1.女神から、開口一番「75点男」と呼ばれた、の巻
気が付くと真っ白な空間にいた。
いや、白いというより、色という概念そのものが存在しない場所、と言った方が正しいかもしれない。
平勇李は、痛みも苦しみもなく、ただふわりと自分の存在がそこにある、という感覚だけを頼りに周囲を見回した。
(ああ、俺、死んだのか)
68年の人生だった。特別なことは何もなかった。会社では便利屋のように何でもやらされたが、それなりにこなせた。
趣味の日曜大工も、釣りも、麻雀も、そこそこの腕前だった。
誰よりも下手ではないが、誰よりも上手いわけでもない。
娘の結婚式でスピーチを頼まれた時も、無難に、そこそこいい話をした。
なんでもソツなく、そこそこにこなした、そういう人生だった。
「――お、来た来た。75点男」
声のした方を見ると、そこに立っていたのは、光を具現化したような女だった。
銀色の髪は、重力を無視したように緩やかに宙へ流れ、白磁のような肌は、それ自体がうっすらと発光しているのではないかと思うほど白い。
目鼻立ちは、人間の造形の常識を無視して整いすぎていて、直視していると、美しいというより、むしろ底知れない威圧感すら覚える。
まとう空気そのものが、神々しいと言うより、いっそ胡散臭いほどに神々しかった。
(これは……美術品か何かか?)
勇李は、思わずそう思ってしまうほどの容姿の持ち主に向かって、片手をひらひらと振られていることに、数秒遅れて気づいた。
「……あなたが、神様ですか?」
「そうそう。にしても早いね、状況飲み込むの。普通ここ、みんな五分くらいパニックになるんだけど」
その、恐ろしいほどの美貌には似合わない、あまりにも軽い口調に、勇李は逆に緊張が解けていくのを感じた。
「まあ、死んだんだろうな、というのは、何となく分かりましたので」
「達観してるわ〜。さすが75点男」
「あの、先ほどから気になっているのですが、75点男というのは」
「ああ、まだ言ってなかったっけ。じゃなくて、これから言うところだったわ。えーっとね」
神様は、まるで宅配便の伝票でも読み上げるような気軽さで告げた。
「おめでとう、今まで生きた世界とは別の世界に転生することになりました。転生特典として『才無き万能』というスキルを付与します。以上」
「……以上、ですか」
「以上」
「え、いや、ちょっと待ってください。転生するんですか、俺」
「あ、言ってなかった? するよ。抽選に当たったから」
「抽選ですか・・・」
「うん、神様の気まぐれ抽選・・・当たった人だけ転生できるのよ。宝くじみたいなもんね」
勇李はしばらく黙って、その恐ろしいほど整った顔を眺めた。
特に怒りも湧かない。むしろ、68年の人生の続きに、もう一つおまけがついてきたような、そういう気楽さすら感じた。
「分かりました。それで、その『才無き万能』というのは、どういう能力なんです?」
「簡単に言うと――努力しなくても、何やらせても75点になる能力。剣術も75点。魔法も75点。商売も、料理も、建築も、簿記も、蜂蜜酒の発酵管理も、触れた瞬間から勝手に75点」
「努力しなくても、ですか」
「うん。剣を握ったことがなくても、初めて振った瞬間から75点、魔法を使ったことがなくても、使おうと思った時から75点。下積みとか修行とか、そういうのを全部すっ飛ばして、いきなり75点のところに立ってる感じ」
「……それはそれで、なかなか反則な気もしますが」
「でしょ? でも100点には絶対にならない。どれだけ場数を踏んでも、どれだけ真剣にやっても、75点から一歩も動かない。下駄は履けるだけ履けるけど、天井にべったり張り付いてる、そういう能力・・・色物よね〜」
「えっ!?」
「いや、自分で言っといてなんだけど、色物よね、これ。でもさ・・・」
女神様は、少し声のトーンを変えて、こちらを覗き込むようにした。
「ある意味チート能力だと思わない?」
「チート、ですか?これが?」
「うん。だって、努力ゼロで、何やっても75点だよ? そんなの、他のチート持ちからしたら反則でしょ。剣聖だって、魔法は人並みだったりするし、賢者だって、剣術はからっきしだったりする。でもあなたは、剣も魔法も商売も、とりあえず全部75点からスタートできる」
勇李は、思わず笑ってしまった。
「それは……その、剣聖とか賢者とか、そういう特化型のチート能力と比べると」
「ああ、神の間では『ハズレ』って言われているわね。100点満点の突出したスキルの方が見栄えするし、分かりやすいから」
「でもね・・・」
女神様の声が、急に前のめりになった。
「これ、実はめちゃくちゃレアなのよ」
「レア……? ハズレなのに、ですか」
「そうなのよ。剣聖とか賢者とか聖者とか、ああいう特化型の才能は転生の時にそこそこの頻度で付与されるのよ。ぶっちゃけ、転生抽選テーブルの上ではそんなに珍しくない」
「そうなんですか」
「でも『才無き万能』は違う。何万とある転生抽選テーブルの中に、ぽつんと一枠だけ用意されてる激レアスキルなの。なのに誰も引いたことがなかった。剣聖より、大賢者より、なんなら覇者より、確率的にはずっと珍しい」
「それはまた、皮肉な話ですね。超レアなのに、ハズレスキルなんて」
「でしょ? だから正直、今、めちゃくちゃワクワクしてる。初めて見る当たり――じゃなかった、外れ? とにかく初めて見るわけなのよ。このスキル引いた人がどうなるか、ずっと見てみたかったのよ」
「それは・・・光栄です」
「本当にそう思ってる?」
「半分くらいは」
「正直でよろしい」
勇李は、特に腹も立たなかった。むしろ、妙に納得している自分がいた。
(そういえば、前世でも何やってもそこそこ、突き抜けて出来たことは、一つもなかった)
仕事でも勉強でもそこそこできたが、上には上がいた。
趣味に打ち込んでも、その道の才能のある人間には敵わなかった。
それでも腐らず、68年、そこそこの人生を積み重ねてきた。
「別に、構いません。生前からそういう質だったので、しっくりきます」
「あ、そう言うと思った」
「思った?」
「だからこそ、あなたに当たったのかもね・・・このスキル、性格に合わない人が引くと、結構病むかもね。何をやっても一流までちょっと届かない自分に苦しんで」
神様の声が、少しだけ、真面目な響きを帯びた気がした。
「でも、あなたなら大丈夫でしょ。75点を、75点のまま、腐らずに積み上げられそうな人だから」
「まあ、慣れてますからね、そういうのは」
「でしょ。だから今回、一個だけおまけつけとくわ」
「おまけ、ですか」
「気持ちだけ、若返らせとく」
「はい?」
「68年分の疲れとか、諦めとか、そういうじじむさいの、全部置いてっていいよ。中身はあなたのままでいいけど、気持ちだけは、もうちょっと若い頃の、瑞々しいやつにしとくから」
「それは……ありがたいですね。正直、68年分の疲労が心のどこかに残ったまま子供時代をやり直すのは、ちょっと自信がなかったので」
「でしょ?悟りすぎたじいさんの中身で赤ん坊やるの、傍から見たら気持ち悪いわよ。どうせなら、青臭いくらいの気持ちで、のびのびやってきなさい」
「肝に銘じます」
「よろしい。まあ頑張って」
女神様は、そう言うと、光を強めた。景色が白く滲んでいく。
「あ、そうだ。最後に一個だけ聞いていいですか」
「なに?」
「俺、今度はどこに転生するんです?」
「ザルツヴェーデ帝国の辺境にあるフォン・タイラー家っていう、貧乏伯爵家ね」
「……貧乏、ですか」
「うん」
「ちなみに、その家は、狙って選んだんですか?」
「ううん、それはたまたま。転生先も抽選だから、生まれる場所とか家柄は完全にランダム」
「そうなんですか」
「うん。でもさ・・・」
神様は、何かに気づいたように、少し声を弾ませた。
「よくよく考えたら、面白くない? スキルは何万人分の中からたった一枠の激レアを引いて、生まれる先はよりによって痩せた土地の傾きかけの貧乏伯爵家。たまたまなのに、こんなにこのスキルが外れかどうか検証する条件が揃うなんて・・・ある意味選ばれし者よね〜」
「その理屈、都合よすぎませんか」
「いいのいいの、細かいことは。とにかく面白い舞台が用意できて、こっちとしては満足」
「名前も決まってるんですか?」
「ああ、名前は前世のやつ、ちょっと残しといた。ユウリ・フォン・タイラー。呼びやすいでしょ」
「気は遣ってくれるんですね……」
「これも一応、餞別のうちだから。頑張って、辺境、豊かにして。75点の底力、見せてよ。初めての観測対象なんだから、ちゃんと楽しませてよね♪」
その声を最後に、勇李の意識は光の中に溶けていった。
――そして、赤ん坊の泣き声と共に、平勇李は、遠い異世界の辺境、フォン・タイラー家の嫡男・ユウリとして生まれ落ちた。
拙い文章、読んでいただきありがとうございます。
多少なりとも楽しんでいただけたのなら幸いです。




