第27話「おじいちゃんと孫」
・・・今、何て言った?
どうしよう。魔王様の話はちゃんと聞いていたはずなのに、いきなり訳が分からなくなった。
おじいちゃん? オルヴァさんが? 私の? 意味がわからない。最高幹部の件といい、まさか一日のうちに二度も魔王様の発言の意味がわからなくなるとは思わなかった。
「ど、どういうことですか?」
「どうも何もそのままの意味さ。今日からカゲハには、オルヴァの孫になってもらう」
やっぱり意味が分からない。何のためにそんなことを?
「魔王様よ。それじゃちと説明が雑すぎるわい。この子も混乱しておるぞ」
「っと、悪い悪い。ちゃんと説明しようか」
すると、魔王様はピョンと跳んで、岩の上に乗った。そして、少し高い位置から私たちを見下ろすように足を組んで座る。
私達も座るよう促してきたので、私も近くの岩に腰を下ろした。
「さて、改めて言うけど、カゲハにはオルヴァの戸籍上の孫になってもらう。それには主に理由が三つあるんだ」
「三つ、ですか・・・」
なんだか今日は魔王様から説明ばかり受けている気がする。いや、別にいいんだけど。
「さて。まず一つ目は、現在カゲハの立場が不明瞭なことだ」
魔王様は人差し指を立てて説明を始めた。
立場・・・確かに、今の私は言わば魔王城に居候しているようなものだし、きちんとした戸籍もない。微妙な立ち位置にいることは確かだ。
「魔王軍は、我が国の戦力であるとともに、国民に安心を届ける存在でもある。第一軍だって、私が選んだ人材とはいえ、みんな身元は確かだ。それなのに、どこから来たかも分からない獣人の女の子がいきなり幹部にでもなったら、国民からは不審な目で見られ、不安も募るだろう」
「そこで、オルヴァさんの孫ということにしてしまえば、立場がはっきりする、と」
「流石カゲハ。察しがいいな」
確かに、オルヴァさんは魔族最強とまで言われる人らしい。そんな人の孫だったら、いきなり最高幹部になったとしても、そこまで違和感はないかもしれない。
「そして二つ目。カゲハは貴族になれる」
「えっ?」
「オルヴァはこう見えても上流貴族だからな。その孫になれば、必然的にカゲハも貴族になれるってわけさ。そしたら、いきなり最高幹部になったとしても、下手にちょっかいかけてくるような輩も減るだろう」
「こう見えてもは余計じゃないかのぅ?」
貴族、か。正直、あまり良いイメージはない。私の知っている貴族はあの人だけだったから。
でも、高い地位につけばそれだけやれることも増えるのも確かだ。悪い話ではないように思える。
「そして三つ目。・・・君に、帰る家ができる」
「─────っ」
・・・帰る家?
そんなの、別にほしくなんかない。私には昔から家に居場所なんてなかったし、最近になってようやくそう思えるような場所に出逢えたと思ったら、それも全部失った。
けど、今の私には魔王様がいる。私の居場所は魔王様の傍だけだ。
だから、今更そんなの・・・
「ま、そう深く考える必要もない。純粋に、住居が出来るってだけさ。流石にこれからずっと城の客室に住まわせる訳にもいかないからね」
「・・・・・そう、ですか。わかりました」
でも、それが魔王様の考えだというのなら、私に断るという選択肢なんて、元よりない。
それに、普通に考えてもこれはとても良い話だろうし。
ただ一つ、疑問に思った点がある。
「でも、私とオルヴァさんは種族が違うけど、大丈夫なんですか?」
「ん、ああ。それなら問題ないさ。我々魔族は異種族同士で子を成した場合、ほとんどの場合はどちらか片方の種族のみを受け継ぐんだ。だから、家族で種族が違うことくらいよくあるさ」
へぇ、そうなんだ。初めて知った。
やっぱり普通の人間とは違うみたいだ。さっきもだけど、魔族というのは人間とはかけ離れた種族なのだと、何度も実感させられる。
「ようやく話がまとまったようじゃの」
魔王様の説明が終わり、私は件のオルヴァさんへと視線を移した。
あまりにも急な話だったけれど・・・この人が、私の義理の祖父になるんだよね。なんか、変な感じだ。
「えっと・・・その、よろしく」
「うむ。よろしくの。改めて、オルヴァ・レングウ、龍人族じゃ。お主・・・カゲハには、これからレングウの姓を名乗ってもらうぞ」
「わ、わかった」
「ほっほっほ。そう緊張せんでよい」
オルヴァさんは優しげな声音で話しかけてくれる。どうやら少し緊張してしまってたようだ。まあ、彼の強さを今しがたこの目で見たばかりだし。無意識のうちに萎縮してしまったんだろう。
「さて、カゲハ。悪いが私にはこの後ちょっとした用があってな。少しお別れだ。この後はオルヴァに案内してもらうといい」
「えっ。魔王様、行っちゃうの?」
悲痛の声を上げる私の頭に、魔王様はポンと手を置いた。そして優しく撫でてくれる。
「大丈夫だ。またすぐ会えるからな。オルヴァ、頼んだぞ」
「了解じゃ」
「・・・それじゃ、カゲハ。またな」
「あっ・・・」
魔王様はそういって、最後にもう一度私の頭を撫でたあと、洞窟の出口へと向かってしまった。あまりにも急に、そして呆気なく、魔王様は洞窟を後にした。
取り残された私は、肩を落とし俯いた。
「そう落ち込むでない」
「ご、ごめんなさい」
「別に謝る必要はないわい。それだけお主にとって、魔王様は大切な方なのじゃろう?」
「・・・うん」
魔王様とほんの少しでも一緒にいられないのは、寂しいし辛い。けど、それは私が魔王様を大切に思っているから生まれる感情であり、独りの時の寂しさとは違う感情だ。
村の人達みたいに、もう二度と会えないわけじゃない。
「カゲハよ」
「・・・なに?」
俯く私に、オルヴァさんはそっと微笑む。
「お主・・・空を飛んだことはあるか?」
◇◇◇
「わあぁ・・・」
風を、空気を、全身に受ける。眼下に広がる広大な景色に、思わず感嘆の声が漏れる。
「どうじゃ? 気持ち良いじゃろ?」
「うん」
私は今、空を飛んでいる。
正確には、空を飛ぶオルヴァさんに背負われている、だけれど。
オルヴァさんは龍人族という種族で、普段は角以外の翼や尻尾などは仕舞っているが、今のように出すことも出来るらしい。
また、今は人型だが、完全に龍の姿になることもできるのだとか。
「これで少しは元気出たかの」
「・・・もしかして、そのために飛んでくれたの?」
どうやら、私を元気づけようとしてくれたらしい。
「・・・ありがとう。オルヴァさん」
「なに。移動のついでじゃよ」
私はオルヴァさんに感謝を伝えると、その肩に頬をのせた。
・・・温かい。
ここの人達は、人族よりもずっと温かい人ばかりだ。当たり前のように向けてくれるその優しさが、とても心地好い。
「のう、カゲハ。一つだけ、儂の頼みを聞いてはくれんか?」
「頼み?」
「ああ。儂のことを・・・おじいちゃん、と呼んでほしいのじゃ」
「え?」
そんなオルヴァさんの突然の発言に、私は思わず首を傾げた。しかし、すぐにその意味を理解する。
「・・・ああ。確かに、オルヴァさんの孫だって他の人に思わせるなら、そっちの方が良いのかも」
「いいや、別にそんな意図はないわい」
「?」
それじゃあ、どういう意味なんだろう?
「実はのぅ・・・儂、前から孫におじいちゃんと呼ばれるのが夢だったんじゃよ!」
オルヴァさんは興奮ぎみにそう言った。
完全に予想外の返答に、私は思わず「ええ・・・」と言ってしまった。
なんだか、今ので魔族最強の威厳みたいなものが、私の中で崩れ去ってしまったような気がする。
「まあ、カゲハが嫌ならば、無理は言わんがな」
「・・・」
それなのに、最後に見せた彼の表情が、なんだか少しだけ、悲しそうに見えた。なぜか、その表情がいやに気なった。
そのせい、だろうか。
「・・・・・・おじいちゃん」
ボソッと、聞こえるかどうかも分からないくらいの声で、私はそう呟いた。
「・・・ありがとう」
しかしそれは、しっかりと彼の耳に届いたらしい。そっと、嬉しそうに笑った。
この呼び方にどんな意味があったのか、私には分からないけど・・・取り敢えず、こう答えることにした。
「別に。孫になるついでだから」
この日、私に、少し変わった優しいおじいちゃんができた。




