オレンジの君
奏と居たい、居たくない……をグルグル1,000回転ほどして、夏休みは終了した。
ずっと家にいる夏休みより、学校のが100倍楽に感じる。
「了太くん……なんか、やつれてない?」
俺に聞いてきた竹中こそ、げっそりやつれていた。
「……お前こそ、やべーぞ」
くくく……と思わず笑う。聞かずにいられない、我慢が出来ない。
「夏祭りのあと、由貴子さんと、どーなったんだよ」
竹中はにっこりと微笑む。
「二日間拉致監禁されて、搾り取られた」
「ぎゃははははは!!!」
爆笑以外ない。
「見てくれ、俺のスマホを」
竹中が取り出したスマホは、画面の真ん中に巨大なヒビが入っていた。
「ギャー! これで使えるの?! てか、金持ちなんだから即買えよ」
笑いすぎて涙が出る。
「電源は入るし、変えてもまた壊されそうだ」
竹中はにっこりと微笑む。
この状態のスマホを目の前に微笑むとは。
やはり竹中、ただ者ではない。
「メモリは?」
「由貴子さんのみ」
ホットラインじゃねーか。
「あの人は……本当にすごい……」
竹中の目は遠くを見ている。
「おいおい、ついにダークサイドに落ちたのか? 力を大事にしろよ」
俺は年末の映画に向けて、復習中だ。
今はオトンとアニメ版を見ている。
「レイア姫……? 由貴子さんみたいなもんだ……」
たしかにあの姫は銃ぶっ放したりスゲーけど、由貴子さんほど病んでない気が……。
「了太くんこそ、小早川さんと何かあったね」
竹中はニヤニヤしている。
さすが恋愛関係には鋭いというか……なんと言うか。
「……もう奏に近づくんじゃねーぞ」
俺はポツリと言う。
「ヒューヒュー! 言うねえ! 俺元気出てきた! ねえ、みんなID教えて? 消えちゃったんだよ~~」
竹中は、くるくる周りながら、女の子集団の中に消えた。
夏休みが終わって、文化祭の準備が始まった。
俺が発案したカフェは、女子達にも受け入れられた。
もちろん学校に持参した安堂さんのパンのおかげだが。
「ちょっと……これ、ヤバい!!」
衛藤さんと西野さんは、大騒ぎしながらパンを食べた。
「二宮ふん、こひが作れふの?」
西野さんは口に大盛りのパンを詰め込んで言う。
ちゃんと話せてませんよ? リスですか?
「さすがにこれは無理だけど、マフィンとクッキーなら、今習ってるよ」
俺は今、奏も塾で居ないのに小早川家の厨房に入り浸り、修行中だ。
作ったら食べられる状態が幸せすぎて、あまり修行感はないけれど。
「これ、いいじゃん!!」
女子のボス、衛藤さんの一発OKで、三年最後の文化祭はカフェに決まった。
「でもさあ……普通のカフェじゃ、面白くなくない?」
横で勝手にパンを食べていた竹中が口を開く。
「一年の時とかXのコピーバンドとかしたんだろ? 楽しそう~。カフェじゃ物足りなくないの?」
いや、俺たち、それで一年も二年も失敗したんだけど……。
「じゃあ、コスプレ喫茶は?」
匠が言う。
「メイドじゃ普通だから……悪役カフェってどう?」
匠はスマホを操作して、マレフィセントの画像を表示する。
「こんな感じで」
頭に二本の角を乗せた女優さんが写っている。
「誰がやんのよ?」
衛藤さんが言う。
俺も竹中も匠も奏も西野さんも、にこにこ顔で衛藤さんを見る。
「……私ーーー?」
衛藤さんがキッと川村の方を見る。
川村はビクッと驚いて、首をぶんぶん振る。
「俺は何も言ってない!!」
匠のスマホに、西野さんがツイと近づいて、操作する。
「でもさ、悪役カフェって面白くない?」
西野さんは、ウィックド・クイーン(白雪姫の魔女)や、ダースベーダーを表示する。
「悪役で、無愛想に提供するカフェ」
西野さんはニッコリと微笑む。
俺たちはマレフィセントになった衛藤さんが、川村の口にパンをねじ込んでる絵を想像する。
「……いいな」
俺は頷く。
「私はウィックド・クイーンやりたいな」
奏も乗り気だ。
奏のウィックド・クイーン。
今の俺だったら毒リンゴくらい食べられる……。
「いいね、最近俺もその世界に目覚めてるから……」
竹中がウットリと言う。
お前、どんな世界に旅立ってるんだよ。
「マジで? みんな本気で言ってるの?」
衛藤さんが笑いながら、川村の方を見る。
川村は、長く動かなかったけど、ゆっくりと首を動かして頷いた。
俺は確信している。
このクラスはマゾしか居ない。
でもオトンが言ってた。
美しい女の前では、マゾでいるのが一番幸せだって!
「うーん……まあ普通じゃお客さんも来ないから……いっかー」
衛藤さんの言葉に俺たちは、手を叩いて喜んだ。
そうと決まれば、衣装やメニュー作り、やることは沢山ある。
放課後。
俺は、ミシンを家庭科室から借りてきて、衣装を縫っていた。
タタタ……と軽い音が響く。
「……了太、本当にお前、器用だな」
俺は最後まで縫って、糸を切った。
「料理も裁縫も、丁寧にやれば、その通りに仕上がるから、いいよ」
俺は布を裏返して、仕上がりを確認する。
うん、良い感じ。
「了太は昔から器用だったよ。私、今も覚えてるんだよね。小学校の時に虫取り網に穴があいて。買ったばかりだからハセさんに言いだしにくくて。そしたら了太が針と糸で直してくれたんだ」
「そんなことあったっけ?」
俺は次の布を、まち針で合わせる。
次はこのラインを縫おう。
「私がお願いして買ってもらったレゴ。覚えてる?」
奏は、横のテーブルで、プリントアウトしたメニューを1枚ずつ厚紙に貼っている。
ノリをミョーンと出して、厚紙に貼る。
ノリが多すぎて、机にこぼれた。
俺はそれを濡れたティッシュで拭く。
「ほら、細かい」
「他の紙につくじゃん」
奏はこういう所が雑なんだよなあ。
丁寧にやらないと、結局やり直しになるのに。
奏はクスクス笑いながら続ける。
「私が誕生日にお願いして買って貰った二万円のレゴ。パーツが多すぎて、すぐに投げ出して。あの頃はウチは金持ちだから、なんでも買って貰えるって、調子に乗ってたな」
二万円のレゴ。
「ああ、スター・ウォーズの」
俺は思い出した。
「そう! 全部灰色の!」
また奏はミョーーンとノリを出す。
今度はノリが手にべっちょりと付いた。
「あちゃー」
「もう、気をつけろよ」
俺は濡れたティッシュで、奏の指を一本、一本拭く。
細くて、長い指。
それに爪が少し磨かれている?
キラキラと艶がある。
濡れたティッシュで、一差し指を包んで、拭く。
根元から、指先まで。
それを折って、次は親指も、包んで拭く。
爪の先も、丁寧に。
親指の先にある俺の手を、奏が握る。
「……くすぐったいよ」
俺は急に我にかえって、濡れたティッシュを押しつける。
「ちゃんとやれよ!」
「だって、沢山出てくるんだもんー」
奏は手を拭き始めた。
「レゴも、結局全部了太が全部やったんだ。私は完成品で遊んだ。今も部屋にあるよ、あれは」
「懐かしいな」
俺はミシンを動かし始めた。
タタタタ……と振動が響く。
「小4の時の調理実習覚えてるか?」
奏が笑いながら言う。
「全く覚えてない」
というか、そんな昔のこと覚えてるほうが変じゃないか?
「魚をさばく授業でさ。もう私、魚がブッチブチにちぎれて」
「そんなことあったっけ」
「了太はすごかったんだよ。完璧に3枚におろしてさ。骨がちゃんとあるの」
今も魚をおろすのは好きだ。
奏とハセさんと釣りに行っても、魚をおろすのは俺の仕事だ。
「中学校の入学式で、制服のネクタイが縛れなくて」
奏は続ける。
「お前、本当に何でも覚えてるな」
「懲りずにかったモナリザのパズル。あれを全部やったのも了太だ」
「そんなこともあったな」
恐怖の白黒2万ピース。
思い出しても、目が白黒する。
「手打ちうどんも作ったな」
「超極太のな」
「めっちゃくちゃ固いの!」
「ゆで時間25分かかったやつな」
ミシンを止めて、顔を上げると、奏がこっちを見ていた。
「……私の全部に了太がいるね」
放課後の教室。
夕日に照らされた奏は微笑んだ。
教室には誰もいない。
廊下を歩く声もしない。
俺は、奏から目を離せない。
「……奏」
俺の腕は、自然に奏に向かって動く。
奏の白い制服は、夕日でオレンジ色に染まっている。
俺が手を伸ばすと、その手もオレンジ色に染まった。
指を伸ばして、奏の肩に手を伸ばした。
「出来たーーーーーー!」
教室のドアがガラララララとあいて、そこにマレフィセントの角をつけた衛藤さんと川村、それに匠が居た。
俺は伸ばしていた手を、すっとミシンに戻した。
「お、おお……いいな!!」
なんとか取り繕う。
「見てコレ。マジヤバい。衛藤さん超似合うの」
匠は笑う。
「本当に似合ってる?」
衛藤さんが睨む。
涙目で川村が何度も頷いている。
……あっぶねーーーーー。
危うく教室で奏を抱きしめる所だった。
……あっぶねええええええ。
止まれるはずがないだろ?
あぶねええええ……。