優しい雨の中で
私達の思い出はいつも雨の中にあった。
出会いはまるでお伽話のようだった。
あの日私は、婚約者に別れを告げられた。徹也は、白いレースのブラウスがよく似合う小柄の女と一緒に私の前に座っていた。暖かいファミレスの店内の窓は結露していて、そのせいで街の明かりはぼんやりして見えた。申し訳なさそうな女と、開き直った様な態度の徹也との関係は説明されなくとも理解できた。
「お前は自立しているから」
「俺はもっと頼ってもらいたかった」
「この娘には俺しかいない」
「彼女を支えたい」
「お前はまるで男みたいだ」
そんな言葉を私に向かって、徹也は言い放った。
無駄だ。
この話し合いとも呼べない時間も。今までの5年間も。こんな男を愛していた私の気持ちも全て。
あまりにも惨めで悔しくて、泣いてしまえば楽になれるだろうがどうしても負けたくは無かった。自分のコーヒー代をテーブルに静かに起き「第三者を間に入れて今後の事を決めましょう。それなりのケジメはつけてもらいます。この話し合いも録音していますので」
精一杯の強がりを見せて、逃げる様に店を出た。
11月過ぎの冷たい風が私の顔に吹き付ける。頰は熱く鼻は冷たい、手や足の感覚がなくなっていく。涙が出そうだった。街ゆく幸せそうなカップルが目に入るたび、頭がグラグラして叫び出しそうだった。
仕方ないじゃない。私達の身長差が5センチも無いことも。私が高いヒールが好きなことも。仕事が好きで働き続けたいことも。顔立ちがキツめなことも。ゆるふわなんて似合わないことも。
そんな私のことを好きだって、大切にするって言ったのはあんたじゃん。
いろいろな思いと気持ちとが入り混じって、バラバラになってしまいそうだった。四肢が取れて胴だけがベシャリと地面に落ちてしまいそうだった。重力が私にだけ纏わりつく。全て放り出して逃げてしまいたかった。しかし、そう思えば思うほど私の体は動かなくなっていった。
「大丈夫?」
すごく柔らかい声がして驚いた。振り返ると優しそうな男性が立っていた。その人は心配そうに
「大丈夫?顔が真っ青だよ」
と言ってハンカチを差し出した。
「それに涙が出ている」
まるでそれが合図だったかのように、雨が降り出した。
私が泣きたかったのも、すでに泣いていたのもこの人だけは気が付いてくれた。雨と涙のせいで街中の明かりがキラキラして眩しかった。とりあえずこっちに、とその人は私の腕を引き、駅前の喫茶店に入っていった。私の四肢は胴にピッタリと戻ってきたようだった。
「急に降ってきましたね」
ホットコーヒーを飲みながらその人は言った。私の前にはミルクティー。
「あの、すみませんでした、ご迷惑をおかけしてしまって」
私はそれ以外に何を言っていいのか分からなかった。あまり飲まないミルクティー、さっきの女も可愛らしく飲んでいたな。なんて思っていたらまた泣きそうになってしまった。もうとにかく、早く帰りたかった。
「もしよかったら、何があったか教えてくれませんか?」
「はい?」
「僕、あなたを守りたいなーなんて思ってしまっているんです」
その人はすごく優しい声で、訳の分からないことを私に言い始めた。とりあえず涙を拭いて下さい、と微笑みながら私に再びハンカチを差し出す。そのハンカチは少し湿っていたが、とてもふわふわしていて肌に心地良かった。
私は、頭が混乱して、驚き過ぎて涙が止まっている事は言い出せなかった。




