君とリンゴ
文化祭が始まった。
うちの高校の文化祭は、とにかく派手だ。
運動会がないので、騒ぎたい欲は、すべてここにぶつけられる。
クラスごとの出し物から、部活主催の祭り、バンド活動に、生徒会主催のミスコンもある。
学校はお祭り騒ぎだ。
俺は数枚の衣装を仕上げ、後はマフィンとクッキー作りに集中した。
前日も、夜中まで小早川の厨房を借りてしまった。
安堂さんも手伝うと言ってくれたが、断った。
レシピを考えてくれただけで嬉しいし、それじゃ文化祭にならない。
「了太。まだやるの?」
小早川の厨房に何時間もいる俺を、いつもと違うキラキラとした生地のパジャマを来た奏が、何度も覗きに来たが、俺はそれどころじゃない。
「手伝おうか?」
「気持ちだけで大丈夫です!」
奏は入り口でぶーたれていたが、奏は不器用すぎて俺の仕事が増えるだけだ。
去年カフェをやったクラスの友達から、売り上げ総数は聞いていたので、それプラス程度に焼き上げた。
夜すべて作って、一晩冷やし、台車で運んだ。
いつもの通学路を台車で歩くのは新鮮だった。
それをみんなで簡単な段ボールで作ったショーケースに並べる。
「いいじゃない?」
マレフィセントの衣装を着て、角を生やした衛藤さんが言う。
「…………ありがとう」
俺は口元がピクピクするのを、押さえられない。
「何よ、笑いたいなら、笑いなさい!!」
またその言い方が悪役すぎる。
チラリと横を見ると、川村が恍惚の表情をしている。
マゾにも限度があるだろ。
「はい、リンゴはどうですか?」
白雪姫の魔女の格好をした奏が、カゴに乗せたリンゴを俺に渡す。
金の王冠を乗せて、変なメイクに大きな襟。
間違いなく変なのに、かわいく見えるなんて、どうかしている。
「毒でも何でも食べちゃいそうで怖い……」
俺はリンゴ片手に呟く。
「毒があったほうが、美味しいかもよ?」
竹中は俺が受け取ったリンゴを横取りして食べた。
「おいこら、それは俺のだ」
竹中を睨む。
「禁断のリンゴは、まだ頂いてないみたいね?」
竹中が、またリンゴをかじる。
「……かじったら、最後だろ」
親友の俺たちは。
「新しいステージが始まるだけじゃん」
竹中はピースサインをして、女の子の輪に加わる。
ああ、俺は頭からっぽな竹中が羨ましい。
ピンポンパンポンと気の抜けた音が響く。
「はーい、ミスコン第一は、現時点でぶっちぎり! 三年二組の小早川奏ちゃんです」
校内放送がかかる。
「去年の男性一位が、女性一位になるという驚きの現象に生徒会一同、驚愕しております!」
「おおおおおお!!!」
それを聞いて二組は盛り上がる。
廊下で列を作って待ってる人も教室になだれ込む。
奏は教室の真ん中に立つ。
「おほほほほ、ほれ! みんな、リンゴをお食べ!!」
奏は高笑いする。
なりきりにも程があるだろ。
「ぜひお願いします」
「俺にも!」
「ください!!」
来店した男たちがひれ伏す。
「ひとつ500円よーーー」
「ははーーーー!!」
男達がひざまずく。
「おほほほほ!!」
奏……? 魔女……?
俺にはもう分からないよ。
「……ああして見ると、由貴子さんソックリだ」
竹中はコーヒーを入れながら恍惚の表情で言う。
「俺の知ってる由貴子さんは……あれじゃなかったぞ」
俺は思わず言う。
「マジで?」
竹中はグリンと振向く。
「お前だって、最初に知り合った頃の由貴子さんは、アレじゃなかっただろ……」
アレ、な奏は、6つで500円で買ってきた安物のリンゴを、たたき売りしている。
奏の前には行列が出来ている。
甘味の売り上げをリンゴが抜きそうで怖い。
ショーケースの前にお客さんが来た。
「マフィン、5個ください」
一年生らしき女の子だ。
「持ち帰りますか?」
俺は取り出しながら、聞いた。
「一つは……あ、やっぱり二つは食べたいです。あと三つは持ち帰りで」
女の子はにっこりと微笑んで言った。
「とっても美味しいです、これ。あ、クッキーも一袋!」
それを聞いて、俺は嬉しくてたまらない。
作ったものが目の前で評価されるのに、ハマリそうだ。
感動で胸がいっぱいになる。
「ご一緒にコーヒーはいかがですか?」
竹中が俺の前にスッと入る。
「あ……! 竹中先輩! あの大ファンです! コーヒーください!!」
「席まで持って行くね」
竹中がキュルンとウインクする。
「キャーーー!!」
俺の感動台無しだ。
睨むが、竹中は鼻歌を歌って俺を完全に無視。
またピンポンパンポンと校内放送がかかる。
「ミスター・ボーイ速報でーす。現在男性一位は、これまた三年二組の竹中朝陽くん。立ち上がれ諸君、こんな新参者にミスター・ボーイを取られていいのか!!」
キャーーーーと今度はクラスに悲鳴が響く。
竹中はスッとショーケースの前に出た。
「ありがとう、みんな」
「キャーーーーーー!!」
「マフィンとクッキー、どっちがいいかな? 今なら俺が運ぶよ?」
「どっちもくださいいいいいい」
「竹中さんがいれたコーヒーお代りで!!」
「私にもください!!」
「エキスくださいいいい」
「吸わせてくださいいいい」
口元をコーヒーで濡らした女達が寄ってくる。
ガチな竹中ファンは、開店から悪役カフェに入り浸り、もう5杯以上コーヒーを飲んでいる。
「みんな、大丈夫ー?」
竹中が聞く。
「まだまだ飲めます、食べられます!!」
女の子たちの目は光っている。
俺は思うんだ。
竹中はヤンデレ製造器、もしくはヤンデレ集合場所。
集まったらヤンデレの天国に行ける。
その頂点に立つのは由貴子さんだ。
……怖くて怖くて、震える……。
「リンゴいかがですか?」
振向くと奏がリンゴ片手に立っている。
「……もう三つは食べたぞ」
「そうだっけ?」
奏は俺にリンゴを渡す。
「マフィン、まだ残ってる?」
奏は棚を覗き込む。
正直、昼をすぎて、かなり在庫が減ってきていた。
「お腹すいてきちゃったよー」
「奏には、ちゃんと別に焼いたから」
奏とお昼の食べようと、俺は初のパンにチャレンジしていた。
濃いメイクの奏がパアアと微笑む。
「楽しみ!」
俺は昔から何かを作る好きだけど、ずっとずっと、奏の笑顔がみたいから、何かを作ってきたんじゃないか?
ふとそう思う。
虫取り網も、奏が喜ぶから。
レゴだって、なんだって。
俺はずっと、奏の笑顔が見たいんだ。
休憩時間。
食堂でパンを出してみた。
「おおおお! パンっぽいよ!」
奏は中身をみて興奮する。
「パンだよ、パン焼いたんだから」
俺はドキドキしながら、ひとつを奏に渡す。
「何なにー?」
奏が紙袋を開ける。
「クリームパンだ」
「一番好きだろ」
奏はパン屋にいくと、いつもクリームパンを食べる。
だから安堂さんに相談して、作ってみた。
何度も何度も失敗して、クリームパンの飛行機が飛んできて、俺を攻撃する夢まで見た。
でも俺はクリームパンを諦められなかった。
一番最初に食べてもらうのは、奏で、だったら奏の大好物を作りたかったんだ。
奏が真ん中で割る。
「おおお、クリームパンじゃん!」
だからそうだって。
奏が口に入れる。
ああ、とんでもなくドキドキする。
「……んん、美味しいよ、了太」
奏が口の周りにクリームをつけた奏が言う。
「マジで?」
俺は力が抜ける。
良かった……。
「マジマジ、大マジ。最初でこれなんて、すごいじゃん!」
まあ実は最初じゃなくて50個くらいのパンを失敗してるけど。
奏はパクパク食べる。
俺はその姿を見て、涙が出そうになる。
「超美味しかった! 次は? 次は何?」
奏はペロリと食べて、袋の中を漁る。
「ハムチーズパンだーー!」
「どうぞ」
これも奏の大好物だ。
ハムとチーズとマヨネーズ。
財閥のお嬢様なくせに、どうしてこういった俗物を好むのだろう。
まあ美味しいとは思うけど。
奏はムシャムシャと食べて、にっこり微笑んだ。
「あーー、美味しかった。了太、本当にありがとう」
「良かったよ、美味しくて」
本気で安心した。
やっぱり不安だったんだ。
奏はえへへと笑う。
「また私が了太の【はじめて】ゲットだ」
「なんじゃそりゃ」
俺もクリームパンを食べる。
うん、いけるな。
安堂さんありがとう……。
「了太のはじめて作ったパンを食べたのは、私なんだ~」
「……まあ、そうなるかな」
「なんか、そういうのって、嬉しくて」
「最初の料理を食べさせたのも、奏だろ」
「待って覚えてる。……ホットケーキ!」
「大正解」
「小学校の三年生くらい? 夏休みに作ってくれたんだよな」
「カッチカチのな」
奏がアハハハと笑う。
「なんであれ、あんなに固かったんだ?」
「たぶん、水が足りなかったんだろうなー」
今考えると。
「はじめて洗濯物を畳んだのも、茶碗洗ったのも、了太と一緒だ」
「今までしてなかったのが特殊だろ、それは」
「そんなことが、嬉しいんだよ」
奏が微笑んで、髪の毛を耳にかけた。
俺は残りのパンを口にねじこんだ。
「……俺はもう、その手には乗らない」
「なんだよ」
奏が俺の服をグイグイ引っ張る。
「可愛い大作戦には乗らないーー」
「なんだそれーー」
奏が肩をぶつけてくる。
女子力が高すぎて、めまいがする。
奏だからなの?
普通の女子はみんなこうなの?
サンプルデータが少なすぎて俺には分からない……。