き受けていたからだ! 俺の盾がなければ、リーナもセリナも死んでいたんだ!ちょっとした失敗がなんだ!?可愛いものだろ!!」
しかし、その叫びは森の暗闇に吸い込まれていくだけだった。彼の中に湧き上がるのは、圧倒的な絶望と、それを上回る復讐心だった。
「絶対に……絶対に許さない。必ず戻って、あいつらに思い知らせてやる……!」
その決意を胸に、ガイルはヨロヨロと立ち上がった。だが、時刻はすでに深夜。魔獣が活性化する時間帯であり、森は彼にとってあまりにも危険だった。
森の奥から、不気味な低い声が響いた。それはガイルの背筋を凍らせるのに十分だった。彼は辺りを見回しながら足早に進む。枝が足に絡みつき、足元はぬかるんでいる。呼吸が荒くなる中、不運にも彼は1体の魔獣と鉢合わせしてしまう。
「うぁああ!」
魔獣は鋭い牙を剥き出しにしてガイルに襲いかかってきた。
彼は咄嗟に盾を構えたが、これまでとは違い、誰も助けてくれる仲間はいない。何度か致命傷を避けながら逃げ続けたガイルだったが、ついに小さな洞窟を見つけ、そこに駆け込んだ。
洞窟の中はひんやりとしており、静まり返っていた。しかし、ガイルはすぐに異様な光景に気づく。奥に横たわる一体の死体。冒険者の装備を身に着けているが、その顔はすでに朽ち果てていた。
「なんだ、これ……。」
ガイルは恐る恐る近づいた。そして、死体が抱えている古びた盾に目を奪われた。それは普通の盾とは一線を画すもので、何か神秘的な力を感じさせるものだった。
「これは……?」
ガイルは震える手でその盾を掴み、死体から剥ぎ取った。すると、盾が淡い光を放ち始める。突然、体に力がみなぎる感覚が襲い、彼の目にはこれまで感じたことのない力への確信が浮かんだ。
その盾は、伝説の『神器』だった。使用者の防御力を限界まで引き上げ、さらには周囲の魔法攻撃や物理攻撃を反射する能力を備えていた。それだけではなく、持つ者の生命力を高め、傷を癒す力さえあった。
ガイルは盾を握りしめ、再び立ち上がった。
「これがあれば……!」
彼の心の中にあった恐怖は徐々に消え去り、代わりに復讐への燃えるような情熱が湧き上がる。
「待っていろ、レイン……リーナ、セリナ、ミカ……。お前たちに俺の力を見せてやる!」
夜の森に、不敵な笑みを浮かべたガイルの声が響き渡った。
数話で完結させる予定の短編作品なので温かい目で読んでくれると嬉しいです。
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