第十三話「レガシー・バイナリ ―解読不能の石板―」
対抗戦から三日。
第七教室の名は、学院の「エラーログ」から「メインプロセス」へと躍り出た。
廊下を歩けば視線が刺さり、購買部ではパンが優先的に回ってくる。
しかし、俺の演算リソースはそんな雑音には割かれていなかった。
「……これか」
学院長直々の許可証を提示し、俺は地下大書庫の「第零層」へと足を踏み入れた。
そこは、文字通りのデッドストレージだった。
空気は乾燥し、魔力の残響さえもが風化している。
棚に並ぶのは、紙ですらない。石板だ。
俺は、その中央に鎮座する巨大な黒石のモノリスの前に立った。
「現代魔法の『原典』。……と言われているものだな」
背後で、靴音が響いた。
セレーナではない。もっと硬く、迷いのない歩法。
「驚いたわ。対抗戦の翌日にここへのアクセス権を要求するなんて」
クレア・ヴァレンだった。
彼女はヴァレン家の代理人として、この聖域の「観測者」を務めているらしい。
「ここは、今の魔法使いにとっては『墓場』よ。書いてあることが、誰にも読めないから。千年前の賢者たちが残した、解読不能の神託」
俺はモノリスの表面を指でなぞった。
そこには、幾何学的な文様が規則正しく並んでいた。
クレアが自嘲気味に続ける。
「わたしたち貴族は、この石板を『崇める』ことで権威を守ってきた。でも、誰も『理解』はしていない。これは言語ですらない、ただの呪文の『種』なのだと教えられてきたわ」
「言語ではない、か。……それは半分正解で、半分は致命的な誤診だ」
俺の視界で、ARの解析ウィンドウが火花を散らした。
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◆ 深層解析:古代魔法文字
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通常、言語には「文法」があり「意味」がある。
しかし、このモノリスに刻まれた文字列には、それらが一切存在しなかった。
主語がない。述語がない。形容詞すらない。
あるのは、極端に単純化された二種類の記号の羅列だけだ。
長い線と、短い点。
あるいは、凹と、凸。
俺は、背筋が冷たくなるような歓喜を覚えた。
「クレア。これがお蔵入り(デッドストレージ)にされていた理由がわかった」
「……何が」
「これは『高級言語』じゃない。現代の詠唱が人間用のプログラム言語(JavaやC++)だとしたら、これは——」
俺は石板のコードを指し示した。
「魔力回路というハードウェアを直接叩くための『機械語』だ」
「……マシ、ン……?」
「コンパイル(翻訳)される前の、むき出しの実行データだということだ。意味なんてなくて当然だ。これは『読み物』ではなく、『回路への電流(魔力)のオン・オフ指示書』そのものなんだからな」
俺は、モノリスの最上段、最初の八文字を読み取った。
解析対象:古代石板第零番
形式:バイナリ・実行形式(Executable)
[ 10110001 01111010 ... ]
推論:
これは「火」や「水」を呼ぶ魔法ではない。
「魔力回路のルート権限(管理者権限)」を
呼び出し、メモリ空間を強制確保するための
ブートローダー(起動プログラム)だ。
「現代の魔法使いは、このバイナリを適当にコピペして、その上から自分たちに都合のいい『詠唱(装飾)』という名のパッチを当てて使っているに過ぎない。……ひどいスパゲッティコードだ」
俺は草稿を取り出し、石板のコードを「逆コンパイル(Decompile)」し始めた。
もし、このバイナリを直接記述できれば——。
詠唱という「翻訳の手間」を介さず、世界というシステムに直接命令を流し込める。
それはもはや魔法ではない。
世界の「管理者(Root)」になるということだ。
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「……レオン」
セレーナが、書庫の入り口で息を切らして立っていた。
彼女の表情には、明確な「エラー」の警告が出ていた。
「どうした」
「……変なの。この地下に来てから、ずっと。……聞こえるの」
「音が?」
「ううん。……ノイズ。すごく速い、機械が動いてるみたいな、規則正しすぎる音が、地面の下から」
俺はモノリスの下、石畳を見た。
セレーナのプリプロセッサ(聴覚)が、何かを捉えている。
俺には聞こえない、システムの「駆動音」を。
その瞬間、モノリスが微かに震えた。
「警告か」
俺は不敵に口角を上げた。
「未認証のアクセスを検知して、セキュリティ・デーモン(守護兵器)が目を覚ましたらしい」
書庫の床が、幾何学的な光と共にスライドし始めた。
一千年、誰もアクセスしなかった「世界のサーバー室」の扉が、今、開こうとしていた。
──次話予告──
第零層の床が抜け、三人は遺跡の深部へと落下する。
そこで待ち受けていたのは、一千年前の「セキュリティ・システム」。
現代魔法が一切通用しない「絶対防御」に対し、レオンは石板から読み取ったばかりの「一行の生コード(Raw Code)」で挑む。
「——逆コンパイル、完了。書き換えるぞ」




