キス
「仕方ない、行くか」
奏はミスコンで一位を取った。
パンを食べていたら、生徒会の役員が来て、告げられた。
「最後だから、楽しんじゃえよ」
俺は食堂の椅子に座ったまま、手をふった。
生徒会役員に連れられた奏が俺を睨む。
「……ちょっとまて、了太。お前も来るよな」
もちろん見るつもりだ。一番うしろでぼんやりと。
「…………いくよ?」
「一緒に来い」
えーー、めんどくさいーー。
ミスコン・ミスターコンは、他校の生徒も参加できる投票制だ。
とにかくテンションが高いから、騒がしくて疲れるんだよな。
そのままクラスイチ(一番売り上げが高かったクラスの発表)や、閉会式もあるから、全員集合なんだけど、毎年一番後ろでぼんやり……が俺スタイルなのに。
「最後だから、楽しむんだろ?」
奏にすごまれて、俺は椅子を下りた。
仕方ない。
ミスコンの会場は体育館だ。
奏や竹中の垂れ幕、生徒会応援の集団から、来年入学する中学生まで、ぎっちりだ。
「……やっぱ俺一番後ろに……」
「だーめ」
奏に言われて、最前列に座らされる。
その姿を見て女の子たちが叫ぶ。
「キャーーー、小早川先輩!」
奏はひらひら手を振って、舞台裏に消える。
三年連続だと、慣れたものだ。
まあ去年はミスターのほうだったけど。
座って観察すると、右には奏のファンクラブ(女と男が半分半分)。
「竹中先輩ーーーー!」
左には竹中ファンクラブ(全員女)。
その真ん中に俺は座らされた。
何? ジャッジでもすればいいの?
まあ、決選投票や、何かあるわけじゃなく、簡単な挨拶と一芸披露だから、すぐ終わるから、良いか。
体育館が暗くなり、スポットライトがつく。
そこに生徒会長が立っている。
「皆さん、お待たせしました。今年の最後の祭りが……はじまるぜ!!」
「うおおおおお!」
舞台が明るくなって、スカートを履いた生徒会役員が背中をむけて立っている。
後ろ姿で分かる……全員金髪のズラにワンピース……ドールズ!
無論、生徒会役員は全員男だ。
「私たち生徒会……ピンチの時……!」
毎年恒例、生徒会仕切りのクソ歌……いや、クソ演劇……いや、クソ寸劇がはじまった。
「突然襲ってきた生徒会消滅の危機……新しい役員が決まらない……私たちの生徒会が無くなってしまう……私たち五人は立ち上がった……」
「カイチョーーーーー!!」
応援の声が飛ぶ。
「私たちは力を出し切る……一人でも多くの人に、生徒会の素晴らしさを教えるために!!」
曲がかかる。
「ハイ! ハイ! ハイ! ハイ!」
応援団が声援を送り始める。
ドールズの曲がデジタルにリミックスされてる。
それに合わせて生徒会(全員男)がミニスカートで踊り出す。
うわああ……ものすごく揃ってて、残念ながら気持ち悪いです……。
ミスコン前の生徒会の出し物は毎年恒例で、これをみて来年入学予定の一年生が生徒会に入るのをやめるとか。
竹中と奏の応援団もノリノリで踊っている。
舞台で踊る生徒会役員……あれ……いつの間にか六人になってないか?
よく見ると、生徒会の中に竹中が混ざっている。
それに気が付いた女の子たちが叫び出す。
「キャーー! 竹中先輩ーーー!」
「みんなーーー!」
完全にドールズメイクに衣装。
なんか似合ってる……。
それに一人だけ衣装違わない?
なんか高級感があるというか……。
曲が間奏に入り、生徒会長が紹介する。
「今年のミスター・ボーイ……竹中朝陽くんです!」
「どうも、こんにちわ!!」
キャーーーと悲鳴が響く。
「どうしても一緒に踊りたくなって……衣装発注しちゃいました!」
「おおおおおお!!」
応援団のテンションも上がる。
竹中は誰よりもキレッキレな踊りをセンターで披露する。
センターということは、俺の目の前だ。
「イエーイ、了太ーーー!」
フランス人形のメイクを決めた竹中がウインクしてくる。
もう本当に、言葉もない。
俺はちんまりと座って観戦決めた。
「ありがとうございましたーーー!」
今年の生徒会の寸劇は、竹中効果もあったのか、大好評で、なんとアンコールまであった。
まあ竹中が一人で踊ったんだけど。
「では、ミスコンの発表に戻ります」
ドールズの衣装そのままの生徒会長が司会をはじめた。
「ミスコン優勝者は、圧倒的な投票数で……三年二組、小早川奏さんに決まりました!」
大きな拍手と共に奏が出てくる。
一緒に食事をした制服姿のままだ。
「小早川先輩ーーー!」
その声に奏は手を振った。
奏はセンターに座る俺に気が付いて、微笑む。
俺も小さく手をふって、返した。
よく考えたら、これを最前列で見るのは、初めてだ。
生徒会長が奏にインタビューを始める。
「三年連続。去年はミスター・ボーイ、今年はミスコン一位という快挙ですが」
「本当にいろいろあった一年でしたが、最後に女のトップも取れて、大満足です」
会場に笑い声が響く。
「みんな体調を心配してると思いますが……大丈夫なんですか?」
「すっかり女の子慣れました」
「小早川さーーん!!」
今度は男の野太い声が響く。
「ありがとう」
奏は微笑みで返す。
本当に慣れたな……。
「それでは、歌って頂きましょう。曲は西川美和湖の【あの雲の向こうに】」
奏がマイクを持つ。
スポットライトがあたり、イントロが始まる。
大きな拍手が響く。
そういえば、奏は去年もミスター・ボーイで、この曲を歌ったな。
俺は一番後ろで匠や川村と一緒に歌って……。
「雲の、先には~~あなたがーいてー…」
いつもの奏の歌い方だ。
でも女の子の制服で、去年とは違う。
声が高い。
それに、体も細い。
声の出し方も、少し違う。
高音が出やすくなった?
同じ曲なのに、去年は全然違う曲に聞こえる。
本当に、女の子の歌い方だ。
奏の歌声は高く響いて、さっきまで騒がしかった体育館は、静まりかえった。
なんだろう、いつも聞いてるのに、俺は泣きそうになっていた。
俺は一人で行ったコンサートのことを思い出していた。
約束した奏が居なくて、淋しくて、心配で。
楽しいはずのコンサートは、正直いい思い出にならなかった。
その後、病室で奏がこの曲を歌った。
声が高くて、でも綺麗な声で。
そう、この声。
この曲を聞いて、俺は奏が女の子になったと自覚したんだ。
そして秋。
またコンサートに行けると知って、一緒に部屋で聞いた曲は、柔らかくて安心した。
電車の中で一緒にイヤホンをいれて聞いた時は、眠くなった。
奏の閉じた長いまつげ。
秋の日向。
揺れる電車に、つないだ手。
熱くなった掌に、微笑む奏。
帰り道、河原で聞いたハミングは、心地よくて、抱きしめた体は冷たかった。
俺はずっと奏と居たんだな。
全部違うけど、全部同じ奏と。
俺は、どの奏も、好きだなあ。
奏が歌い終わった。
みんなが立ち上がり、会場が柔らかい拍手に包まれる。
俺は座ったまま動けない。
頭の芯がぼんやりする。
視界に奏の靴が入る。
歌い終わった奏が、いつの間にか俺の目の前に来ていた。
「どうしたの?」
不思議そうに、俺の顔を覗き込む。
奏と一緒についてきたスポットライトが俺たちを包む。
奏と抱きしめたら、親友じゃなくなるとか。
奏とキスしたら、結婚しなきゃいけないとか。
未来のことばっかり考えて、今の気持ちを無視していた。
今の俺の気持ちに迷いは無い。
俺は、これからも、奏と居たい。
これから生きていく、俺たちの世界がどんなに変わっても
奏が、となりに居てくれたら、それでいいや。
「奏、おいで」
俺は舞台に居る奏に向かって手を伸ばした。
奏は一瞬驚いた表情をしたが、にっこりと微笑んで、舞台から俺に飛びついた。
おおおおお!!
体育館中の悲鳴と怒号が響く。
俺は奏の手を引いて、人波の中に飛び込む。
未来は未来になったら考えよう。
俺は今、奏が好きだ。
進む方向に人波が割れる。
俺は奏の手を引いたまま進む。
どれだけ進んでも、人の山だ。
きっと全てのクラスが、今体育館に集まっている。
みんなが、走ってここを出て行く俺たちに声をかけている。
何を言っていつのか分からない。
沢山の人に肩を叩かれる。
体育館の暗闇を越えて、光の中へ。
俺は奏の手を引いたまま、体育館を出た。
そのまま校舎内の階段を駆け上がる。
ガランとした校内。
廊下も教室も誰もいない。
飾り付けられたポップだけが、そこを飾る。
今から体育館ではクラスイチも発表されるし、閉会式も行われる。
こんなことしてるのは、俺たちだけだ。
俺は無言で奏の手を引いたまま、屋上まで登り、鉄のドアを開けた。
一気に風が吹き抜ける。
はためく無数の布と、抜けるような秋の青空。
俺はそれを避けて進む。
屋上は、美術部が作った無数の鯉のぼりがはためいていた。
その鯉のぼり、数百。
となりの校舎まで紐が渡されていて、そこにぶら下がっていて、風になびいている。
一緒にクラス出し物や、ライブの時間紹介。
色とりどりの布。
また風が吹き抜けて、俺はやっとまともに呼吸をして、振向いた。
はー、はー、と俺と同じように息をきらす奏がいた。
「息が、苦しいな」
頬を少し赤くした微笑んだ。
「……奏」
俺は、奏を壁際に押しつけて、抱きしめた。
奏と俺の身長は、ほとんど変わらない。
少しだけ、奏のほうが大きいのかも知れない。
奏の肩に、俺のアゴがある。
俺の首の横に、奏の頭がある。
体をピッタリとくっつけると、どうしようもなく安心した。
背中に掌を伸ばして、指先で触れる。
奏の背中は汗ばんでいる。
体育館からここまで一気に走ったんだ、俺だってそうだろう。
奏も俺の背中に手を回す。
汗で冷えたシャツが背中に冷たい。
背中から頭に手を伸ばして、後ろから髪の毛を撫でる。
奏は最近すこし伸びた髪を切って、完全におかっぱにした。
サラサラとした髪の毛を指先で触る。
「奏……好きだよ」
俺は奏の耳元で言う。
奏はコクリと、何度も頷く。
「私も、了太が好き」
俺は奏の形を頭に刻むように、何度も奏の背中を撫でた。
二人の体温が一つになる頃、スッ……と奏が体を離した。
「キス、する?」
「なっ……!!」
俺はもう一度ガバッと奏を抱きしめた。
「お前……こういう時くらい黙れよ」
ドクドクと心臓の音がうるさい。
喉から飛び出してきそうだ。
「……だって、緊張して……何か言ってないと……さあ……」
奏がどんどん小さくなる声で言う。
俺は少し笑ってしまう。
奏は俺から体を離して、いたずらっぽく微笑んだ。
「ほら。いいぞ?」
「もう、お前は……!」
俺は奏を壁際に押しつけて、そのままキスをした。
奏の唇は、冷たくて、柔らかい。
それにほんの少し、甘い。
俺は何度も奏の唇にキスをした。
「ちょ……と、りょーた」
「お前がしろって言ったんだ。もうやめねーぞ」
覚悟が、完全に出来た。
俺は何度も奏の唇にキスをする。
何度もキスをするとお互いの境界線が消えて行くようだ。
俺は奏を壁際に押しつけてキスをしながら、ズルズルと座り込んだ。
「りょーた、ちょっと……」
「やめない」
「ちょっと!」
奏が俺の顔を両手で挟んで引きはがす。
「……私からもキスさせて?」
奏が今度は俺を押し倒した。
奏が俺の腰の上に座って、上からキスをしてくる。
「……ずっとこうしたかった」
俺の両頬の横に手をついて、何度も覆い被さって、キスをしてくる。
そのうち、舌で俺の唇を舐めてくる。
「ちょっと、奏……」
「お前から始めたんだ、やめないよ?」
「……気持ちよすぎるんだよ……」
「知ってる」
俺たちはそのまま屋上に転がり、抱きしめ合った。




