第6話「理不尽」
何で、私なの?
朦朧とする意識の中、私は何度もそう思った。
気が狂うほどの激痛と、狂気に満ちた時間だった。何度叫んだか分からない。何度泣いたか分からない。喚いて、漏らして、吐いて、訳が分からないくらいに痛みでぐちゃぐちゃにされた。
はっきりとした記憶はないけれど、その苦痛だけは鮮明に覚えてる。脳裏に焼き付いて離れないんだ。
「───・・・ね・・・きつ・・・ね・・・!」
何かが聞こえる。誰かが、私を呼んでる? 誰かが・・・まさか、ご主人様じゃ・・・
「狐! しっかりして!」
「─────っ! い、いやあああああああああああああああああああああっっ!!!」
「落ち着いて! 大丈夫! 大丈夫だから!」
「いや、ぁ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 許してください。ご、ご主人様・・・も、もう、もう嫌、痛いのは、痛いのは! いやぁ!」
恐怖が、ただひたすらに強大な恐怖が、私を押し潰す。もうこれ以上、あんな辛い思いしたくない。
嫌だ。
怖い。
辛い。
怖い。
怖い!!
「大丈夫よ! もう痛いのは終わったの! ご主人様は今居ないわ! 私よ、赤猫よ!」
「・・・ぅ、え? おわ、った?」
「そうよ。もう、大丈夫よ」
優しい声が、錯乱する私を段々と落ち着かせる。
終わった・・・あの拷問が、やっと終わった? じゃあ、もう、痛いのはないの? 私は大丈夫なの?
「・・・ほんとうに、もう、おわ、り?」
「っ、それは・・・」
口ごもる赤猫さん。
・・・そうだ。今は一時的に拷問が終わっただけだ。どうせまた、またやられる。また辛い思いをする。また怖い思いをする。
でも、逃げられない。私はご主人様の奴隷だから、ご主人様からは逃げられない。
そのことを、深く、深く心に刻み込まれた。
◇◇◇
後から赤猫さんに聞いた話によると、私は約三日間、ぶっ通しで拷問を受けたのだとか。こんなにも長い拷問時間は、これまでの奴隷と比べても異例らしい。理由は分からないけれど、私は気に入られたのかもしれない。
でも、拷問は当然あの三日間だけでは終わらなかった。他の奴隷への拷問もあるとはいえ、あの後も私は何度も呼び出された。
何度も何度も酷い拷問を受けた。
生きているのが不思議なくらいの苦痛と恐怖を与えられ続け、もうどれくらいの月日が経っただろう。たぶん、半年近くは経過していると思う。
それだけあれば、心なんて簡単に壊れてしまう。
もう、私は私を人間と思えない。私は人間を同族だとは思えない。あの頃の私はもういない。
いるのは、名も無き奴隷ただ一匹だけだ。
「・・・あ」
いつも通りの朝。私は箒で玄関を掃除していた。少しでもゴミが残っていればご主人様が怒るので、丁寧に掃いていく。しかし、ふと手を止めた。
そうだ、今日は私が買い出しに行くんだった。
「急がないと・・・」
急がないと、ご主人様に叱られてしまう。慌てて掃き掃除を終わらせ、ゴミがないことを確認すると、私は直ぐに買い出しへとむかった。事前にご主人様から渡されている鞄と財布を持ち、門を抜ける。
屋敷から出た。けれど、逃げようなんて馬鹿な真似は絶対にしない。もし見つかってしまったら・・・そう考えたら、脱走なんて出来るわけが無い。怖くてたまらない。
それに、たとえ屋敷から離れても、隷属魔法は消えたりしない。痛みはいつまでも私を襲うだろう。
痛いのは嫌だ。だから従う。単純だけれど、私はもうそうやって教育されてしまっている。
だからご主人様は使用人を持たず、全て奴隷に仕事をさせている。ご主人様の趣味と両立出来るし、何より普通の使用人と違って奴隷は絶対に言うことを聞くからだそうだ。
本当に、酷い話だ。
「・・・えっと、ここ、だよ、ね」
赤猫さんから渡されていた地図を頼りに、お店を見つける。店へ向かうと、店主の男が眉を顰めるのが見えた。やっぱり、獣人は気味が悪いし不快なのだろう。それは、この半年で嫌というほど思い知った。
買い出しに来るのは初めてじゃない。その度に、人々からは嫌悪や憎悪の視線を向けられる。だけど、それだけで済めばまだいい方だ。
無邪気な子供たちに石を投げられたことがあった。
不良の青年たちから、集団で酷い暴力を受けたこともあった。
でもそれらの行動を咎める人はどこにもいない。だって、彼らは正しいから。誰が何をしようと、必ず獣人が”悪”なんだから。
「・・・」
俯いて、視界を閉ざして、ただ機械的に必要な食材や物資を購入する。そして逃げるように店を離れた。
・・・ああ、惨めだなぁ。
怯えて、震えて、目を背けて、そんな自分が惨めで仕方ない。
今までの私は自由奔放で、周りの目なんか気にせずに好きなように生きていた。授業中に枕を使って寝て、先生に思いっきり怒られたこともあったっけ。
楽しい日々だった。だけどそれらは、一瞬にして消え去った。
「おい! 早く早く!」
「こっちだよ!」
子供たちが楽しそうに駆けていく。
私もよく、とろいからと友達に手を引かれていた。私はこんな何気ない景色でさえも、過去に結びつけてしまう。もう絶対に、戻れないのに。
それにしても、今日は人が多いような気がする。街の様子が少し違うというか、何だかいつもより活気がある。まるで何か、祭りでもあるみたいだ。
「早くしないと勇者様の姿を見れねーぞ!」
「ま、待ってよー」
また別の子供たちが私の前を通り過ぎた。・・・勇者様? なんだろう?
丁度子供たちの向かった先と私の行く先が同じだったので、ついて行ってみる。そこには物凄い人だかりが出来ていた。どうやらパレードのようなものが開催されているようだ。
人々の話し声に耳を傾ける。その内容から察するに、魔王軍を倒すために現れた勇者様たちが遠征に行くのだとか。ゲームみたいな話だけど、それもこの世界では有り得る話だ。
「・・・勇者様、か」
こんなパレードまで開かれて、皆に祝福されて、色んな人から愛されて、大切にされて、きっと幸せな毎日を送っているんだろう。死にたくなるような苦痛を感じることも、大勢から石を投げつけられることもないんだろう。
────羨ましい。
今の私とは程遠い存在だ。一体、どんな人達なん、だ、ろ・・・
「・・・・・・・・・え?」
目にした光景を、私は信じられなかった。
だって、そんな、ありえないだろう。
ここに、こんな異世界に、花乃や詩織、凛子や翔斗・・・私の、クラスメイトたちがいるなんて。
彼らは綺麗な装備を身にまとい、パレードの中心にいた。顔つきや体格がやや変わっているけど、確かに彼らだ。もしかして、彼らが、勇者様?
「・・・ウソ、でしょ?」
────ふと、全てが繋がった気がした。
そうか、あの魔法陣は教室全体を包んでいた。あの場にいた全員が、この世界に喚び出されたんだ。そして、みんなは勇者になった。
・・・それなのに、何故か私だけは獣人になってしまった。だから、勇者には選ばれず、奴隷に落とされたんだ。
「は、はは、は・・・・・・」
なんだ、それ。
意味がわからない。
どうして私だけ、こんな目に遭ってるの?
どうして私だけ、鎖に縛られ、毎日のように拷問を受け続けて、抵抗も出来ずに人間の言いなりになってるの?
どうして私だけ、こんな地獄にいるの?
どうして、どうして、どうして・・・
────────────理不尽、じゃんか。
彼らは何も悪くない。そんなことは、分かってる。でも、羨望が、嫉妬が、憎悪が抑えられない。
どうしようもないほどの痛みが心を襲い、掠れた声が漏れ出た。
・・・なんなの、これ。こんな仕打ち、あんまりじゃないか。私が何したって言うんだ。あの時の痛みも、今この痛みも、何もかも理不尽じゃないか。
・・・もう、嫌だよ。
ねえ、誰か、教えて。
この痛みを、この苦しみを、どうしたらいいの?
きっとこのままじゃ、解放されることなんて無い。逃げることなんてできない。いつまでも、臆病で弱い惨めな奴隷のままだ。
なら、私はどうすればいいの?
この地獄から抜け出すために、私は・・・・・
「────もう、ご主人様を、殺すしか、ない」
それ以外、分からない。




