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狐のあくび  作者: はしご
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第7話「自由への渇望」


 勇者のパレードを見た日から数日が経った。だけど、あの光景が脳裏に焼き付いて離れない。


 私はずっと、考えないようにしてた。未来のことを。だって考えてしまえば、気付いてしまうから。私に希望ある未来なんてものはやってこないということに。


 きっと、これからもずっとご主人様の奴隷として生きて、拷問や労働を強いられるだろう。もしご主人様が私に飽きたなら、その時は処分・・・つまりは殺されるだけ。


 辛い地獄の先にあるのは死のみだ。


 その事に気づきたくなくて、私はずっと目を背けていた。だけどあの日、私は見てしまった。恵まれた人間を。そして同時に、目を向けてしまった。惨めな自分に。



『勇者様だ!』



 そんな、人々の歓声が蘇る。


 もしかしたら、私も彼らと一緒に勇者になっていたかもしれない。だけど現実は違う。私が目を覚ました先は檻の中で、待ち受けていたのは地獄で、いつだってひとりぼっちだった。



『・・・獣人だ』



 そんな、人々の憎悪が蘇る。


 私は何もしていない。私は何も悪くない。なのに、皆が私を責め立てる。


「・・・もう、やだよ」


 こんな人生嫌だ。ずっと奴隷なんて嫌だ。その果てに殺されるなんて、嫌だ。


 ・・・自由が欲しい。自由になりたい。


 だけど、それは簡単に叶う願いじゃない。限りなく不可能に近い幻想だ。でも、それでも、私は自由を渇望する。


「だから、私は・・・」


 ご主人様を殺す。


 本当はそんなこと、怖い。眠ることが好きで、毎日友達とお話して過ごす、そんな能天気な人生を送ってきた私に、誰かを殺すなんてできない。


 だけど、私がこの地獄から解放されるには、もうこれしか道はないんだ。少なくとも、私にはもうそれしか思いつかない。ご主人様を殺さない限り、私に自由はやってこない。


 じゃあ、どうすればご主人様を殺せる?


 どんな方法なら、私みたいなやつでもご主人様を殺すことが出来る?


「・・・考えなきゃ」


 当然、普通の方法じゃダメだ。なぜなら私たち奴隷には、絶対服従のためにある二つの枷が付けられているのだから。


 一つ目は、【隷属魔法】という魔法だ。


 これは奴隷となった者全てに掛けられる魔法で、その効果は単純だ。主人の意思で奴隷に対していつ以下なる時でも、対象の魔力を強制的にぐちゃぐちゃにして、”激痛”を与えることが出来る。奴隷屋の店主が私によくやっていたことだ。


 そして二つ目。それは、【奴隷刻印】だ。


 購入された奴隷に押される焼印のことで、そこには主人の魔力が込められているらしい。それによって、奴隷は絶対に主人に危害を加えることが出来なくなる。


 主人の意に反する奴隷に激痛を与える隷属魔法が”罰”だとするのなら、奴隷刻印は”法”だ。絶対に逆らうことの出来ない法だ。


 具体的にどうなるのかというと、奴隷が主人に危害を加えようとすると、強制的に動けなくされてしまうらしい。


 これらがある限り、ご主人様を殺すなんて絶対に出来ない。どうにかしてこれらを無効化したいけど、そんなの魔法でも使えない限り不可能だ。


 私のような魔力はあっても魔法を使えない獣人には、何も出来ない。


「・・・狐? どうかしたの?」

「っ! あ、赤猫、さん。な、なんでも、ない・・・」


 赤猫さんに声をかけられ、私は我に返った。


 もう夜だ。どうやら私は、掃除の最中に手を止めて考え事をしていたらしい。赤猫さんはきっと、なかなか掃除を終わらせない私を心配してきてくれたのだろう。


 急いで残りの作業を終わらせ、赤猫さんの元へと向かう。


「ねえ、ホントに大丈夫なの? 最近、ずっと難しい顔してるわよ」

「だ、大丈夫。・・・ただ、少し、気になったことが、あって」

「気になったこと?」

「・・・その、魔力って、魔法、以外に、使われたり、する、の?」


 ふと、思い立ったことを尋ねてみる。獣人には魔法を使う機能がないだけで、魔力が無いわけじゃない。もし、それを上手く使えたら・・・


「するわよ」

「そう、なの。たとえ、ば?」

「そうねぇ。例えば、魔導具っていう道具を使えば、魔力を流し込むだけで魔法みたいな現象を引き起こせるの。まあ、とても高価なものだから、滅多に使われないけどね。あとはまあ、魔力操作の応用くらいかしらね」

「なに、それ」

「私はできないからよく分かんないけど、体内にある魔力のエネルギーを利用して一時的な【身体強化】をしたり、魔力の塊である【魔力弾】を放出したりするそうよ」

「へぇ・・・」


魔導具に、身体強化に、魔力弾。魔法は使えなくとも、結構魔力にも使い道があるんだ。


 ・・・ただまあ、どれも今の私には無関係な話か。体を強くしたって、魔力弾を放ったって、私にはご主人様を殺せない。


 この二つの呪いが解けない限り、私は何も出来ない。


「・・・ねえ、狐。なんでそんなこと聞いたの?」

「ただ、の、興味、だよ。私、何も、知らない、から」

「そう」


 赤猫さんの言葉に、ドキリとする。だけどすぐにはぐらかした。


 私のこの気持ちは、誰にも言っちゃいけない。所詮私たち奴隷は、主人と痛みには勝てない生き物だから、簡単に口を滑らすだろう。だから、他の奴隷にもこの事は伝えられない。


 とはいえそれは当然私にも適用される話だ。私自身、拷問を受けながら問い質されれば、すぐに自白してしまうだろう。


 だから、そもそも怪しまれないようにしないといけない。隠れて、息を潜めて、自分に出来ることを模索していくしかない。


 それが無知で無力な奴隷にできる、最低限の抵抗だから。



◇◇◇



 夜。皆が寝静まったのを確認して、私は起き上がる。鎖に繋がれているため部屋から出たりはできないけれど、仕方がない。


 私はゆっくり目を閉じて、今日赤猫さんから教わったことを思い返していた。あの後も、魔力操作についていくつか質問したのだ。


『魔力操作って、どう、やるの?』

『それに関しては私もできないからちょっとね・・・。ああ、だけど、魔力ってのは体内を常に循環しているから、その流れを感じることが大事だって聞いたことがあるわ』

『魔力の、流れ?』

『その流れを感じたら、なんかこう・・・操って別の力に変えるらしいわよ。ただ、ものすごく難しい技術だそうだから、殆どの人はできないんだって』


 そんな会話だった。ちなみに、魔法は詠唱を行うことで、その魔力操作のプロセスを自動で行ってくれるらしい。しかも、近年では魔法の技術も進歩し、その詠唱も省略出来るようになったのだとか。魔法が使えないのはホントに不便だと、つくづく思う。


「・・・まず、魔力の流れ、見つけ、ないと」


 出来たとしても意味ないかもしれないけど、とにかく今はできることをやっていかないと。そうじゃないと、気が済まない。


 真夜中、私は一人で魔力に集中を注いだ。


 魔力は体内を循環するエネルギーだ。恐らく、血液のように全身を巡っているのだろう。


「・・・」


 ひたすらに意識を集中する。しかし、漠然としたイメージだからだろうか。なかなか魔力の流れは掴めない。・・・やはり、もう少し具体的なイメージが必要だ。


 魔力といえば、なんだろうか。真っ先に思い浮かぶのは魔法だ。だけど、私には魔法は使えないから、魔法の感覚なんて・・・いや、待てよ。


 私は一つだけ、知っている。魔法を知っている。


「・・・隷属魔法」


 あれは確か、対象の魔力に干渉することで痛みを与える魔法だ。


 ・・・なら、あの時の感覚を思い出せばいい。あの痛みを蘇らせるんだ。・・・嫌なことも苦しいことも、あの痛みでさえも、全部をイメージの道具に変えるんだ。


 自由を手に入れるために。




 大丈夫。痛みなら、何よりも鮮明に思い出せる。




「─────っ!」


 その時、全身から熱を感じた。何かが、全身を駆け巡っている。これだ、この感覚だ。もの凄い力が、エネルギーが、私の体内で脈打つ。


 しかし、集中しすぎたせいだろうか。昼間の疲労もあり、私は倒れるように眠ってしまった。


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