・理想郷の統治者と侵略者編ー13.悪夢の行方
「りんた、りんた……!!」
意識と共に聞こえてくるのは、馴染みの深い幼い声。
「んっ……」
彼がゆっくりと目を開くと、自分にかかる影とオレンジ色の優しい光。そこには見覚えのある緑の髪の少女がいた。
「りんたが起きたぁ……!にぱぁーっ」
嬉しそうにりんたに乗っかるやみ。安心した様子で、頰ずりをしながらぎゅっと抱きつく。
りんたは、そんなやみの頭を優しく撫でる。
「やれやれ……」
「りんたぷにぷに……にぱにぱ……」
やみは完全に癒されている。
りんたの周りには、やみを中心(乗っかっているため)を中心として、他にリオレットやゆめ、ももかがいた。
ほっとため息をつくのはリオレット。
「良かったわ……」
「りんた……。あんた、ずっとうなされていたわよ。黒い渦に巻き込まれながら消えかけていたから、本当に心配したじゃない!」
ももかは声を荒げている。彼女は瞳から雫がこぼれそうになりながら、それでも自分の感情を何とか抑えようとしていた。
その様子を見て、りんたは手招きする。
「ももか……泣いてもいいんだぞ。こっちに来てもな……」
「別にあんたなんか……ひくっ……うぅっ……」
涙をぽろぽろとこぼし始めるももか。
「全く、お姉さまったら……。でも、めうだってりんたが消えると思ったんだからぁ!!」
ゆめも釣られて、声を上げながら泣き始めた。
二人の泣き顔に、りんたは気まずさを感じていた。
「みんなすまんな……こっちに来てから迷惑かけてばかりだ。やみも、大丈夫か?」
「にぱー。りんた、りんた!」
ゆめ&ももかとは裏腹に、やみは無邪気にキャッキャと笑っている。
そこへ補足を入れるリオレット。
「やみちゃん、さっきまで大泣きしていたのよ。あなたが起きてよっぽど嬉しいんでしょうね」
「そうか。ならよかった」
それを聞いたりんた。再度やみの頭をなでる。
するとやみが、りんたの服をぎゅっと掴んでこんなことを口にする。
「僕、怖かった……悪いメガネがここに来てりんたを殺そうとしてた」
「悪いメガネ怖かったな……ハハハ」
流石にいくらなんでもそれはないだろ……。そう、冗談かと思っていたりんた。
しかし、リオレットの言葉でそれは覆されることになる。
「本当、人の身体の中に入るなんて……。ユウリも恐ろしい能力を身につけたわね」
それを聞いた瞬間、りんたの心身に悪寒が走る。
「うわぁ……マジかよ……」
敵対視している男が自分の身体を本当に乗っ取りに来ていた事実。もしかしたら今も……という予測。その気持ち悪さが彼のメンタルをグサリと抉っていく。
と、同時にりんたは気になった。
「……あれ、ユウリの野郎は……」
視線を横にずらしていくと、そこには行き倒れているユウリ。それともう一人、見知らぬ少女が彼のそばで身体を揺らし、時々落ち着かなさそうに辺りを見渡している。
「出れたと思ったけどここはどこ……あぁ、でも今はユウリが大丈夫か心配……!一応“悪夢”の反応は無くなってるけど……」
りんたはその声に聞き覚えがあり、発言からもすぐに確信した。
「あの少女…………おーい!」
少女はりんたの掛け声に反応する。
「あ、どうも。大丈夫だったみたいですね」
振り向くと先ほどとは一変、丁寧な言葉遣いに変わっていた。ミディアムヘアのどこにでもいそうな、普通の女の子だ。
りんたは彼女の無事を改めて確認する。
「そっちも大丈夫だったみたいだな。彼の様子はどうだ?」
「はい、“悪夢”は消えていますが……あとは目覚めるかどうかです」
「そうか。あとそんなに改まらなくても、さっきみたいな感じでいいぞ?」
「あ……すいません。さっきはつい……。改めて見たら年上っぽかったので……」
急に弱腰になる少女。
一方でりんたは、それを笑い飛ばしながらこう言った。
「ハハハ。一応俺、成人済みだからな」
それを聞いてますます尻込みする少女。
「なんかそう言われるとますます……」
「気にすんなよ」
りんたは純粋に、少女ににっこりと微笑みかける。
すると少女は心を開いたのか、先ほどのはっきりとした口調で自分の名を告げる。
「じゃあ……私、セイヤです!」
《セイヤ……夜な夜な“悪夢”と戦うナイトメア・バスター。自身も“悪夢”に囚われた経験がある》
「俺はりんた。よろしくな」
りんたは再び、混じり気のない笑顔でにっこりと微笑んだ。
それをまた後ろで見ていた女子達……。
「うわぁ……またりんたが浮気してる……」
陰湿げに話題を切り出すのはももか。
「やみしゃん……どう思う?」
続いてゆめがやみに話題を振る。
「にぱー……りんたのばか」
やみは、りんたをじっと睨みつけた。続けて、ゆめとももかもりんたを痛い目線で見つめる。
その気配は、察しのいいりんたには当然のように届き。
「ん……?お前らなんか言ったか?にっこり」
三人の視線のお返しに、黒い「にっこり」をスマートに返した。
見えないレーザーのごとくそれは届き、ゆめとももかの身体に寒気が走る。
「やっぱりんた怖いめう……」
「本当、りんたの頭には目や耳がいくつあるのかしら……」
「にぱー……」
一方でやみは、動じずにりんたをじっと見つめていた。
その視線の先では、りんたとセイヤのやりとりが続けられていた。
「今のところ、呼吸はしてるな……」
「この様子なら一安心ね。ただ、ナイトメアが直に入りこむって、どれだけユウリの心はやられてたのかな……」
「いや、『もしかすると彼が取り込んだ』のかもしれないな。俺を殺すためにそこまでするとか、あいつ頭おかしいんじゃ……」
りんたがそんな考察を立てていると、セイヤは急に声を荒げる。
「そんな事はないはずだよ!」
「なぜだ?」
問われるとセイヤが、自らの過去を話し始めた。
「私、昔は“悪夢”にうなされていたんだけど、その時にユウリともう一人、女の子が私の夢の中に現れて」
「で、どうしたんだ?」
「夢の中のユウリはとっても優しくて、絶望の中から私を助けようとしてくれた。これは夢だけど、あれからうなされることも減ったから、きっといい人だと信じてる」
「そうか。俺が抱いているイメージとは逆だな」
「え、ユウリは悪い人じゃないはずだよ?」
「少なくとも俺は、そうは感じていない。ただ、俺も付き合いは浅いが、彼に不自然さを感じていてな……」
「じゃあ、今のユウリは……」
セイヤは、すぐそばで眠るユウリの胸の辺りにそっと手を置いた。
「……かもしれないな」
それに重ね合わせ、りんたも手を置く。
すると、Yamisaki Cloverの女子三人がその場へとやってくる。
「ユウリっ」
真っ先に駆け寄ったのはレナ。倒れる彼を見て、不安げな顔を露わにする。どうやらユウリの異変に、何らかの形で気づいていたようだ。
「お前ら……」
りんたは不信な目でレナの方を見た。
「変態メガネ……ユウリに何をしたの」
レナもりんたの顔を見るや、そこに覗きこんで問いただそうとする。
りんたは自信があるのか、平然とした様子でこう告げた。
「ほう、俺を疑うのか。毒でも盛ってると思うか?」
「やはり……」
レナは、りんたを殺人犯を許さないかのような目で睨みつける。
一方でりんたは、何のつもりか小さく笑うとレナの頭に優しく手を置いた。
「冗談が効かねぇ奴だな。心配してんだろ?」
「こんな時に冗談はやめてよ……!」
ここでも悔しさからなのか、歯をぐっと食いしばるレナ。
「大丈夫、息はしてるさ」
りんたは、レナの手をユウリの脈の方に持っていく。レナの指先に、どくっ、どくっと命を刻んでいる鼓動が伝わっている。
「もしかしてお友達?彼は無事だよ」
セイヤもレナに優しく微笑みかけた。
「分かってる……っ」
相変わらず強がりな態度をとり続けるレナ。しかしその目は、若干うるんでいるようにも見えた。
その背後では、レイナが不安そうな顔で呆然と立ち尽くしていた。隣にいるミライは、二人とは裏腹になぜか少し落ち着いているように見える。
りんたはそんな二人に気づく。
「レイナにミライ……か。大丈夫だ。きっともうすぐ目覚めると思うさ」
「ありがとう……」
それを聞いたレイナは、ため息をつくと、安心した様子でりんたに小さく笑みを見せた。
すると、レナは急に立ち上がる。
「分かった。寝ているだけなら……」
レナは空中から、桃色のメガホンを取り出した。メガホンを口に当て、ユウリの方を向き、深呼吸をすると……
「ユウリぃぃぃぃぃいいいいい!!起きてぇぇぇぇぇえええええええ!!!!」
キーンというノイズと共に、メガホンを通じた声は大音量で辺り一面に響く。その音量は、森の方から一斉に鳥の群れが飛び立つくらいだ。真近で聞いてる者たちは、あまりの音の大きさに耳鳴りを起こしてしまう。
「レナ……大きすぎるよ…………」
ミライに至っては、半泣きになっていた。
「うるせぇ……。いくら何でも耳潰れるわ……」
音源の真横にいたりんたは、あまりのうるささに不機嫌になる。
しかし。
ユウリは全く目覚める気配がありませんでした。
《理想郷の統治者と侵略者編……おしまい、
……うそです。うふふ》




