第三章 少年魔術師と魔神の卵(2)
2
サンジェルマンが居なくなったあとも、香月はずっと心ここに在らず、と言った感じで歩いていた。惚けた感じ、とでも言えばいいかもしれないが当の本人にとってみればそんなことは冷静に考えられないことでもあった。
少年の思い出としては、かくも重たいものだった。
幾ら彼が人殺しを仕事で続けてきたとはいえ――そんな大切な人を亡くしたのは、初めてのことだった。
それ以上に、彼女にはまだあの答えを伝えていなかった。
それが彼にとって心残りで仕方なかった。
「……まったく、つまらないものね。『最強の魔術師』。お前の力はその程度だったのか?」
それを聞いて、彼は振り返る。
その声は、そこに居るはずのない人間の声だったからだ。
しかし、その人間は彼の目の前に立っていた。
「お前は……!」
「おや。さすがに名前は忘れていなかったか。『最強の魔術師』クン。いや、それともこう呼んだ方が良いかな? ……柊木香月」
「なぜ、その名前を」
「常識だからねえ。君の名前は。たとえ獄中であってもその名前は魔術師の間では有名だということは知っていた。それとも、君は案外名前が売られていないと思っていたのかい? それは大間違いだ。君は……君の実力以上に名前が売られている。そりゃあそうだ。その若さでランキングホルダーだというのだから。私だって羨ましくなるほどの才能さ」
「何を急に……」
香月はそれを聞いて憤慨していた。
まだ自分の中でこんな感情が湧き出るものなのか――そんなことを思った香月だったが、それ以上に目の前に『彼女の敵』が居るということ、それについてどうにかしたかった。
「おっと。今、敵意を露わにしてもかまわないけれど、君に倒すことが出来るのかな? 私は強いよ。確かに、ランキングホルダーで考えれば君のほうが上だろうね。けれど、私は獄中に居ただけでその間も実力はキープしていた。どうやってキープしていたか、って? それは言わない約束だ」
「つまり、現在のランキングだけを見ればあなたは過小評価されている、と?」
「その通り。まあ、ランキングホルダーに復活するつもりは毛頭無いけれど。言ったでしょう? 私は、魔術師を滅ぼすために、活動している」
「どうして……! あなただって魔術師じゃないですか!」
「魔術師?」
ぎょろり、と目を向ける式山カノン。
それを見ても、香月は何も反応しなかった。
そしてカノンはその反応を見て小さく舌打ちした。
「……そんなに精神が疲弊していると思われる状況でも、こういう状況では表情一つ変えやしない。さすがは魔術師といったところかもしれないけれど……、裏を返せばそれほどに『調教』されているということ。気づかない?」
「調教、だと……? 僕は、そんなこと……」
「されていない。ほんとうにそう思えるのかしら?」
「お前はいったい何が言いたいんだ! 魔術師が魔術師を嫌っていること、それ自体がイレギュラーじゃないか」
香月は思わず大声を出す。
しかし、夜遅いこともあって誰も歩いていないことから、反応する人も居なかった。
運が悪ければ五月蠅いことに苦情があって、どこからか人が出てくるかもしれなかったが、少ししても人が出てきそうに無いからそこは問題なかった。ノウレッジビレッジの施設は防音設備が整っているのかもしれない。
「魔術師は間違っているわよ」
しかし、カノンは香月の発言を一刀両断する。
「魔術師という仕組みはとっくに時代遅れになっている。コンパイルキューブという仕組みも近代的に見えて実は古い仕組みだったりするからね。それに、コンパイルキューブなんてものがあるから、無尽蔵に魔術師が増える原因となってしまう。確かに魔術師になるためには敷居が高いかもしれないけれど、それでも、コンパイルキューブが出来たことによってその敷居は大幅に下がった。あなただって、コンパイルキューブが無かったら魔術師にはなれなかったのではなくて?」
「魔術師の敷居が下がった。それは確かにそうかもしれない。けれど、僕は魔術師になって良かったと思っているよ」
「互いに想っていた彼女を失ったとしても? それでも、あなたは魔術師で良かったといえるのかしら?」
「それは……!」
「ま、いいわ」
カノンは踵を返すと、香月に微笑みかける。
「あなたには、もっと頑張ってもらいたいからね。今度はあんな足枷なんて外して、全力で戦いましょうよ。あなたの決意と私の決意、どっちが芯を通しているか……。いつかは、その決着をつけたいものね」
そう一方的に言いつけて、カノンはそのまま夜の町へと消えていった。
香月はそれをただ見つめることしか出来なかった。




