第三章 少年魔術師と魔神の卵(1)
魔神。
人間でもなく魔術師でもない、第三のカテゴライズされた存在。
魔神は共通して魔術師以上に魔力を保持している。そしてそれは、コンパイルキューブを通して魔術を使う必要がない。魔術師はどちらかといえば人間に近い存在であるから、その魔力を、コンパイルキューブを変換して使わなければならないのだが、いずれにせよ、それは魔神にはあまりにも関係のないことで、あまりにも滑稽なことには変わりない。
ノウレッジビレッジ。
木崎市の中でも大学や高校、学習塾などが集まっている地区のことを言う。木崎市自体、人間の発展のために、という広い目的のために作り上げられた人工的都市であるためか、そういうものはひとまとまりにされがちであった。しかしながら、ひとまとまりにしているのはある一定の偏差値を誇る高校以上であり、それ未満の高校はノウレッジビレッジに入ることを許されない。
柊木香月は夜のノウレッジビレッジを歩いていた。ノウレッジビレッジはそういう観点から学習塾の明かりがまだ点いていた。一番遅いコースでは午後十一時までやっているケースがあり、その場合は家まで直接送り届けてくれるサービスがあるくらいだ。塾が塾以外のサービスをするのはあまりに異例であるが、それはノウレッジビレッジを奨励しているこの町だからこそ出来ることなのかもしれない。
「少年、つまらない表情をしているな?」
声が聞こえた。
杖をとん、と突く音が聞こえて――それでも香月は振り返ることをしなかった。
「落ち込んでいるのか。まあ、無理もない話ではあるが」
香月は立ち止まる。
突如として彼の視界に、黒い革靴が見えたからだ。
上を見上げるとそこに立っていたのは、どこかで見たことのあるような紳士だった。
紳士はシルクハットをくいと上げて、
「……それにしても、見ていてつまらないな。これが、私を救った魔術師かね? 見る影もない。はっきり言って、助けてもらった立場から言わせてもらえば最低なことなのかもしれないが、それでも敢えて言わせてもらうと、君はこんなところで立ち止まっていい魔術師ではない筈だ。そうだろう?」
そこに立っていたのは――かつて共闘した魔神、サンジェルマンだった。
サンジェルマンの話は続く。
「君がどれほど悲しんでいるかは知っているよ。これでも私は魔神というカテゴリーに所属しているものでね。しかしながら、問題はそうではない。もっと何かあるはずだろう。君は何をしたい? そのまま悲しんで、悲しんで、有り余る魔術師の才能を無駄にするかね。だとすれば、残念だよ。この世界を、この街を、君は何だと思っている。私は君の未来にかけて街をもとに戻したというのに。あれからまだ、そんな時間は経過していないだろう?」
香月は答えない。
「それにしても酷い話であるとは思わないかね? 君の世界が、君たちの世界が、魔術師と人間によってバランスが保たれているのだよ。しかしながら、力を持っているのは魔術師だ。圧倒的優位に立てるのは魔術師に過ぎない。だってその通りだろう? 魔術を使えるのは魔術師だけだ。それは自明であり非常に単純明快。だから、君の感情次第では……恐らく軍隊一つは潰せるのではないかね? まあ、それをしろとは言わないが」
香月は答えない。
「そもそも、君はなぜここで茫然自失と歩いているのかね? それについて聞きたいところではあるが、いまだに君はそれを演じ続けているのかそれともほんとうにそうなっているのかは解らないけれど、いずれにせよまともに答えてくれることは無いのだろう。まあ、まともな回答を求めているわけだけではないけれど、君が何をしたいのか、ということだけははっきりしておいたほうがいいと思うのだけれどね」
香月は答えない。
「結局のところ、君はただの一つとして、ただ一つとして回答を明示していない。それははっきり言って面白いことではあると思うけれどね? しかしながら、それで何が変わって何が終わるのかは君自身が良く理解していることだと思うから私はもう何も言わないよ。ただ、これだけははっきりとさせておこう」
香月は答えない。
ずっと、ずっと、サンジェルマンの話を聞き続けるだけだ。
そして、サンジェルマンはその言葉を――口にした。
「柊木香月クン。君はただ、何も回答が見つけられずに、何も現実に見いだせずに、逃げているだけではないかな? それでは何も生み出さない。何も生まれない。生まれるものは何もない。消えていくものは時間と可能性と欲望と……あと何があるだろうね? まあ、数えきれないほどのものを、その時間で失うと思ってくれればいいだろう。つまりはそういうことだ、柊木香月クン。行動に示すなら、今だよ」




