#005「優しさ」
――有名人の私生活は、市井の暮しに全く無関係なのに、何故これほどに熱狂するのだろうか?
*
「直火と鉄板と鍋。どれが、お好みですか?」
「限界が近いんだな。でも、俺を食べようとしないでくれ」
「せめて、水があれば」
「そうだな。俺も喉が渇いた」
「ここは、ゴースト・タウンなんでしょうか?」
「外に出歩かないだけかもしれないぜ? 日に焼けた、お尋ね者の貼り紙がある」
「治安の悪そうな街ですね。うわっ」
「風が強いな。それに、砂埃も」
「コートのポケットやブーツを引っくり返せば、砂山が出来そうです」
「違いないな。どうした、ユウ? しっかりしろ!」
「駄目ですね。目の前が、何も見えません。頭痛も、します。あと、吐き気も」
「声は聞こえてるか?」
「ピア。もう、私は、歩けません」
「諦めるなよ、ユウ。ユウ!」
*
『ユウ。こっちに来て、オレンジの収穫を手伝ってちょうだい』
「お母さん」
『ユウは、母さんと逃げなさい。ここは、父さんが守る』
「お父さん」
『俺の名前はピア。さぁ、こっちが名乗ったんだから、教えてくれ』
「ピア」
『へぇ。ピッタリな名前だな。よろしくな、ユウ』
「ピア! ――ここは?」
「気が付いたみたいだな。ツイてるぜ、俺たち」
「ピア?」
「親切なニイチャンに助けてもらったんだ。それに、そのニイチャンの娘の器量が良くてさ」
「今のは、夢、だったんですね」
「おい、ユウ。鳩が豆鉄砲食らったみたいな間抜け面だな。もっと喜べよ」
「……ピアは、私の故郷は知りませんよね?」
「おっ、昔話か。自分語りをしないユウにしては、珍しいな。ひとつ、心して聴こうじゃないか」
「語るほどではありませんよ。ただ、両親とオレンジ畑で暮らしていた頃を思い出しただけです」
「オレンジ畑のユウか。こんがり日焼けした屈託ない笑顔のユウを、一度は見てみたいものだな」
「何ですか、その妙に具体的な人物像は? 現実から、かけ離れてますよ」
「調理法を例示した人間に言われたくないね」
「おや。案外、根に持つタイプなんですね」
「仮に俺がユウと同じくらいの大きさで、ユウが俺と同じくらいの小ささで、俺がユウを食べようとしたら、ユウだって嫌な気になるだろう?」
「たしかに、そうですね。フフッ」




