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狐のあくび  作者: はしご
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第28話「今この瞬間の幸福」


「そろそろ着くぞ」


 数十分の空の旅もいよいよ終わりが近づき、ついに目的地に着くらしい。というかそもそも、どこを目指して飛んでいたのか自体私はよくわかっていない。


 顔合わせは後日とか言ってたし、他の幹部の人の所へ向かったわけではないんだろうけど。


「あれは・・・屋敷?」

「ああ。儂の屋敷じゃ。そして今日から、カゲハの屋敷でもあるぞ」


 眼下に見えたのは、とても立派なお屋敷だった。


 リボルトの屋敷と同じか、それ以上の大きさで、庭も広い。凄い・・・別に疑ってたわけじゃないけど、本当に貴族だったんだ。


 大きな庭の中央には円形の広いスペースがある。私たちはそこの中心にゆっくりと降り立った。これは、ヘリポートみたいなものなのだろうか。


 龍人族はその名の通り完全に龍化することが出来るらしいから、その時も安全に着地できるよう広く作られてたりするのかな?


「それじゃあ、早速屋敷を案内しよう。魔王城ほどの大きさや広さはないが、快適な家じゃよ」


 いや、この屋敷も十分大きいけどね。まあ確かに、魔王城と比べちゃうとどうしたって小さく感じるのかもしれないけど。



 魔王城は、はっきり言って凄く大きい。てっぺんまで見上げると首が痛くなるくらいには。さすがは魔族の王様の城って感じだ。


 とはいえ、想像していた魔王城のように禍々しい雰囲気はなく、むしろ夢の国のお城みたいな雰囲気だった。あれは、なんだか神々しさまで感じるお城だった。


 そうは言っても、実の所私からすればどちらもあまり変わらない。


 だって、檻の中に比べれば、ずっと広い。



「オル────おじいちゃん」

「そんな無理して呼ばんでもいいぞ?」

「大丈夫」

「それなら良いんじゃが・・・。それで、なんじゃ?」

「・・・えっと、その・・・ありがとう」


 屋敷に住まわせてくれることや、他にも色々と、まだちゃんとしたお礼を言っていなかった。


「ほっほっほ。儂のしたいようにしてるだけじゃ。礼はいらんわい。それよりカゲハ、早速屋敷を案内しよう。ついてこい」

「うん」


 どこかさっきまでより明るい声音で、おじいちゃんは屋敷へと歩いていった。


 その背を見て、考える。彼のことを家族とは、私はまだ思えないけれど、でも・・・この人は、信用してもいいだろう。たぶん、魔王様やレイヴンさんと同じような────良い人だ。


 私は少し駆け足で追いつき、その隣を歩いた。



  ◇◇◇



 夜。私の想像の何倍も広い大浴場に言葉を失いつつ、私は静かに湯舟に足をつけた。


 お湯はとても温かくて、そして心地好い。少しずつ湯舟に浸かっていき、肩まで浸かったところで、私は一息ついた。


「・・・ふぅ」


 気持ちいい。


 まともなお風呂に入ったのなんて、いつぶりだろう。奴隷だった頃なんか、濡れタオルで体を拭いていただけだったし、魔王城にいた時も強くなることしか頭になかったからゆっくり風呂を堪能している余裕なんてなかった。



 ────それにしても、今日は色んなことがあったな・・・



 私はふと高い天井を見上げながら、今日のことを振り返る。


 魔王様に最高幹部にならないかと言われたその日のうちに、服を貰って、住む場所を貰った。なんという手際の良さだろうか。魔王様曰く、もしもに備えて事前におじいちゃんに話は通していたらしい。


「おじいちゃん、か」


 未だに慣れない響きだ。


 人間だった時も、母方の祖父母は既に他界していたし、父方の祖父母には会ったことがない。だから、なんとなく違和感がある。


 しかし、違和感といえば、私が今日からこんな屋敷に住むということ自体が一番の違和感だけど。



 あの後、私はおじいちゃんと一緒に屋敷に入った。


 何人かの使用人が出迎えてくれたが、どうしても奴隷のメイドたちを想起してしまう。けれど、この屋敷にいる彼らの首には首輪や鎖なんてものはなく、苦しんでいる様子もなかった。


 みんなとても優しくて、親切で、いきなり住むことになった私に対してもとても好意的に接してくれた。


 それから、おじいちゃんにに屋敷を案内してもらったけれど、正直言ってリボルトの屋敷よりずっと綺麗だった。お風呂も大きいのにピカピカだったし。奴隷ではないきちんとした使用人を雇っているおかげなのかな。ホコリひとつ見当たらなかった。


 リボルトの家は、高そうな絵画や壺が沢山あってごちゃごちゃしていたけれど、対してこの屋敷は全体的に清潔な感じがする。無駄なものがない感じだ。


 それに、使用人の人たちもみんな穏やかで優しいし、この屋敷はとても居心地がいい。


 だからこそ、思う。



「・・・私、ここにいていいのかな」



 なんとなく、場違いな感じがしてしまう。


 別に、前みたいに自分自身に対して迷いがあったり、否定的だったりするわけじゃない。魔王様のおかげで、私は前より自分を認められるようになったと思う。


 けど、それとは別に・・・不安なんだ。


 幸せなんてものは、簡単に崩れてしまう。それを、私は既に嫌というほど味わってきた。だから、良い場所で、良い人に囲まれて、良い生活をして・・・それだと、きっとこの不安は日増しに大きくなる。


 大切になればなるほど、手放した時のことを考えて怖くなる。



「・・・あがろ」


 思考をやめ、私はのぼせる前に湯船から出て、脱衣場へと向かった。バスタオルで身体を拭き、そして使用人の人が用意してくれたという着替えを手に取る。


 ・・・これは、浴衣? 浴衣だ。でもなんで浴衣? 洋風な屋敷とはミスマッチな気がするけど・・・やっぱり狐の獣人には和装の方が合ってるのかな? まあいいや。


 用意された下着と浴衣を着て、私は脱衣場から出る。この後夕食があるから食堂に来るよう言われていたので、そちらへと向かう。


「お、カゲハ。こっちじゃこっち」

「ん・・・」


 食堂に着くと、先に座っていたおじいちゃんが私を呼んで手招きする。・・・長いテーブルだ。私は取り敢えず、おじいちゃんの正面の席に座ることにした。


「なんだか浮かない表情じゃのぅ。やはり魔王様がいないからか? それとも何か不満があったか?」

「ち、違う。そうじゃ、なくて・・・」


 風呂で感じた不安が今も拭えない。


 友達との楽しかった毎日も、初めてできた家族との日常も、いつも一瞬にして消え去った。あの感覚は、きっと何度味わっても慣れはしないだろう。



「私・・・幸せになることが、怖いの」



 贅沢な悩みかもしれない。少し前の私だったら、そんなこと考える余裕もなかっただろう。でも、この恐怖は・・・純粋な痛みなんかより、ずっと大きくて、苦しい。


「・・・そうじゃな」


 おじいちゃんは、重く、低く、そして静かに肯定する。


「幸福というものは、尊くて、眩くて、それでいて恐ろしい。幸福を失ったとき、幸福を壊されたとき、幸福を手放したとき、取り返しがつかないからじゃ」


 そうだ。一度崩れた幸せは、二度と元には戻らない。私はもうかつての友人を愛することは出来ないし、あの大切な家族とまた話すことも出来ない。


「時間は残酷じゃな。何せやり直せない。失敗も、後悔も、一度過ぎたことはもう二度目はやってこない」

「・・・」

「じゃが、それは幸福とて同じことじゃ」

「えっ?」


 顔を上げる私に、おじいちゃんはニッと笑う。


「楽しいことも、嬉しいことも、同じものは二度とやってこない。それなのに、いずれ来る不幸に怯えて目を背けるなんて、勿体ないではないか」

「勿体、ない?」

「そうじゃ」


 幸せに対して勿体ないなんて、考えたこともなかった。


 こうして話している間にも、使用人の人が料理を運んできてくれる。おじいちゃんはスプーンを手に取ると、スープを掬って一口飲んだ。


「このスープは美味い。何せ儂の雇った一流シェフが作っておるからの。そして、美味い料理を食べられるのは幸福じゃ。これを味わわないなんて勿体ない。ほれ、お主も食ってみよ」

「・・・」


 おじいちゃんに促され、私も運ばれてきたスープを一口飲む。


「・・・おいしい」

「じゃろう? カゲハよ。いつ来るかもわからん不幸なんざ気にするだけ無駄じゃ。失うことを恐れて得ることを諦めては元も子もない。今この瞬間の幸福を楽しむんじゃ。人生は、楽しむためにあるんじゃからな。やりたいことをやって、そして最期、満足して死ぬ。それが儂の考える最高の人生じゃよ」


 ・・・やりたいことをやって、満足して死ぬ、か。魔王様も私のしたいことをしろと言っていた。そういう生き方も、いいのかな。もし、そう生きれたなら・・・いいな。


「あむっ」

「お」


 他の料理も口に運ぶ。


 やっぱり、すごく美味しい。


 生き方、考え方なんてものは人それぞれで、私はどうすればいいのかなんてまだはっきりとは分かんないけど、でも・・・今は取り敢えず、目の前の幸せを大切にしたいと、ほんの少しだけ、そう思った。


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